外食の不振で概算金が下落
米価の下落を示すのが、全国農業協同組合連合会(JA全農)の県本部などが地域農協に渡す概算金(仮払金)の動向だ。地域農協は概算金から手数料などを差し引いた金額を、コメを出荷した農家に払う。
概算金の下落がとくに目立つのが、外食などで使われる業務用米だ。例えば、60キロ当たりの価格は栃木県のコシヒカリが9000円と前年と比べて27%値下がりし、宮城県のひとめぼれは25%、山形県のはえぬきは18%下がった。そのほかの業務用米の多くも、2~3割下落した。
業務用米を中心に概算金の値下がりが相次いだのは、緊急事態宣言などの影響で、飲食店の休業や営業縮小が広がったからだ。コメの需要はコロナ前から減少し続けており、家庭向けなどに売り先を変えて下落を防ぐこともできなかった。
2年前までは状況が違った。米価は2014年産を底に、2019年産まで一貫して上昇してきた。農協と卸会社などとの取引価格(相対取引価格)の全銘柄の平均価格をみると、2019年産は2014年産と比べて約3割高くなった。
米価を上げるうえで効果を発揮したのが、飼料米の補助金だ。水田を畑に変え、麦など他の作物をつくって主食米の生産量を減らすのと比べ、コメをエサに回せばいいので稲作農家の負担が小さいからだ。その際に出す補助金を2014年に拡充したことで、主食米の作付けが減って需給が引き締まった。
だがこのやり方で米価を維持することに対しては、農業界で以前から疑問の声が出ていた。人口減少と高齢化でコメ消費は今後も減るのが確実で、財政支出が増え続ける飼料米補助金に財務省が難色を示しているからだ。
コメを飼料にするという手法そのものに潜むリスクを指摘する声もあった。飼料米に出る補助金と米価を見比べ、後者のほうが有利と判断すれば主食米の作付けを農家が選ぶ可能性があるからだ。増産に転じる農家が増えればコメはすぐ余剰になり、米価の下落要因になる。
そこをコロナ禍が直撃した。外食で減ったコメの需要を内食がカバーしてくれればいいが、「巣ごもり消費」のもとでも家でご飯を炊く機会は思うほど増えなかった。「もっと抜本的な対策はないか」。稲作の先行きに危機感を強めた農業界が、コメに代わる作物として注目し始めたのがトウモロコシだ。
子実トウモロコシの栽培、生産効率の高さは明らか
トウモロコシに期待が集まるのは、潜在的な需要があるからだ。トウモロコシは代表的な飼料穀物であり、日本はその大半を輸入に依存している。これを国産に切り替えることは、食料自給率の向上に貢献する。
農水省が補助金を使ってコメを家畜のエサに回そうとしたのも、自給率の向上という大義名分があるからだ。だが、飼料としてはトウモロコシのほうが一般的なうえ、生産効率もコメと比べてずっと高い。
全国に先駆け、その栽培を本格的に拡大している地域が北海道にある。札幌市の東方、岩見沢市にある畑作地帯。広大なトウモロコシ畑で10月上旬、収穫が始まった。北海道子実(しじつ)コーン組合のメンバーの畑だ。
飼料用のトウモロコシは茎や葉、実をまとめて裁断し、発酵させてエサにする品種と、実だけをエサにする品種がある。後者を子実トウモロコシと呼ぶ。この品種を栽培し、共同で販売する北海道子実コーン組合は、2015年に発足した。
栽培がスタートしたのはその4年前。岩見沢市の南に隣接する夕張郡長沼町の農家の柳原孝二(やなぎはら・こうじ)さんは、麦や大豆の連作障害を解消するため、作物の種類を増やそうとして子実トウモロコシを育て始めた。
しばらくすると、近隣のほかの農家も栽培を始めた。柳原さんと同様、連作障害の解消に役立てたいという農家もいれば、新しい作物にチャレンジしたいという理由で始めた農家もいた。そんな農家が徐々に増え、面積が合わせて約100ヘクタールに達したとき、北海道子実コーン組合を立ち上げた。
柳沢さんたちは当初、この真新しい作物の栽培がうまくいくかどうか自信がなかったという。ところが栽培を増やす中で気づいたのは、生産性が極めて高いことだ。10アール当たりの収量は、メンバーの平均で930~950キロ。1トンを超す農家もいる。500キロ台がふつうのコメと比べてはるかに多い。
しかも、栽培に必要な労働時間はコメよりもずっと短い。10アール当たりのコメの労働時間は、1作当たりの平均で20時間を超えている。これに対し、柳原さんたちが子実トウモロコシの栽培に要する時間は2時間以下。生産効率の高さは明らかだ。
組合員の農家は現在、長沼町と岩見沢市を中心に89人。栽培面積は480ヘクタールに達しており、柳原さんによると「年3割のペースで増え続けている」という。北海道内の農協からの集荷も2020年にスタートした。
子実トウモロコシが脚光を浴び始めたワケ
北海道子実コーン組合の先進的な取り組みは、いまや全国から注目を集めている。各地からの視察も相次いでおり、農協の全国組織も関心を寄せる。いまのまま稲作を続けることに限界を感じ始めたことが背景にある。
JAグループの関係者に話を聞くと、転作の形としてイメージしているのは子実トウモロコシと大豆の輪作だ。連作障害を防ぐのが理由の一つだが、大豆を選ぶわけはそれだけではない。地球環境問題などを背景に代替肉の開発が世界で盛んになっており、大豆はその有力な原料として需要が見込めるからだ。
農業構造の変化も追い風になる。日本の稲作を支えてきた高齢の兼業農家には新たな設備投資が難しいため、飼料米の栽培が適していた。だが高齢農家の引退が加速し、担い手に農地が集中し始めている。この構造変化は、設備投資が必要な子実トウモロコシへの栽培転換にとって好機となる。
新型コロナの感染拡大は、産業界にさまざまな変化を引き起こした。農業では稲作がコロナの直撃を受け、子実トウモロコシがにわかに脚光を浴び始めた。その動きは、日本の田園風景を変えるきっかけになるかもしれない。