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米農家発ブランド「稲作本店」が、田んぼと消費者の距離を近づけるきっかけに

竹下 大学

ライター:

米農家発ブランド「稲作本店」が、田んぼと消費者の距離を近づけるきっかけに

生産した米やその米の加工食品を自分たちのブランドで販売し、適正な利益を確保できる経営をする。その一方で、ニッポンの原風景である田んぼを守り、生態や環境保護にも貢献する。将来的には、社会課題解決に取り組むコメ農家発のブランドにまで育てていきたい。
サラリーマン経験、カフェ起業経験を経て、井上敬二朗(いのうえ・けいじろう)さんと真梨子(まりこ)さんのふたりがたどり着いた、「稲作革命」実現に向けての突破口とは。

田んぼの価値を最大化し、消費者と田んぼを近づけるには

2018年に米専業農家として新規就農した井上敬二朗さんと真梨子さん。病気になった真梨子さんの父の田んぼを引き継ぎ、農家の7代目になった。現在「稲作本店」というブランド名で、生産会社の株式会社FARM1739(ファームイナサク)と販売会社のTINTS(ティンツ)株式会社の2社体制で事業を行っている。

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おいしいコメを生産するだけではなく、消費者と田んぼの距離を近づける活動も始めた井上さん達。彼らを突き動かしたのは、既に消費者にとって田んぼが遠い存在となっていることを知った焦燥感からだった。
減少の一途をたどっているといっても、水田は日本全国にある。大都市でも郊外に出かければ、いまでも景色としては当たり前のように目にすることができる。だが、遠目で見る田んぼと目の前で観察する田んぼとでは、写真と実物の差ほどの違いがあるはずだ。

生き物

画像提供:FARM1739

「僕たちにとっては当たり前の田んぼが、一般の人にとっては何だかよくわからない場所になってしまっている気がするんです。田んぼも私有地ですから、田んぼに近づいたりあぜ道に入ったりすることに、罪悪感を覚える人が増えたのかもしれません。だからこそ消費者と田んぼの距離を近づける取り組みから始めようと考えました。お米の話だけをしていても、なかなか田んぼの問題とはとらえていただけないので」と敬二朗さんが切り出した。

「『稲作本店』ならでの強みというか存在意義は何だろうかと、ふたりでとことん話し合った結果、自分たちの『田んぼ』という場があることだという結論になったんです。そう考えたら、『田んぼと消費者との距離を近づける』という目標が定まりました」(真梨子さん)

「正直、水田面積と米消費の急激な減少にしても、その対策を農家だけで考えるのは重たすぎます。消費者の皆さんと一緒に考えていきたいんですよね。本来『作る』と『食べる』は一体だったはず。それがいつの間にか、農家が作り、消費者が食べるという一方通行の関係になってしまった。この関係を元に戻すきっかけづくりが、私たちが企画するイベント『田んぼカフェ』や『田んぼでCAMP(キャンプ)』なんです」(敬二朗さん)

こういう場があれば、米が単なる米粒ではなくなり、米と消費者の間に新たな関係性が生まれるはず、と語る敬二朗さん。人が集って空間と時間を楽しむ「開かれた田んぼ」づくりは、まだ今年始まったばかりである。

田んぼカフェ、田んぼキャンプは、工場見学と同じ

稲作本店の水田は、東北自動車道那須インターチェンジの近くにある。車でならインターチェンジからはあっという間。都心と地方を結び付けたいと願う井上さん達にとって、7代かけて守り抜いてきた田んぼは、運命的ともいえるロケーションにある。

「田んぼカフェにしても田んぼでCAMPにしても、利益のことはあまり考えていません。田んぼの中でゆったり過ごしてもらい、辺りを眺めながら田んぼの気持ち良さやお米のことをほんの少し考えてもらえたら、それで十分なんです」(敬二朗さん)

「私たちにとって、田んぼは、お米という食品の製造現場です。大勢のお客様に見てもらい体感してもらうことで、安心していただいたり、興味を深めていただきたい。そのためには田んぼに行きたい!と思っていただくのが一番だと考えています。例えていえば、食品メーカーがファンづくりのために工場見学を受け入れ、工場に遊びに来てもらっているのと同じ構図です」(真梨子さん)

ただ世のため人のために田んぼを守りたいと言っているだけでは、消費者の共感は得られない。おいしいお米を作りたいだけでは、差別化できない。公共性、透明性、信頼性に加えて物語性が必要だ。「稲作本店」が、水田あってこその米をブランディングしようとしている意図はここにある。

_田んぼカフェ会場

田んぼカフェ会場

田んぼカフェ

画像提供:TINTS

純米甘酒とおにぎり

「純米甘酒」とおにぎり

田んぼでキャンプ

田んぼでCAMP

稲作本店のブランディングに効果的だった2つのこと

利益の出ないコメ農家から適正な利益を残せるコメ農家に変わるために、自分たちで直接販売する。これは「言うは易く行うは難し」の典型だ。米余りが常態化している日本。安売りが当たり前に行われる市場環境では、基本的に売る側の立場は弱い。もはや「おいしい」だけでは差別化できない。価格競争に巻き込まれずに、持続可能な値段で売るためには、選ばれるブランドを築く必要がある。

とはいえ農家にできることは限られている。「稲作本店」というブランドを立ち上げた井上さん達は、思いつく限りのことを試してみた。その結果、大きな効果があった取り組みは2つ。オリジナルの加工食品、ポン菓子の「イナポン」を開発したことと、クラウドファンディングだ。

クラウドファンディングの上手な使い方

誰もが手軽にクラウドファンディングができる時代。やりたいことはあるのに資金が足りない。自分もやってみようと考えている人も多いはずだ。
井上さん達は、田んぼをみんなにオープンにすることと米粉の自社製造実現を含めた、稲作本店のトータルなブランディングの資金をクラウドファンディングで調達することにした。

結果、クラウドファンディングサイトのCAMPFIRE(キャンプファイヤー)で目標の300%を超える309万6000円もの資金を集めることに成功したのである。

クラウドファンディング紹介文

CAMPFIREでの案内

クラウドファンディングの効果について敬二朗さんはこう語る。
「クラウドファンディングはお金以外のメリットの方が大きかったですね。メディアに取り上げてもらえる率が格段に上がりましたから。とにかくPR効果がものすごかったです。もともと、お金を集めることよりも、お米の世界が大変なことになっているということと、僕らの思いを多くの人に伝える手段としてクラウドファンディングを活用しようと考えたんです。僕らのSNSだけではほんの一部の方々にしか伝えられないですし」

「もちろん事前にたくさんの事例を研究しました。ただ『資金を集めるため』というのではなく、『未来へつながる思い』が支援につながるんだということとか。だから、『稲作革命』を実現してニッポンの原風景を守りたいという気持ちを前面に打ち出して、ストレートに伝えることにしたんです」(真梨子さん)

いまの段階で社員を雇用したのはブランディングを推し進めるため

最近、井上さん達は初のメンバーをTINTSで雇用した。このタイミングで社員の雇用を決断した理由は、「稲作本店」ブランドを発展させていく時に夫婦の顔でどこまで引っ張れるのか、引っ張っていいのか、という疑問が湧いてきたからだった。

「クラウドファンディングの反響を見て、うちで働きたいという人が現れてくれて、正直、まだ少し早いかなぁとは思いましたけど、思い切って決めました。『稲作本店』がみんなに信頼してもらえるブランドになっていくためには、SNS上のアカウント名『パフじろう』と『パフまりこ』、ふたりで『パフ夫婦』、これらの単語とくっつき過ぎるのはよくない。いつか力のある人に加わってほしい、とは最初から考えていました」(敬二朗さん)

スタッフ

期待の新戦力を囲む井上さん夫婦

ブランディングのために設立した会社の実績が理想的な事業承継に

田んぼの風景を守るために稲作農家を続ける決断をした井上さん達だったが、仕事を引き継いだからといって両親から経営を任せてもらえたわけではなかった。農家に限らず事業承継をいつにするかは、家族経営の会社にとって難しく悩ましい問題だ。

井上さん達は真っ先に、営業、加工、ブランディングを目的とした別会社TINTS株式会社を設立し、独立採算で新しい取り組みを実行できる体制をつくった。そして米の直接販売による利益率向上、米加工食品の商品化による販路開拓を成功させたのだ。
今年7月に、栽培部門のFARM1739は法人化し、真梨子さんが社長に就任。就農4年目に入ったばかりというタイミングでの事業承継は、とてもスムーズに行われたように見える。

「いま振り返ってみると、まずは自分たちで販売会社を設立するのが一番の解決策になったと感じています。TINTSを作った時にはここまで考えてなかったですけど。結果的に大正解だったなと。栽培部門とは別の販売会社という箱の中で成果が出れば、親が認めてくれる。自分たちだけで新たに生み出した売り上げや利益、増やしたお客さんの数、これを見せて安心してもらった感じです。親の立場になってみれば、いきなりハンコと財布譲れと言われても不安感と抵抗感しかないですよね」(敬二朗さん)

「変なケンカはお互いに幸せになれません。農家として存続できて、仕事上も親の居場所があってという形にしたかったんです。父が40年かけて作った農園というプラットフォームを使わせてもらっているからこそ、いまの私たちがあるわけですから」(真梨子さん)

ファミリービジネスのあり方と可能性については、星野リゾートの経営者とともに探求していく書籍「星野佳路と考えるファミリービジネスの教科書」がとても参考になったそうだ。

1739ナンバー

業務用以外の車も含めて7台の車のナンバーが1739

サラリーマン経験とカフェ起業経験が生きたこと

敬二朗さんと真梨子さんにとって、会社員経験とカフェの起業経験は、いまの仕事にどの程度生かされているのだろうか。

「売るという部分に限って言えば、農家はまだまだ未開に近い状態です。僕の場合には、新卒時代に『何が何でも売ってこい』と上司に詰められた時の経験が、いま役立っています。
売ることに本気で取り組むだけで、いままでの農家とは違うステージに上がっていけると思ってます。とはいえ、自分たちもまだまだですが」

営業経験のある人は農家になった時に有利だと、真顔で語ってくれた敬二朗さんはこう続けた。

「起業を通じて学んだのは、夢を実現しようと始めた事業であっても、しだいにやりがいが薄れていくということです。僕たちが稲作を、田んぼを通じて社会課題の解決につなげる事業だと最初に位置づけることができたのは、カフェ経営で経営理念と向き合ってきた5年間があったおかげですから」

カフェ経営は失敗だった、と互いに笑って語る井上さん夫妻。やりがいが薄れていったことに加えて、もうひとつ理由があった。こちらはシンプル。成長余地のある「適正な利益」を得るところまで到達できなかったためだ。

「なくてはならない場所だと言ってくださる常連さんもつきましたし、お店の評判もよかった。でもどうやったらこれ以上のところに進めるかが見えてこなかったんです。努力不足なのか、立地条件なのかと考えたり。いずれにしても限界を感じていました。その限界の原因は、立ち向かうべき社会課題がなかったということに尽きるなと」(敬二朗さん)

「稲作革命」実現に向けて

井上さん達の取り組みは注目を集め、下野(しもつけ)新聞社主催の「とちぎ次世代の力大賞」奨励賞受賞をはじめ、取材される機会も増えた。だが、受賞したからといって販売量が増えることはなかったという。

「受賞したことを営業に生かせるかどうかも含めて、私たちの実力が問われているんだなって気づきました。お客様が本当に求めている商品、サービスを農家自らが作って利益をあげる。これをどうやったら実現できるのか。まだまだ手探り状態です。米価が下落する中、市場価格に左右されないように早く自社の20ヘクタール分のお米を全量、自分で売り切れるようにならないと」(真梨子さん)

井上さん達の「稲作革命」はこの先いつごろ実現するのだろうか。

真梨子さんの言葉を受けて、敬二朗さんはこう続けた。
「最近よく考えるのは、仮に僕たちがこの地で成功できたとして、那須だけで将来像を描いていてよいのだろうかということです。ここで50ヘクタールまで規模拡大しても、日本の田んぼを守るという目的は果たせません。一方で、僕たちと同じような取り組みをしている担い手農家は各地にいます。各地で担い手が持続的に「誇り」を持って耕作できるようになるために、ブランドとして『稲作本店』が機能できないか。社会課題の解決に取り組んでいるコメ農家のアンブレラブランド(中心的なブランド)にできないかなと」

たしかに井上さん達が那須でいくら栽培面積を広げても、田んぼのあるニッポンの原風景をこの先100年200年維持していくには遠い話だ。

「この先、稲作本店のお客さんの中にも『コシヒカリ』以外の良食味米、『ひとめぼれ』や『つや姫』などを求める方が必ず出てくると思っています。その時にはこれらの品種の一番おいしい米が取れる産地のお米を、『稲作本店』で買える仕組みができたらいいなと。お米を買うのはスーパーじゃなくって『稲作本店で』、となるように」(真梨子さん)

「自分たちは『稲作本店』の1ユニットに過ぎず、その1個目をいま那須で作っているイメージなんです」(敬二朗さん)

価格では競わない。おいしさだけでも競わない。食べる時だけでなく買う時にも価値が生まれる米。おいしさの先にある消費者の共感を原動力にする井上さん達の「稲作革命」は、いま静かに進んでいる。

収穫

画像提供:稲作本店

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