周年栽培による安定経営への取り組み
福島県会津盆地北東部に位置する磐梯町(ばんだいまち)は、磐梯朝日国立公園内の磐梯山や厩岳山(うまやさん)・猫魔ケ岳(ねこまがたけ)などを北限に、南限は猪苗代湖を水源とする一級河川日橋川が流れる山紫水明な町です。日本の原風景が広がるこの町で、水耕栽培によるリーフレタス、小松菜、ハウス栽培のトマトを主軸に、水稲と観光農園も兼ねたブルーベリーなどの多品目栽培を手掛けているのが『農業倶楽部 農家のすずきさんち』を営む鈴木康正(すずき・やすまさ)さんです。
「家業が農家ということもあり、農業は常に身近にありましたが、わたし自身は長くサラリーマンとして生計を立てていました。一念発起して就農したのは50歳のころ。個人経営による農業にはとにかく効率化が必要と始めたのがリーフレタスの水耕栽培です」。
もともと家業でやっていた水稲の規模は8haほど。それだけで食べていくのは難しいと鈴木さんは痛感します。安定経営のためには定植したらその年に収穫できる作物が必要と模索するなか、出会ったのが「水耕栽培」です。
「水耕栽培には以前から興味はあったけれど、設備投資の面で不安がありました。しかし、長い目で見ると周年栽培ができることで安定した収入が見込めると考え、思い切って水耕栽培に乗り出しました」。
周年栽培ができること以外にも水耕栽培にはさまざまなメリットがあります。土を使わず根の部分を水につけて育てる水耕栽培の場合、養分は必要なときに必要なだけの追肥をするため、土耕のように土中の養分を使い切る心配がなく、連作障害とも無縁です。定植からわずか1ヶ月で収穫できるため、早い段階で収入につながることも大きなメリットと言えるでしょう。加えて、培養液が入った栽培槽は腰の高さほどになることから、土耕栽培に比べて体への負担が格段に軽減されるのも大きな特長です。
「離農の大きな原因は高齢化による作業労力の負担です。気候にほとんど左右されず、作業負担も少ない水耕栽培は、初期費用の課題はあるものの、高齢者や新規就農者に向いている農法だと思います」。
鈴木さんが生産するリーフレタスは現在、地元のスーパーと直接取引をし、2020年度の出荷実績は2万袋と高い水準を誇ります。学校給食にも提供され、品質の高さと味の評価はもちろんのこと、土が付着していない水耕栽培のレタスは調理従事者の作業負担の軽減にもつながると喜ばれているそうです。
水耕栽培のメリット
- 周年栽培による継続的な収入が見込める
- 定植後、短期間での収入が見込める
- 連作障害の心配がない
- 土耕栽培に比べて体への負担が格段に軽減される
経営改善の先に見えた環境保全への取り組み
鈴木さんのリーフレタスは無農薬栽培です。食の安全が叫ばれる昨今、それは営農面での強みにもなっています。水耕栽培は作業の効率化だけでなく、環境問題にも一石を投じると鈴木さんは分析します。
「無農薬にこだわったわけではなく、水耕栽培のリーフレタスは農薬に頼らなくても一定の品質が保てたことが結果的に、無農薬栽培につながりました。また、レタスは1玉単位ですがリーフレタスは葉を摘み取り、10枚が1袋になります。葉を切りと落とすロスがなく、食べ切りサイズなことが、近年、問題視されている食品ロスの削減にも貢献できると実感しています」。
鈴木さんが実践する無農薬水耕栽培は、農薬の利用を大幅に削減しています。こうした取り組みは自然とJGAPやFGAPの取得、さらにはSDGsにもつながっています。それらは鈴木さんが手掛ける農産物の付加価値となり、安定経営に欠かせない要素になっています。
「消費者をはじめ、取引先のバイヤーさんにはぜひ、ほ場に足を運んでほしいと思います。GAPや安全・安心への取り組みが営農の付加価値になるのであれば、これからの農業は“ほ場を売る”スタイルに移行していくことが予想されます。食の安全を訴求し、生産者の顔が見える農業が結果として安定した経営を生み出すのではないでしょうか」。
事実、鈴木さんの水耕栽培施設やトマトハウスは驚くほど整理整頓がなされ、安全・安心への取り組みが書類上だけではないことがわかります。高品質な作物を作ることはもはや必須であり、今後はそこに付加価値をつけるアイデアの必要性を鈴木さんの言葉から感じることができました。
収入の柱を確立した上で、やりたい営農スタイルを見つけること
3棟のハウスのうち、1棟ではトマトの減農薬栽培を行う一方で、磐梯町のふるさと納税返礼品にもなっているブルーベリーなど多品目栽培を手掛ける鈴木さんですが、就農したときはほとんどが自己流だったと当時を振り返ります。
「家が農家だったとはいえ、農業に関してはまったくの素人でした。そのため、栽培方法や肥料の名前を聞いても全くわからず苦労しました。だからこそ怖いもの知らずでいろいろなことにチャレンジできたという面もありますが、これから農業を志す方は行政が行う農業研修を積極的に活用し、仲間づくりや農業の基礎を身につけてほしいですね」。
自身の苦い経験から、研修生を積極的に受け入れている鈴木さん。取材に訪れた日も一人の研修生がトマト栽培に汗を流していました。農業研修同様に、鈴木さんがもっとも訴求しているのが「10年単位の経営計画」です。それは、安定経営に欠かせない要素と言葉を続けます。
「栽培技術や知識は研修やベテラン生産者に倣うことで身に付けることができます。大切なのはそれをいかに経営に生かせるかということ。安定経営には計画性が重要です。10年をひとつの区切りとし、長期で計画を立てることで年間を通した収入や、老後の安定にもつながります。収入が確実に確保できる品目を柱にしたうえで、自分がやりたい農業を見つけるのが成功の秘訣だと思います」。
さまざまな夢や希望を持って就農したはずなのに、経営が立ち行かず、離農する人が一定数存在するのも事実。しかし、希望がなければ農業はつまらないものになってしまいます。“安定した収入が見込める作物があるからこそ、やりたい農業ができる”その言葉を裏付けるように鈴木さんはブドウやメロン、さらに福島県昭和村の特産品「からむし織」の原材料となる多年草のからむしや、藍、綿花など工業製品の原材料の栽培にもチャレンジしたいとアグレッシブな抱負を抱いています。
「夏場に原材料を作り、冬場は製品を作って売る。年間を通して収入を得る理想のスタイルが工業製品にはあります。農業はものづくりです。同じことを繰り返すのではなく、いろいろなことに挑戦していきたいですね」。
リーフレタスや小松菜の水耕栽培による安定した収入があるからこそ、チャレンジができる。個人経営や小規模でも農業で成功するメソッドを身をもって教えてくれた鈴木さん。それは、新規就農者にとっても理想の営農スタイルと言えます。
小規模でも安定経営ができるー。多品目栽培と環境保全などSDGsの取り組みが、その道標になるかもしれません。
取材協力
農業俱楽部 農家のすずきさんち
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福島県耶麻郡磐梯町大字大谷字砂田田100