経営開始型の補助金を抜本見直し
2022年度に改定されるのは「農業次世代人材投資事業」の交付金。農業大学校などで研修期間中の人に出す「準備型」と、就農を始めた人に給付する「経営開始型」の2つがあるが、今回は後者が抜本的に見直しになる。
経営開始型は、49歳以下の新規就農者などが対象。農業を始めてから5年で経営が安定するのを見込み、最初の1~3年目は年150万円、4~5年目は120万円を交付する。農業法人などに就職して働くケースは対象外だ。
制度が始まったのは2012年。当初は「青年就農給付金」という名前だった。いまでもこの呼び方のほうがピンとくる人が多いかもしれない。「農業を始めれば補助金が出る」という仕組みが真新しかったからだ。
2021年度に新たに交付対象になった人を最後に、経営開始型は終了する。代わりに2022年度予算の概算要求に農水省が盛り込んだのが、1000万円を上限に就農者を資金面でサポートする制度。現状と比べて金額の増加が鮮明だ。
具体的には、まず日本政策金融公庫が最大1000万円を無利子で融資。使い道は、就農してから3年以内に機械や施設を買うための資金とする。償還スケジュールは10年均等。この返済資金を、国と地方が毎年肩代わりするのが制度の柱だ。
制度を改めるのは、交付金を生活費に充てる農家が多いことに批判があったからだ。農業の発展にはつながりにくいというのがその理由。そこで新制度は設備投資を後押しする仕組みにするとともに、支援規模を拡大した。
ただし「設備資金しか出さない」としてしまうと、営農が立ちゆかなくなる人が出ることも想定される。そこで公庫への返済分の支給とは別に、最大で月13万円の交付金を3年間、使い道を限定せずに支給することにした。
途中で離農すれば交付を打ち切り
ここまで新旧の制度の概要をみてきたが、どちらも農業をやめた時点で、補助対象から外れるルールになっている。例えば現行制度では、5年を待たずに離農すれば、その時点で交付を打ち切る。交付期間が終わった後、同じ期間農業を続けなければ、返還を求めるルールにもなっている。例えば5年間受け取った後、2年で農業をやめれば、3年分の交付金を返す必要がある。
では「農業をやめる」とはどんな状態を指すのか。農水省の要綱によると、経営を大幅に縮小したり、耕作を放棄したりするケースが該当する。年間150日かつ1200時間以上農作業をしていないときも「やめた」と判定される。
これと似たペナルティーが新制度でも科される。例えば就農から3年で農業をやめればその時点で、交付金は停止になる。残りの7年分は自分で日本政策金融公庫に返済する。1000万円借りていれば、残りの借金は700万円になる。
月13万円の交付金にも返還規定を設ける。最大468万円を3年間受け取り、1年でやめると2年分の312万円を返す必要がある。補助金を受け取る以上、最低限それに見合う期間続けるべきとの発想が制度全体を貫いている。
日本は膨大な食品ロスが発生する一方で、耕作放棄が増え続けるという状況にある。いまは国民が食料に困ることはないが、このまま放棄地が増大すれば、いつか食料の安定供給に黄信号がともる可能性がある。
税金を使って農家を後押しするのは、そうした事態を防ぐのが目的だ。それでも「無条件で供与」というわけにはいかず、期待に応えることができなければ返すことが必要になる。制度を利用する前に確認すべき点だ。
日本政策金融公庫の厳正な審査が必要
新制度のもとで、就農者が受け取る交付金はこれまでの最大690万円から1000万円に膨らむ。だが農業を途中でやめれば返還を求められる資金であり、やめるタイミングによっては多くの負債を抱え込むことになる。
自己責任という見方もあるだろう。他産業では例のない多額の支援を受ける以上、それだけの覚悟を持って農業に向き合うのが筋。そう思うのは当然だが、誰もが続けられるようなら農業はいまのような苦境にはない。
新旧どちらの制度も、市町村などが営農計画を事前チェックする。だがどこまで厳しく審査するかはわからない。農家を増やすのが自治体の目標だからだ。もし計画の半ばで離農しても、行政が責任を負うことはない。
むしろ期待したいのは、日本政策金融公庫の役割だ。貸し倒れになるリスクを考慮して、融資に見合う計画かどうかを厳正に判断してほしい。金融のプロの冷静な視点こそ、就農者にとって最大の導きになる。
ほかの産業の常識からすれば、起業資金は自分でため、自分で集めるのが王道だ。農業は食料生産を担っているという性質ゆえに公的な補助があるが、身の丈に合わないお金を受け取れば、本来うまくいくはずだった営農さえ迷走する恐れがある。新規就農の芽を伸ばす制度運営を望みたい。