焼畑あつみかぶを森林資源循環の潤滑油に
広さ1.5ヘクタール。傾斜角は30度といったところか。その場に立つと、45度から50度はあるように感じる。黒こげの切り株が、ところどころに、にゅっと突き出す。すごい条件の圃場(ほじょう)だが、それもそのはず。ここは山の斜面にほかならない。
「一昨年、ここで『焼畑あつみかぶ』というカブを育てて、1ヘクタール当たり2400本植えました。地権者は県外に住んでいて、もともと管理を地元の人に任せていました。今は森林組合で雑草や雑木を取り除く下刈りを引き受けています。焼畑のお蔭で、雑草は今でも少ないですね」
温海町森林組合管理課長の五十嵐雅樹(いがらし・まさき)さんがこう話す通り、春ながら草の芽吹きが少ない。50センチくらいの丈に育ったスギの苗木がよく目立つ。
温海地区は昔から、良質なスギの産地として知られていた。面積でいうと鶴岡市の2割弱ながら、スギを中心とした人工林だと市全体の4割を擁する。ところが、中山間地だけに地権者が高齢化したり、都会に出て行って不在地主化したりして、再造林(皆伐して植林すること)が進まなくなってきた。そのため、植林してから50年以上になる人工林が実に85%を占める。これは鶴岡市全域の平均(80%)より5ポイント高い。
「林齢(森林の年齢)が50~65年くらいの人工林が突出して多くなり、若い林がなくなってきています。ちょうど伐採できる人工林は十分あるけれど、後に続く林を育てられていない状況です」
五十嵐さんはこう説明する。集成材や合板材、バイオマス発電の原料として、国産材が見直されるようになった。加えて、新型コロナの影響で木材の輸入が滞りがちになっている。「全国で見ると、木材は不足していて、林業には追い風」(五十嵐さん)なのだ。が、再造林が進まない現状を放置すると、将来、地域の林業が成り立たなくなってしまう。
「そこで、林齢の高い人工林を大事に使いつつ、皆伐作業も進めて、カブなどを作りながら再造林をどんどん進めよう。若い林を増やしていこうと、取り組んでいるんです」(五十嵐さん)
焼畑と林業の切っても切れない関係
林業とカブ──。およそ接点がないように感じる。実は、森林組合の活動を定めた森林組合法も、森林組合の活動に野菜の生産を含めていない。
「シイタケやマツタケは、林産物なので森林組合で扱います。でも、カブはどこで作っても野菜に分類されるので、カブの生産単体では森林組合の活動として認められません。ただ、うちでは森林資源を次世代につないでいくために、カブを作っているんです」
温海町森林組合代表理事専務の鈴木伸之助(すずき・しんのすけ)さん(冒頭写真左)が解説する。
「我々のゴールはカブを育てることじゃなくて、植林してスギを育てていくこと。焼畑あつみかぶの生産は、植林をしやすくするための作業という位置づけです」
鈴木さんの言葉を受けて、五十嵐さんがこう続けた。目標はあくまで林業の振興にあるので、林産物ではないカブの生産も、森林組合の活動として認められるというわけだ。
焼畑あつみかぶは、名前の通り温海の伝統野菜で、江戸時代には栽培されていたことが記録から分かる。山の傾斜地に火を入れて畑にする焼畑農法で栽培される。皮が鮮やかな赤紫色で内部は白く、うまみ成分のグルタミン酸が白カブの2~4倍といわれる。
栽培方法はこうだ。まず人工林を皆伐し、木を運び出したうえで、残った枝や草を整えて天日で乾かす「地ごしらえ」をする。そして、毎年8月のお盆前後に天気や風の具合を見て、斜面の上の方から火を放つ「火入れ」を行う。ムラが生じたり、周囲に燃え広がったりしないように注意しながら、徐々に下へと火を下ろしていく。それから種をまき、秋にカブを収穫し、雪が降るまでにスギの苗を植え付けるのだ。
火入れすることで残っていた枝や雑草、その種がきれいに焼き払われ、地面が整えられて雑草も減るため、カブの栽培や造林がしやすくなる。栽培に肥料と農薬は使わない。
農家の高齢化対策に一肌脱ぐ
ところが近年、この循環が回らなくなってきた。急斜面を畑にするだけに、火入れも収穫もかなりの重労働だ。一方で、温海地区の農家の平均年齢は、70代の大台に乗っている。山での栽培が難しくなり、代わりに休耕田で草を焼いた後にカブを植える栽培方法が増えた。農家の事情に加え、皆伐の面積が減り続け、栽培に適した山を確保しにくいという林業側の課題もあった。
けれども、休耕田での栽培では、味や色味がどうしても皆伐後に育てるカブにかなわない。特に「パリシャキ」と言われる歯ざわりが再現できず、色の鮮やかさや、つやの具合も見劣りするという。
「農家が高齢化していることもあって、焼畑あつみかぶを生産する人が減ってきて、生産量も落ちています。一方で森林組合にも、地権者が費用負担に二の足を踏んで、再造林が進みにくいという悩みがありました。じゃあ、森林組合で焼畑あつみかぶを栽培すれば、再造林につながるし、収益が再造林の足しにもなるだろうから、取り組んでみようと2016年に栽培を始めたんです」(五十嵐さん)
こうして、鶴岡市の補助も利用しつつ、こんな仕組みを作った。まず、組合員に皆伐と再造林を提案し、了承を得た山林のうち、搬出用の林道があるなどカブの栽培に適したところにカブの生産を提案する。通常だと森林組合は、造林後の3年間下刈りをするけれども、カブの生産をする山林では下刈りを10年続ける。
「下刈りしないと、スギが途中でツルに巻かれたり、草に負けたりして、大きな木に育ちません。植えてから8~10年は下刈りが必要です。それを森林組合で、焼畑あつみかぶの売り上げから費用を捻出して担うということです」(五十嵐さん)
皆伐の増加で林業と地域の伝統を次世代へ
火入れや収穫が重労働のため、カブを栽培できる面積は年に1ヘクタールほどだ。森林組合で皆伐する面積のおよそ1割に当たる。栽培を始めて以来、収量を順調に増やしていて、1ヘクタール当たり17トンほどがとれる。収穫後、多くは伝統的な甘酢漬けにする。収穫作業などで雇用も生まれた。
地元農家の既存の販路と重ならないよう、森林組合で独自の販路を切り開いてきた。無肥料無農薬という自然栽培の条件に当てはまるため、オーガニック専門の青果店にも販売する。
ところで、森林組合の組合員は、基本的に林業で生計を立てていない。それでもかつては下刈りや枝打ち、間伐、果ては切り出しといった作業を自前でする人が多かった。
「そういう人も、ここ20年でほとんどいなくなりました。森林組合が林業の担い手になって、山をしっかり管理する。そういう役割が余計に強くなってきています」と五十嵐さん。焼畑あつみかぶの生産は、そのための収入源であるだけでなく、地域の特産品を守ることでもあり、森林組合に関心を持ってもらうきっかけにもなっている。年々減っていた皆伐の面積も、今は増加に転じている。
焼畑あつみかぶの栽培には、古来、コメの凶作に備える役割があった。夏にコメに凶作の兆しがあれば、生育の早いカブの生産量を増やし、食糧不足を避けるわけだ。かつて命の糧だった焼畑あつみかぶの伝統の灯は、森林組合という新たな担い手を加えつつ、次の世代へと引き継がれようとしている。
温海町森林組合
http://www.shinrin-atsumi.or.jp/