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地域の気候に合っていない作物も軌道に乗せた 携帯ショップの元営業マン

連載企画:農業経営のヒント

地域の気候に合っていない作物も軌道に乗せた 携帯ショップの元営業マン

農家に生まれたから、農業をやって当然というのはもはや昔の話。むしろ農作業を手伝ったことで農業を嫌いになり、違う仕事を選ぶ人も少なくないだろう。だが別の仕事をした経験は、いざ家業を継ごうと思ったときにきっと役に立つ。北海道河西郡芽室町の若手農家、藤井信二(ふじい・しんじ)さんに取材した。

農業が嫌、面白みを一切感じられなかった青年がなぜ農家に

芽室町は、畑作が盛んな十勝地方にある。藤井さんは現在38歳。43ヘクタールの畑で、ジャガイモや小麦、ビート、落花生などを育てている。

「中学生のころには、将来この仕事をやるのは無理だと思うようになっていた」。藤井さんはそう語る。小さいころから、ずっと農作業を手伝ってきた。土日は畑に出ることが多く、友達と遊ぶ時間は少なかった。

とくに印象に残っているのが、ジャガイモの収穫だ。収穫したジャガイモから、石や泥を取り除く作業を手伝った。面白みをまったく感じることができない単純作業の連続。「農業は絶対やらないって決めた」

選んだ仕事は携帯ショップのスタッフだった。携帯電話が好きだったのと、販売の仕事に興味があったからだ。店で接客するだけでなく、法人契約をとるために飛び込み営業も経験した。楽な仕事ではなかったが、やりがいは大きかった。「藤井君だから買うよ」と言ってくれる客もいた。

ビート

藤井さんのビート畑

28歳で結婚し、子どもが生まれたのをきっかけに心境が変化した。

携帯ショップで責任のある仕事を任されるようになっていたので、閉店後も店に残って事務処理をし、家に帰るのが夜11時を過ぎることが度々あった。土日に客が集中する仕事なので、週末に休むのも難しかった。子どもが小学校に上がると、一緒に遊ぶ時間がなくなるのは目に見えていた。

父親は年を取って畑に出るのが難しくなったら、農業をやめることを覚悟していた。藤井さんが「継がない」と明言していたからだ。だが藤井さんは、子どもができたのを機に親のありがたみを感じるようになり、父親の代で家業が途絶えてしまうのを悲しいと思い始めた。

背中を押してくれたのは、「農業だったら家族でできるし、一緒の時間も増えるじゃない」という妻の一言だった。父親に相談すると、「やるならやれ」と言葉少なく賛同してくれた。こうして藤井さんは10年続けた携帯ショップの仕事をやめ、実家で就農した。32歳のときのことだ。

落花生

落花生にも力を入れている

十勝地方では珍しい落花生を新たに栽培

以前は気乗りのしなかった農業だが、いざ仕事として向き合うようになると、子ども時代に手伝っていたときは知らなかった面白さに気づいた。

栽培面で大きかったのは、十勝地方では珍しい落花生に挑戦したことだ。地元の農協の組合員の若手農家が、10年あまり前に販売を前提にせず試験的につくり始めた作物で、藤井さんも途中からチームに加わった。

メンバーの農家の畑を持ち回りで使っていた試験栽培が終わったのが2016年。このとき藤井さんが声をあげた。「みんなで本格的につくってみませんか」。十勝の気候に適合し、育て方も確立しているジャガイモなどと違い、まだ地元の主産品になっていない落花生との出会いは大きな励みになった。

落花生のメインの産地である千葉県と比べ、気温の低い北海道でも育てることはできそうだとの手応えは試験栽培で得ていた。さらに販売を前提に育て始めたことで、栽培のノウハウは飛躍的に高まった。

まず保温効果を期待し、畑にマルチを敷いてみた。千葉より北の地域で落花生をつくる際の一般的な方法だ。だが北海道の気温の低さをカバーするには足りないと判断し、株の上から不織布のシートをかぶせて育てることにした。その結果、不利な気候条件を補うことが可能になった。

マルチ

保温のために敷いたマルチ

マルチを敷くことで、土の水分の蒸散を抑えることができることもわかった。別の地域の狭い畑ならスプリンクラーを設置すればすむ。だが広大な畑で育てる十勝では投資コストがかさむので、設備を導入するのは難しい。そのハンディを、保温のために敷いたマルチが克服してくれたのだ。

収穫した落花生をどう乾燥させるかも課題だった。千葉では畑に円筒状に積みあげて自然乾燥させる。「ボッチ積み」と呼ばれる伝統的なやり方だ。藤井さんたちもこの方法を試みたが、せっかく収穫した落花生にカビが生えてしまった。気温が低過ぎて、乾燥がうまく進まなかったためだ。

難題を解決するヒントは、北海道でつくっている別の作物にあった。ニンニクやタマネギを入れたコンテナを積み上げ、扇風機に似た機械で空気を通して乾燥させる手法が北海道で普及している。これを落花生で試してみると、野積みにするのと違ってうまく乾燥できることがわかった。

栽培が軌道に乗ったことで、面積も広がった。いま13人いるチームの栽培面積は、当初の10倍の8ヘクタールになった。そこで藤井さんを含む3人で600万円を投資し、中国から専用の収穫機を2台輸入した。生産規模は今後さらに拡大するのが確実で、効率を高めることが必要になったのだ。

収穫機

中国から輸入した収穫機

販売会社を設立し、社長に就任

ジャガイモやビートなどと違い、落花生は藤井さんたちが地域で新たにつくり始めた作物だ。この挑戦は、販売面でもこれまでと違う一歩を踏み出すきっかけになった。農協を通さず、独自に販路を築くことにしたのだ。

現在までに獲得した売り先は、地元のスーパーやベーカリーなど。ここで携帯ショップで10年間勤めた経験が生きた。加工会社に委託し、ピーナツバターの生産も始めた。仲間の農家たちもその手腕を認め、「ぼくらは栽培はできるが、販売は不得意」として営業やPRを藤井さんに託した。

そして販売業務を担う会社として、2020年に「メムロピーナッツ」(芽室町)を設立した。欠品などのトラブルが起きたとき、個人ではなく、チームを代表する法人で対応したほうがいいと考えたからだ。トラブルに備えるため、会社名義で損害保険にも加入した。社長には藤井さんが就いた。

栽培に黙々と向き合う一方で、販売は不慣れという農家がいまも少なくない。だが販路の開拓に取り組むことで、新たに手にできるチャンスもある。藤井さんは「人と接して話すことが圧倒的に好き」と話す。就農までの回り道に見えた仕事の経験が、仲間の期待に応える自信につながっている。

ピーナツバター

売れ行きが好調なピーナツバター

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「食と農」の現場を日々取材する記者が、田畑、流通、スマート農業、人気レストランなどからこれからの農業経営のヒントを探ります。
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