JAグループが設立した、ベンチャーを支援する団体とは
アグベンチャーラボは、農林中央金庫(農林中金)や全国農業協同組合連合会(JA全農)、全国農業協同組合中央会(JA全中)など農協系の8つの団体が2019年に設立した。
環境問題など社会的な課題の解決を目的にしたベンチャー企業への投資が、当時すでに盛んになっていた。ベンチャーは大手企業と違って資産を持っていないことが多く、投資に際しては将来性を判断したり、戦略に助言したりすることが重要になる。そうした役割をJAグループも果たすため、アグベンチャーラボを立ち上げた。
代表理事の荻野浩輝(おぎの・こうき)さんは農林中金の出身。「農業と食、地域の暮らしに関係する社会課題を解決するのがJAの使命。そのことを志すベンチャー企業を支援したい」と話す。
事業の柱は、支援する企業を選抜する「JAアクセラレータープログラム」だ。年に1回実施し、すでに24社を選抜した。
2021年のプログラムをもとにその流れを見てみよう。
応募期間は1~3月。ここで名乗りをあげた211社を対象に書類選考を実施し、35社に絞り込んだ。次にオンライン形式で面談して詳しく事業計画を聞き、15社を選定。5月24日にビジネスプランコンテストを実施した。
プレゼンの時間は4分間。参加企業は「簡潔でわかりやすい資料の作り方」「起承転結がはっきりした説明内容」「熱意が伝わる話し方」などに関してアグベンチャーラボから事前に指導を受け、コンテストに臨んだ。
結果発表は、コンテストの当日。9社が「優秀賞」を受賞した。選果場で使うロボットを開発する企業や、ドローンを物流に活用する企業、シニア層が使いやすい決済システムを開発する企業などだ。
9社は今後、農林中金やJA全農のスタッフなどと協議しながら、サービスやシステムが現場のニーズに本当に即しているかどうかを改めて検討。さらに実証実験なども重ね、11月にその成果を発表する。
JAグループをビジネスのパートナーにできる
ベンチャー企業がプログラムに参加する最大のメリットは、JAグループをビジネスのパートナーにできる点にある。
例えば、JAグループの店舗を活用し、農業用のシステムを販売する。農協の仲介で、試作品を農家に使ってもらうことも可能。アグベンチャーラボとつながりのある食品関連企業や研究機関などとコラボする道も開ける。
いずれの場合も当然、相手の同意が条件になる。ただ設立から間もないベンチャー企業にとって、事業展開の可能性が広がるのは大きな利点。プログラムで選抜されることは、そのための貴重な足がかりになる。
優秀賞をとった企業が、アグベンチャーラボのオフィスを使えるようになるのもプログラムへの参加で得られる恩恵の一つだ。
旧来のオフィスのイメージとは違い、机同士の間隔を空けたゆったりとしたスペース。アグベンチャーラボのスタッフを含め、誰がどこを使うのか原則として決まっておらず、空いている席を自由に使うことができる。
利用期間は、成果発表から約1年間。地方のベンチャー企業が都内に拠点を確保できるという面もあるが、利点はそれだけではない。起業家同士が交流することで、新たなビジネスの芽をつかむこともできるのだ。
プログラムに参加した企業の実例も紹介しておこう。
Agrihub(アグリハブ、東京都調布市)は、2020年に優秀賞を受賞した。対象となったのは、農薬の散布などの作業内容を農家がスマホのアプリを使って手軽に記録できるシステム。農協のシステムとつなぐことで、農薬の使用履歴の書類を農協が自動で作成することもできる。
代表の伊藤彰一(いとう・しょういち)さんは以前からこのシステムの導入を地元の農協に提案していたが、優秀賞をとったことで信用力が格段に向上。2021年4月に導入が実現した。ほかの農協からも問い合わせがきているという。
なぜJAがベンチャー企業を支援するのか
最後に、一連の取り組みがJAにとって持つ意義を考えてみたい。
農家や食品産業、農村の暮らしに役立つサービスを提供する企業が育てば、もちろんJAグループにとってもプラスになる。農業が元気であることは、JAの事業機会を増やすからだ。だがグループが得るメリットはそうした直接的なものだけではない。
農協に対しては、「意思決定が遅い」「閉鎖的」といったイメージが一部に根強くある。農家のために新しいことに挑戦している組合長や職員の姿を見ると、そうした批判は的外れだと感じることが少なくない。
一方で、農協との連携を模索する企業などから「なかなか話が先に進まない」という困惑の声を聞くことがあるのも事実。外部の人と接するのに慣れていなかった農村社会の雰囲気を反映しているのだろうか。
そうした中、アグベンチャーラボはJAグループのイメージを一新する可能性を秘めている。これまでともすると疎遠だった若手の起業家たちと、農協との距離を縮めることができるからだ。アグリハブの例はそのモデルケースの一つと言える。
現場のスタッフの中には新しい発想を持ちながら、どう具体化すればいいのかわからない人もいるだろう。起業家と接することで得る刺激が、彼らが思う存分力を発揮するための起爆剤になる。組織の目的はベンチャーの支援だが、農業と農村の変革に向けてJAが前進する起点にもなり得るのだ。