栽培のデータ管理で収穫予想の精度が向上
イオンアグリ創造は、流通大手のイオンが2009年に設立した。全国20カ所で直営農場を運営し、野菜を中心にコメなども栽培している。栽培面積は合わせて400ヘクタール弱と、国内有数の経営規模を誇る。
創業当初から、作業のデータ管理に取り組んできた。大手電機メーカーが開発した作業管理のシステムを導入し、作業をした日時や担当者名、天気、積算温度などを作物や畑ごとに記録。農場間でデータを見比べることで、栽培技術や効率の向上に生かしてきた。
「もしシステムを使わなかったら、いまもうまくいっていなかっただろう」。福永さんはそう語る。「何もわからない状態から農業を始めたにもかかわらず、データを活用したおかげで社員たちが成長することができた」
福永さんがシステム活用の効果の一例として挙げるのが、収穫量の予測だ。「さまざまなデータを蓄積したことで、年数がたつごとに予測の精度が圧倒的に向上した」。新設の農場は既存の農場のデータを参考にすることで、精度を高めるペースを速めることも可能になったという。
時間をかけて蓄積してきたデータは、異常気象への対処方法を考える手がかりにもなった。その成果が、最近できた台風への対応マニュアルだ。
まず過去の台風で各農場がどれだけ水につかり、作物に被害が出たかを検証。台風の中心気圧や雨量などを基準に、被害を防ぐための手順を定めた。例えば浸水のリスクが大きい畑は、事前に周囲に溝を掘る。
福永さんは台風などの悪天候を「変化球」に例え、データの効用を説明する。「毎年いろいろな変化球が来るが、作業のベースができているので対応できる」。数値に裏付けられた基準があるため、応用が可能になるのだ。
一方、システムの意義を実感しているからこそ、5年ほど前から「このままではダメだ」と思ってきたこともある。生産と販売、労務を管理するシステムがバラバラで、せっかく入力したデータが相互に活用されていないのだ。予算を作成するためのシステムも、改善が必要だと感じていた。
予算の数値を打ち直す非効率を解消
まず予算作成のシステムから、福永さんが課題と感じた点を説明しよう。作業管理のシステムと同じ電機メーカーがつくったシステムだ。
改善したいと思ったのは、予算を作成している途中で経費をどれだけ計上したかを確認する機能だ。「途中で見ることができないわけではないが、必要な項目をすべて入力しないと確認しにくい仕組みになっていた」(福永さん)
入力内容の修正機能を改める必要も感じていた。パソコンの画面で「農場」を選択し、「畑」「作物」「農薬」「価格」と進む。ひと通り入力し終わった後で「作物」を変えようとすると、画面をそこまで戻す必要があった。
単一の作物しかつくっていないなら、画面を戻って入力し直すのはたいした手間ではないだろう。だが、同社は数多くの作物を育てており、農場内にはたくさんの畑がある。入力内容の修正は膨大な作業になる。
そこでスタッフは、エクセル(表計算ソフト)で計画を完成させてから、予算作成のシステムに入力していた。エクセルのほうが途中確認も修正も簡単にできるからだ。この二度手間をなくすのが、システムを見直す目的の一つになった。
売り上げなどの販売状況や従業員の勤務時間を管理するシステムに話題を移そう。使っているのは、イオングループ共通のシステム。これと生産管理のシステムをつなごうと思ったのは、次のような理由からだ。
販売と生産のシステムがつながれば、どの農場のどの畑でつくった作物が、グループ内のどの店舗にいくらで売れたかをすぐ確認できるようになる。労務と生産のシステムがつながれば、タイムカードに記録された時間内にスタッフがどこでどんな作業をしたかがわかるようになる。
こうした問題意識を背景に、システムの再構築に乗り出したのが2020年。生産管理のシステムを提供していた電機メーカーが、システムの再構築に乗り気でなかったため、別のメーカーのものに変更。そのうえで、予算作成に関してはイオンアグリ専用のシステムの開発を専門会社に委託した。
その結果、予算作成は途中確認や修正をしやすいシステムにすでにつくり終えた。専門会社にはその際、それぞれメーカーの違う生産、販売、労務の管理システムと接続できるようにするよう要請。1年後をメドに、経営全体を一体的にデータ管理する体制をつくりあげることを目指している。
作業効率を高めるのはもちろん、人材育成も重視
では最後に、なぜ福永さんがシステムを見直したいと思ったかに触れておこう。予算作成の際の入力の二度手間をなくすなど、作業効率を高めたかったのはもちろんだが、より重視している目標がある。人材育成だ。
予算のシステムで重視したのが、内容を途中で確認したり、修正したりする機能。修正が要らないような完璧な予算を立てることを求めてもよさそうなものだが、そうしないのは現場のスタッフが一緒になって予算を立てるべきだと考えるからだ。内容に不備があれば、農場長が指摘して修正する。
生産と販売、労務のシステムをつなげる背景にも、同じ発想がある。2つの農場で同じ作物をつくっても、なぜ一方の農場のほうが利益率が高いのか。その答えを出し、さらに上を目指してもらうには、作業内容や売り先の評価などを総合的に分析する力を身につける必要があると考えているのだ。
「これからの農場経営を担う人材を育てたい。そのためには農業をきちんと数字で見ることができるようにならないといけない」。福永さんはそう強調する。栽培技術を磨くことを否定しているわけではない。だがそれを前提として経営スキルを高めなければ、農業の未来はないと指摘する。
こうした努力は、担い手への農地の集約が進む日本の農業が参考にすべきノウハウの一つになるだろう。福永さんはインタビューの最後に「一生をかけるに値する仕事と思ってやっている」と語った。システムの見直しがテーマの取材ではあったが、農業に寄せる思いを垣間見ることもできた。