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トリッキーな農作業動画の投稿主、独り農家のリアルな日常に迫る【農垢の素顔#2 和想農園】

熊谷 拓也

ライター:

連載企画:農垢の素顔

トリッキーな農作業動画の投稿主、独り農家のリアルな日常に迫る【農垢の素顔#2 和想農園】

何気なくTwitterのアプリを開き、スマホの画面に映ったのは、フカフカの土の上を上半身裸で駆け抜けていく男性の後ろ姿。手にした緑肥の種を猛スピードでまいていく映像はまさに圧巻! 驚きと同時に、ジワジワと笑いがこみ上げてきます。Twitterで人気のアカウント=垢(あか)を持つ日本の農家を紹介する連載「農垢の素顔」の第2回に登場するのは、香川県高松市のブロッコリー農家「和想農園」さん(以下、ワソさん)。ワソさんの周りには、温かなフォロワーの輪が広がっています。彼が情報発信するのはなぜか。その真意を聞くため、ワソさんの働く圃場(ほじょう)を訪ねました。

twitter twitter twitter

和 想 農 園 @ 繋がれた想いを形に@wasounouen

香川県高松市で、主にブロッコリーを生産する農家。Twitterフォロワー5341人(2021年6月18日時点)。2018年にJA香川県のインターン研修生を経て同市で新規就農した。お手伝いは雇わず、「ソロ農業」を貫いている。Twitter上では、上半身裸になってトリッキーな動きで農作業をする動画が人気。アカウント名の「和想農園」は自身の屋号だが、フォロワーからは「ワソさん」の愛称で親しまれている。地元・高松市香南町では、町の「香南町ひまわりプロジェクト」に農家として協力している。

「和想農園」のワソさんを囲む、温かなコミュニティー

緑肥の種撒き
今日はヒマワリじゃなくてソルゴー
※基本的に走る必要も上着脱ぐ必要もないです

末尾になんとも気になる言葉が添えられています。百聞は一見にしかず。再生してみましょう。注意書きの意味がよく分かるはずです。

コメント欄はなんともにぎやか。Twitterでつながる農家仲間やら、ワソさんのファンやらが、面白がったりツッコんだり。中には、感心している人もいます。そこにはワソさんを中心とする、温かなコミュニケーションの輪が広がっています。

私自身も、そんなワソさんの人間味あふれる魅力にやられてしまった一人です。Twitterのダイレクトメッセージで今回の取材を申し込んだところ、なんと4分後に返信が!

了解です
えげつないパンチの効いた記事をお約束します
大歓迎

私はこれまで、いくつもの取材オファーをしてきましたが、こんなにパンチの効いたお返事は初めて。5月の連休明けの平日、期待を胸に香川県へと向かいました。

期待は裏切らない、サービス全開で登場!

この時期は、すでにブロッコリー出荷のピークは過ぎているものの、午前中は収穫・出荷の作業があるとのこと。そこで取材は午後からとなりました。待ち合わせ場所に到着し、スマホでTwitterをのぞいてみると、軽トラの荷台にブロッコリーを満載した写真がこの日もアップされていました。

時間になると、待ち合わせをしていた道の駅の駐車場に、1台のバイクが止まりました。

バイクにまたがる和想農園のワソ(谷和洋)さん

カスタムされたハーレーに猫耳ヘルメットという強烈な姿で登場のワソさん

「熊谷さんですね?」
声の主は、猫耳付きの黄色いヘルメットをかぶり、バイクにまたがったその男性です。まさかと思いつつ、「わ、和想農園の方ですか?」と尋ねると、「はい、そうです」。

いきなり意表を突かれました。ヘルメットを脱ぐと、モヒカンのヘアースタイルがバチッと決まった、あのワソさんでした。見た目の強烈さとは裏腹に、とても丁寧なごあいさつがあり、あらためて取材の趣旨を私から説明した後、近くの圃場へと向かいました。

「食べてくれる人の声が聞きたい」がきっかけ

ブロッコリー畑で取材に応じる和想農園のワソ(谷和洋)さん

ブロッコリー畑の脇に腰掛けて取材に応じるワソさん

ワソさんは、「和想農園」の主(あるじ)。本名・谷和洋(たに・かずひろ)さんです。Twitterのプロフィールに「ソロ農業のガチリアルを発信中」とある通り、一人で農業をしています。もともと香川県の生まれで、以前は農業以外の仕事をしていました。2018年にJA香川県のインターン研修を修了し、香川県高松市で就農しました。現在、ブロッコリーを中心に4ヘクタールの圃場を管理しています。

香川県はブロッコリーの生産が盛んな地域です。出荷・流通の体制が整っていたことから、まずは農業経営を軌道に乗せるためにと、ブロッコリーを生産の主力に据えました。

早生(わせ)種・中生(なかて)種・晩生(おくて)種と10以上の品種をリレーして、10月から翌年6月まで出荷シーズンが続きます。畑でブロッコリーを収穫し、コンテナに入れて軽トラに積み、集荷場へと運び込むことを繰り返す毎日。就農2年目のある日、「食べてくれる人の生の声が聞いてみたい」と、ふと思い立ちました。

そこで、和想農園のTwitterアカウントを作り、インターネットで通販も開始。自分の存在を知ってもらい、野菜を買ってもらうための販促ツールとして情報発信を始めました。

最初は日々の農作業の様子をアップしていました。「ブロッコリーがどのように作られているのかを知ってもらいたい」との思いがあったそうです。けれど、「わざわざ通販で買ってくれる人がいるのかな」とも思いました。ブロッコリーは全国どこでもスーパーで買えますし、送料を含めると値段も割高になってしまうからです。

お客さんとの双方向のコミュニケーション

収穫台車を引いてブロッコリー畑に入るワソさん。Twitterはその場ですぐに投稿できるので、生活リズムにもマッチしているそう。「今ではTwitterのつながりが生活スタイルの一部のようになっている」ほど

しかし、その心配は杞憂(きゆう)に終わりました。それは、Twitterの特徴がワソさんにうまくハマったからです。成功の鍵となったのは、双方向のコミュニケーションでした。ワソさん自身、「投稿を見てくれる人がどんな人なのか知りたい」と思っていました。そして、それにとどまらず、「チャンスがあるなら関わってみたい」とも。投稿への返信があった人とコミュニケーションを重ねるうち、収入面ではわずかではありましたが、インターネットを通じた販売が少しずつ増えていき、「顔の見える生産者を求めている消費者もいるんだな」という手応えを感じることができました。

Twitter上でのさまざまな人たちとの交流は、研修中に考えていた経営理念と重なるものがありました。それが「あなたと繋がれた想いを形に」という、農場名にも通じるワソさんが大切にしている言葉です。特に、一人で仕事をしているワソさんの場合、「集団の中にいるとまひしがちな“人とつながるありがたさ”を感じられる」と言います。

近頃は、「ワソさんが作ったブロッコリーは新鮮でおいしい」という農家冥利に尽きる褒め言葉をもらうばかりか、「ワソが作った野菜だから買う。それがブロッコリーでないなら、ブロッコリー以外でもいい」と言われるほどに、フォロワーとの結びつきが強くなっているそうです。ワソさんは「それは本当にうれしい。もしかしたら自分もそういうところを目指していたのかもしれない」と感じているそうです。

さあ、本題! 気になる動画の核心に迫る

ブロッコリーを収穫する和想農園のワソ(谷和洋)さん

手際よくブロッコリーを収穫するワソさん。「休憩の合間に投稿すると寂しさがまぎれる」と本音をこぼしつつ、「それ以上にお客さんの声がモチベーションになる」とも

そんな素敵な話の流れをぶった切り、本題を切り出しました。冒頭に触れた、上半身裸で疾走する動画について(これを聞かないと、帰れません)。「ワソさん、あの手の動画は一体どういう経緯で投稿し始めたのですか」と。

ちなみに、ワソさんのトリッキーな農作業動画は冒頭のそれだけではありません。私のお気に入りはこちら。題して、「『マルチに追肥用の穴あけようぜ!』の型」です。

動画が投稿される頻度はそう高くありませんが、これらはいずれも3桁の「いいね」が付くほどの人気投稿です。けれど、ここに至る最初のきっかけはなんとも意外なものでした。

ワソさんがある時、ブロッコリーを収穫する普段の様子を動画に収めて投稿すると、「ブロッコリー取るの速すぎる!」「へえ、そうやって取るんだ」と、予想外のリアクションが返ってきました。「みんなが喜ぶなら」と、その後も動画を撮って投稿するようになり、次第にそれに拍車がかかり、現在のようなパフォーマンスに至ったそう。

本人いわく、「まだ栽培に自信があるわけではないので、ガチな作業動画は出したくない」という本音もあるようです。けれど、「仕事として農業に向き合っているという真剣な思いがあるからこそ、ふざけてみせることができる」とも語っていました。

ポンポン注文が入る。でも、儲かりはしない

ブロッコリーを見つめる和想農園のワソ(谷和洋)さん

自慢のブロッコリーとツーショット

“自分をさらけ出す”動画を投稿することで、本人も驚くくらいに「いいねの数が増えた」と言います。分かりやすいもので、投稿が“バズる”と「ポーン、ポーン」とスマホが鳴り、インターネットの産直サイトを通じて注文が入るのだとか。であれば、さぞかし儲かっているのかと思えば、実情は必ずしもそうではないそうです。

「実は、JA出荷に徹した方が効率が上がるので、収益を上げやすいんです」とワソさん。というのも、直販サイトから注文が入ると、ワソさんはいったん作業の手を止め、発送分を軽トラに積んで自宅に戻っているのだそう。これは品物が劣化しないように、日陰の涼しい場所で保管するためのひと手間なのだと言います。「ブロッコリーは鮮度が命だから。大切なお客さんにいい加減な物は出せないので」。これもまた、独り農家のガチでリアルな日常なのです。

しかも、品物の選別もいつも以上に丁寧に行うので、ロスも多少増えるのだとか。「けれど、そのことはお客さんには伝えないようにしています。それで遠慮されても困るんで。だって、そういうつながりを楽しんでいるし、大切にしたいから」(ワソさん)

辛い経験の先にある今

ブロッコリーを収穫する和想農園のワソ(谷和洋)さん

「貧相な体だけれど、自分をすべてさらけ出す」。それがワソさんの情報発信のコンセプト

底抜けに明るい性格で、順風満帆に人生を歩んできたように思えますが、ここに至るまでは苦しい経験もくぐり抜けてきました。

地元の高校を卒業後、自分の居場所が見つけられないまま、20代の頃は職を転々としていました。30歳になり、ようやく安住の地と思える会社と出会い、結婚して所帯を持ちました。マイホームも購入して、そろそろ子供でも……と考え始めていた矢先。社内の人間関係が悪化し、会社員として描いていた将来設計さえも見直さざるを得なくなりました。

気分は落ち込む一方で、「このままではマズイ」と思い、仕事をやめる決意をしました。けれど、すでに40歳近く。新しい職探しは簡単ではありませんでした。かといって、自身の経験の中から仕事を選ぼうとすると、「今までの延長線上の生き方しかできないのでは」との思いが頭をよぎりました。

「新しいことを始めるなら、これが最後のチャンス」。そう考えて、機械いじりが好きな自分に合いそうで、かつ、職場の人間関係のしがらみも少なそうな農業が選択肢に浮上しました。それまでの仕事の経験で土木系の機械を操ることもできました。農家の高齢化や耕作放棄地の問題を考えると、「きっと新規就農者が求められるようになる」と、その思いは確かなものになりました。

JA香川県でのインターン研修を経て、いよいよ就農の準備が整う頃、一番の理解者だった妻とすれ違いが生まれ、離婚することになりました。晴れて新規就農者としての第一歩を踏み出そうとする時に、独り身に。そうした過去を包み隠さず話してくれるワソさんと向き合って話をしていると、人生の試練に真正面からぶち当たってきたからこそ、多くのフォロワーに愛される今のワソさんがあるのだと感じました。

すべては「人を楽しませたい」精神から

上半身裸になる和想農園のワソ(谷和洋)さん

取材の最後まで、サービス精神旺盛なワソさん

ワソさんのTwitterでの奇抜に見える動画も、お客さんとの愉快なコミュニケーションも、すべては「人を楽しませたい」との思いから来ていることが分かります。いつもふざけてばかりいるわけではないですし、かといって、誰かにやらされているわけでもありません。「すべてをさらけ出そう」と上半身裸の動画を投稿したところ、想定した以上の反響があり、いつしかそれがフォロワーの間でワソさんのトレードマークのようになってしまいました。

ワソさんの“人を楽しませる活動”は、インターネットの中にとどまりません。地元・高松市香南町では「香南町ひまわりプロジェクト」に農家として協力しています。このプロジェクトは、ワソさんが土づくりの一環で、遊休農地にヒマワリの種をまいたことがきっかけで始まりました。6月になると、以前は荒廃していた農地に、ヒマワリの花が一斉に咲き乱れます。最初は今より小規模でしたが、近隣の住民や子どもたちの評判が良かったことから、面積を増やしてきました。それが今は町ぐるみの取り組みになっています。

ブロッコリーの緑肥としての費用対効果で考えれば、ヒマワリよりもふさわしい植物があるのだそうです。けれど、ワソさんは「これは赤字になってもやる。なぜなら、みんなに元気になってほしいから」と笑顔で語っていました。

そんなサービス精神旺盛のワソさん。「これ、上半身裸になった方がいいですか。それとも、マイナビ農業さん的にマズイですか」と気遣いながら、Twitter上で見慣れているいつもの格好で写真を撮らせてくれました。

香川県高松市の「香南町ひまわりプロジェクト」のヒマワリ畑

6月に見頃を迎えた「香南町ひまわりプロジェクト」のヒマワリ畑(提供:和想農園)

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