近年注目される有機野菜
2015年9月の国連サミットで採択されたSDGs(エスディージーズ)は、2030年までに持続可能でよりよい世界を目指すための国際目標です。国内でも2016年5月から、政府内にSDGs推進本部が置かれ、目標を達成するためにさまざまな取り組みがなされています。
SDGsは17のゴールと169のターゲットから成り立っており、その中には農業や環境に関するものも存在しています。
有機JAS規格の基準はかなり厳しい
SDGsの一環として注目されている有機栽培。日本での有機食品の規格は「有機JAS」で、有機JASのマークがついていない農産物、畜産物及び加工食品に、「有機」や「オーガニック」といった表示をつけることは法律で禁止されています。
農林水産省によると有機JASの規格に適合した有機農産物として認められるには、「多年生作物は最初の収穫前3年以上、それ以外の農産物は播種(はしゅ)又は植付前2年以上の間、有機的管理が必要」であるとしています。
「有機的管理」とは、有機農産物のJAS規格に定められた肥培管理や種苗管理、防除などを行うこと。つまり、化学的に合成された肥料や農薬を上記の期間用いず、遺伝子組み換え種苗も使ってはいけないということです。必然的に物理的防除や耕種的防除、生物的防除などいろいろな手法を用いて、病害虫を防除しなくてはなりません。もちろん化学肥料が使えないので、効率的な施肥というのも難しいでしょう。しっかりとした計画のもと土作りをしなくてはならず、かなりの労力を必要とします。
想像しただけでも汗をかいてしまう有機栽培ですが、実は特定の要件を満たす場合に限り、農薬や肥料を使うことができるのです。
有機栽培でも農薬を使うことができる
そもそも有機栽培において化学農薬を使うことができないのは、化学農薬が有機農産物の生産の原則に反するからです。原則では化学的に合成された肥料及び農薬を使用しないこととされています。つまり、化学的ではないもの、天然由来の成分で構成されている農薬で認証されたものならば、使うことができるというわけです。
そうはいうものの、天然由来の農薬であれば無条件に使用していいわけではありません。有機JAS規格では、「農作物に重大な損害が生ずる危険が急迫している場合であって、耕種的防除、物理的防除、生物的防除又はこれらを適切に組み合わせた方法のみによっては、ほ場における有害動植物を効果的に防除することができない場合」にのみ、農薬の使用が許可されています。
それでは実際にどのような農薬を有機栽培で使うことができるのか、いくつかの例を国の定める基準とともに見ていきましょう。
害虫の防除に用いられるもの
以下の薬剤は、害虫の防除に用いられるものです。化学農薬と同じく、対象となる害虫や品目はそれぞれ異なるため、しっかりとした確認が必要です。
・除虫菊乳剤及びピレトリン乳剤
この薬剤はアブラムシやアザミウマなどの防除に用いられます。ただし「除虫菊から抽出したものであって、共力剤としてピペロニルブトキサイドを含まないものに限る」とされており、注意が必要です。使用する際は規定の濃度に薄め、ポンプなどで散布します。
・メタアルデヒド粒剤
主にナメクジ対策やスクミリンゴガイ(ジャンボタニシ)などの防除に用いられる薬剤です。ただし「捕虫器に使用する場合に限ること」とされており、直接散布することはできません。捕虫器に使用する場合も、中身が流出しないように注意しなくてはいけません。
・性フェロモン剤
性フェロモン剤はニセのフェロモンにより害虫の交尾を阻害することを目的とした薬剤です。「農作物を害する昆虫のフェロモン作用を有する物質を有効成分とするものに限る」とされているので、成分の確認が必要です。
・生物農薬
病害虫の天敵を用いた生物農薬は、近年注目されている薬剤です。生きた虫や菌類などを用いたものであり即効性は低いので、使用する際は防除計画をしっかりと立てることが必要です。
施設栽培などでの害虫防除に使われるもの
・二酸化炭素くん蒸剤
アザミウマやアブラムシ、ハダニなどの駆除に使用されます。二酸化炭素などのガスを、気化器を通して気体化し、ハウス内などに充満させ、殺虫を行うというものです。国の定める基準に「保管施設で使用する場合に限ること」とあり、露地などで使うことはできません。
病気の防除に使われるもの
・銅水和剤
一般にはボルドー剤と呼ばれ、べと病や疫病の対策などで、幅広い品目に使うことができます。耐性菌出現リスクが低く、既存剤に対する耐性菌に対しても有効です。一部品目では薬害が生じるおそれがあるため、時期を選んだり他の薬剤を加えて使ったりします。
他の薬剤に添加して使うもの
以下の薬剤は単体では使うことができない、または他の薬剤の効果を高める目的のものです。
・硫酸銅と生石灰
硫酸銅と生石灰は、単体での使用は認められていません。「ボルドー剤調製用に使用する場合に限ること」と定められており、前述の銅水和剤(ボルドー剤)を調製する場合にのみ使うことができます。
・展着剤
展着剤は、薬剤の付着力を高めるために用いられます。「カゼイン又はパラフィンを有効成分とするものに限る」とあり、成分には注意が必要です。
・炭酸カルシウム水和剤
「銅水和剤の薬害防止に使用する場合に限ること」とされています。
肥料にも厳格に基準がある
ちなみに有機栽培では肥料にも厳しいルールが定められています。基本的にはその圃場で栽培された作物の残渣(ざんさ)に由来する堆肥(たいひ)や、その地域に従来生育している生物(土壌動物や土着菌など)を活用した土作りをすることとされています。ただし、その方法だけでは土壌の生産力を維持できない場合、天然由来の肥料を使用することができます。
有機栽培向けの農薬は普段から使える
慣行栽培では農薬の種類、使用回数は作物ごとに細かく定められています。農業を営んでいる筆者も有効成分ごとに基準値を超えないよう、さまざまな種類の農薬を組み合わせて防除を行っています。この農薬管理については多くの農家が悩むことであり、難しいところです。
ある程度防除計画をしっかり立てていても、使える薬剤がなくなってしまった場合や、つなぎとして何か薬剤を使いたいときもあるでしょう。そういった時に有機栽培対応の農薬が活躍します。なぜなら有機栽培対応の農薬は、農薬の使用回数にカウントされないからです。
例えばアーリーセーフなどに含まれる脂肪酸グリセリドは天然ヤシ油由来の殺虫殺菌剤。キャベツやナス、トマトなど幅広い野菜に使え、非常に便利です。収穫前日まで使えるので、家庭菜園などでも使いやすいかもしれません。
ベニカマイルドスプレーやエコピタ液剤などに含まれる還元でんぷん糖化物は食品の水あめに由来するもので、収穫前日まで散布することができ、害虫だけでなくうどんこ病の対策にも使えます。前者はスプレーボトル入りの農薬で、自身で調合することなく野菜に振りかけることができます。
上に挙げた農薬はほんの一部ですが、どちらも回数制限なしで、収穫の前日まで使うことができます。大きな畑はもちろん、ベランダ菜園などの家庭菜園でもかなり活躍するのではないでしょうか。
ただ、これらの農薬は化学農薬に比べ、効力は弱め。過信せずに、しっかり普段の防除を行った上で使うように心がけましょう。