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農業でビジネスを成功させるには 舞台は故郷から世界へ

連載企画:農業経営のヒント

農業でビジネスを成功させるには 舞台は故郷から世界へ

耕作放棄地が増えている。そう聞いて、何をイメージするだろう。日本の農業が大変なことになっている。食料の供給能力に黄信号がともっている。ネガティブな感想が浮かびそうだが、発想を変えれば違った見方もできる。ピンチの中にこそ、チャンスがある──。離農が進むふるさとで、あえて農業で起業した森上翔太(もりがみ・しょうた)さんに取材した。

農業で起業を決意、まず行動に移したことは

森上さんは現在、35歳。実家のある京都府木津川市で2013年に農業法人の「あぐり翔之屋(しょうのや)」を立ち上げた。栽培しているのは九条ネギ。面積は1ヘクタールからスタートし、14ヘクタールまで拡大した。

高校のころから「いずれ起業したい」と考えていた。いったん大学に入ったが、1カ月ほどでやめた。森上さんは「大学で4年間過ごすより、社会に出て経験を積んだ方がいいと思った」と当時の心境をふり返る。

大学をやめた後、運送会社や工務店、サービス業関係などでアルバイトした。とくに意図があって職種を選んだわけではなく、「いろいろなことを経験してみたい」という好奇心からだった。そうした中で、起業してみたいと思う分野が浮かび上がってきた。それが農業だった。

実家のある場所は、稲作を中心に農業が盛んな地域だ。だが農家のほとんどは高齢で、しかも後継者がいなかった。耕作放棄地も増え始めていた。「どんな時代になっても、食べ物をつくる人は必要。そこにチャンスがある」。そう思った森上さんは、農業の世界に飛び込むことを決めた。

あぐり翔之屋の事務所。周囲には田んぼが広がる

目標が決まると、ただちに行動に移した。まずバイト生活をやめ、農業学校に入った。実家は農家ではなかったので、まず農業を基礎から勉強すべきだと考えたからだ。ところが学校の仲間とさまざまな野菜をつくり、試しに市場に出してみると、想像していた以上に値段が安いことに驚いた。

「とても起業のイメージがわかない」。そう感じた森上さんは農業学校を卒業すると米国に渡り、現地の農場で働き始めた。米国で農場を運営している日本人の講演を聴き、企業的な経営を学びたいと思ったためだ。

米国の農業は、他の仕事との兼業で何とか成り立っている日本の農業とはまったくの別物だった。現地で働いたのは2年間。専業でしっかり利益を出している農業経営を知って意を強くし、農業を始めるために帰国した。

就農するには当然、何をつくるか決めることが前提になる。考えた条件は二つ。一つは京都産である点を前面に出せること。もう一つは一年中収穫できること。二つを満たす作物として選んだのが、九条ネギだった。

栽培品目に選んだ九条ネギ

29人を雇用するまでに規模拡大、同世代の3人で販売会社を設立

こうして農業の世界へと踏み出した森上さんだが、就農に際して全国的にも有名な二つの農業法人と接点を持つことになった。農家をグループ化して野菜を生協などに販売している「野菜くらぶ」(群馬県利根郡昭和村)と、九条ネギの生産と販売を手がけている「こと京都」(京都市)だ。

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森上さんは帰国するとまず、野菜くらぶを訪ねた。学生時代の経験で相場に左右される市場出荷にはリスクを感じていたので、価格や数量がより安定する野菜くらぶのメンバーに加わったほうがいいと考えたのだ。

森上さんがメンバーに加わると、野菜くらぶは自社ルートでネギを販売するだけでなく、こと京都を紹介してくれた。こと京都はほかの農家がつくったネギも売っており、ネギに関しては外食店やスーパーなど幅広い販路を持っているからだ。両社はトップ同士で以前から交流がある。

こうして森上さんは販路の開拓には時間をさかず、栽培に専念できる態勢を整えて、あぐり翔之屋を設立した。27歳のときのことだ。

栽培に専念できる態勢を整えた

森上さんは「はじめのころは馬車馬のように働いた」という。朝5時に畑に行って収穫を始め、出荷が終わるのは日が暮れた後。再び畑に行き、ヘッドライトをつけて防除作業などをし、23時ごろに帰宅した。

とても体が持たないと思った森上さんは、スタッフを雇用し始める。最初の一人を雇ったのが2014年の終わりごろ。労働環境を整え、少しずつスタッフを増やし、いまや社員やパートを含めて29人を雇用するまでになった。

借りることのできる農地は、耕作放棄地やじきに耕作が放棄されそうな水田ばかりだった。そこを畑にしてまじめにネギを作っていると、地域の信頼が高まり、自然と農地が集まるようになっていった。

こうして規模が大きくなるのに伴い、森上さんは新たな展開を考えるようになった。独自の販売ルートの開拓だ。そこで意気投合したのが、同じ京都府で九条ネギをつくっている同世代の2人の農家。村田翔一(むらた・しょういち)さんと山本将人(やまもと・まさと)さんだ。

1社で売り先を探すより、3社分をまとめたほうが、大きな販路を開拓できる。そう考えた3人は、2019年に販売会社の京葱SAMURAI(きょうねぎさむらい)(京都市)を設立した。あぐり翔之屋の売り上げのうち、すでに京葱SAMURAIが占める比率は4割に達しており、今後さらに増える見通しになっている。

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左が山本将人さん、その隣が村田翔一さん。舞妓(まいこ)さんを呼んで開いたイベントで

海外視察の奨学金制度に参加

ここまで見てきてわかるように、森上さんは就農の準備段階から、一貫して先を読みながら前に進んできた。九条ネギを選んだのがその象徴。作物や自然が好きで就農する人たちとは、別の営農スタイルだ。

次の戦略も模索し始めている。各国の農業の将来を担う人材を対象にした民間の奨学金制度「ナフィールド」の研修プログラムに参加中なのだ。

ナフィールドは70年以上前に英国で誕生した制度。各国の農業や食品関連の企業がスポンサーになり、農業者が国際感覚を養い、グローバルなネットワークをつくるのを支援することを目的にしている。奨学生に選ばれた農業者はさまざまな国の農場などをじっくりと時間をかけて視察する。

2020年3月にオーストラリアで開かれたナフィールドの交流会。2列目中央が森上さん

この制度を日本で広めるための組織、一般社団法人のナフィールドジャパンが2019年に実施した第1回の奨学生選考に、森上さんは合格した。「グローバルな視点が大切。国内のことだけしか知らないのでは、世界から取り残されると考えた」。制度に挑戦した理由について、森上さんはこう語る。

就農前に米国の農場で働いたおかげで、英語でのコミュニケーションに困らないことがここで生きた。新型コロナウイルスの影響で現地視察は中断しており、現在の活動はリモートが中心。ただコロナによる混乱がある程度おさまれば、各国を訪ねるプログラムを再開する予定になっている。

以上が「農業で起業する」と決め、夢の実現にまい進してきた森上さんの現在までの物語だ。ナフィールドのプログラムが終わった先には、海外生産など事業の国際展開も視野に入れている。栽培品目をネギ以外にも広げるとともに、消費者と直接つながるビジネスを始めることも考えている。

数年先にはもっと営農を発展させ、いまとは違うかたちの経営を実現しているだろう。それを紹介する機会を改めて持ちたいと思う。

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「食と農」の現場を日々取材する記者が、田畑、流通、スマート農業、人気レストランなどからこれからの農業経営のヒントを探ります。
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