移住者を増やすための地域間の競争が「少しいびつ」だと感じた
権藤さんは現在、26歳。東大法学部時代、地域のコミュニティーに興味を持ち、地方を何度か訪ね歩いた。生まれ育った東京とは違う姿を知って地方への関心を膨らませ、地方行政の制度づくりを担う総務省に入った。
総務省には、入省するといったん地方で働く人事慣行がある。権藤さんの勤務先は鳥取県庁。そこで実際に地方で暮らし、鳥取県への移住や定住を支援する仕事を担当してみて、さまざまなことに気づいたという。
一つは、移住者を増やすための地域間の競争が「あまり健全ではない」(権藤さん)という点だ。そこに住む人や風景などの魅力で人を呼び込むのなら問題ないが、カギをにぎるのは往々にして移住者に出す一時金だった。
例えば「祝い金」などの名目で、10万円を支給する。自治体同士でこの金額を競い、移住者を奪い合う。地方に住みたいと思う人がそう多くないという事情はわかるが、権藤さんは「少しいびつではないか」と感じたという。
地方に寄せる都会の目線にも疑問を持つようになった。地方の衰退を懸念することじたいは間違っていない。権藤さん自身、「地域が元気になってほしい」と願い、そのために努めようと思っていた。だが「地方創生」「地域活性化」などの言葉を含め、「どこか上から目線だ」と感じるようになった。
買い物などは都会のほうが便利かもしれない。だが地方にしかない素晴らしいものもある。人間関係の豊かさや、美しい自然などだ。活性化の対象と思っていた地方の人々が、じつは楽しく暮らしていることも知った。
そうした日々の中で、権藤さんは少しずつ1次産業と接する機会が増えていった。生産者がどんな環境のもとでどう作物を育てているのかをじかに聞くのは、初めてのことだった。「すごく新鮮で楽しく、学びがあった」とふり返る。このときの体験が、ポケマルに転職する遠因になった。
「ふるさと納税サービス」の実現に貢献
約1年で総務省に戻ると、地方行政のデジタル化を担当した。電子申請などがどれだけ進んでいるかを調べ、その推進を後押しする。意義のある仕事ではあったが、「後方支援」にとどまる点にもどかしさも感じた。
そして入省から3年余りが過ぎたころ、ベンチャー企業に若手職員が出向する人事制度が総務省にできた。幅広い経験を行政に生かしたいと思った権藤さんはこれに応募。2020年6月に出向した先がポケマルだった。
1年で総務省に戻る予定だった。だが代表の高橋博之(たかはし・ひろゆき)さんたちと話すうち、食や生産者を大切にすることで、地方を持続可能なものにしたいという問題意識に強く共感するようになっていった。
次第に「プレーヤーを支援する国の立場ではなく、自らプレーする立場になりたい」との思いが高まった。そして半年ほど働いたとき、高橋さんに「残りたい」と伝えた。「一緒にやろう」と背中を押され、心は決まった。出向期間が切れた2021年6月末に総務省をやめ、ポケマルの取締役になった。
ベンチャー企業とはいえ、いきなり取締役として迎えるのは期待の表れだろう。ふつうならここで新天地での抱負などを質問するところだが、経営を担う役職にあることを踏まえ、あえてポケマルの抱える課題を聞いてみた。
「言っていることと、やっていることの乖離(かいり)がすごく大きい」。権藤さんは筆者の問いにそう答えた。同社が目指すのは、地方を持続可能なものにすること。これに対し、権藤さんは現状について「たんに食品のお取り寄せサービスと思って利用している人がけっこういる」と話す。
もっと必要だと思うのは「どういう価値を大事にしているかを伝える努力」。そのためには食品の売買で地方と都市をつなぐだけでなく、「体験」に比重を置いたサービスを充実させるべきだと考えている。例えば漁師を訪ねて一緒に釣りをし、現地に泊まって伝統工芸を見学するツアーなどだ。
じつは出向していた1年の間にも、「地方」に焦点をあてる取り組みに貢献した。ポケマルが始めた「ふるさと納税サービス」だ。ポケマルと契約した自治体に寄付をした消費者は、生産者がポケマルに出品した食品を、返礼品として受け取ることができる。すでに20の自治体が同社と契約した。
自分がどの地域の生産者とつながったのかを、消費者がこれまで以上に意識するなどの効果が期待される。権藤さんがポケマルに出向してすぐ、このサービスの準備を担当した。制度を所管する総務省や自治体の意思決定の仕組みを知っていることは、内容を詰めるうえで役に立った。
総務省の仕事が嫌になってやめたわけではない
最後に触れておくと、権藤さんは総務省の仕事が嫌になってやめたわけではない。終電で帰宅することが頻繁にあるなど決して楽な日々ではなかったが、自治体の仕事のデジタル化の支援には意義を感じていた。
それでも役所を離れたのは、食を中心に地方に光を当てようとする挑戦がいかに魅力的に映ったかを示す。それは目標の変更ではなく、大学時代に地方に関心を持って以来、抱いてきた思いを貫くための選択だった。
中央官庁に勤めていたから「優秀」というような、単純な表現はここでは控えたい。それよりも、地方に関わる仕事に就きたいという目標をぶれずに追求し続けたことと、その思いを正面から受け止めるベンチャー企業が登場したことに意味がある。その未来は大きな可能性を秘めていると思う。