農業を通じて社会復帰を目指す人々
刑務所で服役した後、社会復帰を目指す人々が農業を学ぶ場所がある。
茨城就業支援センター(以下「センター」)は、刑務所から仮釈放され保護観察中の成人男性が、6カ月間の寄宿生活を送りながら農業の就業訓練を受ける施設。2009年9月の開所以来、仮釈放予定で就農を希望する人の中から、3カ月ごとに4人前後を選考して受け入れてきた。これまで188人が入所、中途退所が27人いるものの、83人が就農している。そのほとんどが農業法人や個人農家での雇用就農だ(2021年12月現在)。

冬の畑の片づけをする訓練生たち
センターに所属する元受刑者は「訓練生」と呼ばれる。厚生労働省の「求職者支援制度」を活用して就業訓練を受けているからだ。この制度は、彼らに限らず一定の条件を満たした求職者なら誰でも使える制度で、6カ月間、月10万円の給付金を受給しながら無料の職業訓練と就職のサポートが受けられるもの。
同時に彼らは保護観察中の身であるため、訓練以外の日常生活はセンターの規則に従って過ごす。保護観察官は24時間体制で彼らの生活の指導・監督と社会復帰の支援にあたっている。
センターの責任者である統括保護観察官の鈴木勇一郎(すずき・ゆういちろう)さんは、「私たちは彼らに6カ月間の訓練を完走させるための伴走者。退所時には就農させるのが目標です」と言う。

茨城就業支援センター統括保護観察官、鈴木勇一郎さん
入所1カ月(取材当時)のAさんは、20代半ば。地元の中高生時代の先輩に誘われ覚せい剤に手を出し1度目は執行猶予、しかし2度目で実刑となり3年半服役した。もとは造園業に携わっていたこともあり、農業には興味があったそう。いずれは独立就農したいとの希望を持ち入所した。「ここにいる半年でしっかり学んで、5年ぐらいはどこかで修行して……」と、立ち直らなければならないという焦りも感じさせる表情だった。「ここではいろんな人が支援してくれます。その存在が再犯しないための戒め。将来は恩返しに、自分も農業を通じて支援する人になりたい」と訓練に臨む。
訓練を支える師匠の存在
センター職員は法務省の職員で農業のスキルを持たないため、彼らの職業訓練は「ふる里自然農塾」の近澤行洋(ちかざわ・ゆきひろ)さんと2人のスタッフが担っている。
近澤さんはもともと有機野菜などの宅配を行う企業の社員。20年ほど前に就農のために農地を探し始めたが、当時は各自治体の就農支援の制度なども十分ではなく就農までに大変苦労したそう。そんな経験から農業を志す人を支援したいと就農希望者を研修生として受け入れてきた。実際、ふる里自然農塾の卒業生の多くが就農を果たしている。
活動を知った農林水産省の担当者が訓練の受託者として近澤さんに白羽の矢を立てた。近澤さんは「少しでも農業に携わる人が増えるなら」と、この申し出を受けることを決意した。
当初、訓練生の受け入れについて近澤さんは町長と地域の町内会長のみに伝えていたという。しかし、「2年交代で地域の役員は変わるから、今じゃほとんどの人が知っています。まだ『結(ゆい)』が残っている地域ですから、訓練生が地域の手伝いに行くこともある。コソコソ陰口を言う人もいるが、それを聞いて『何言ってんだ、頑張ってるじゃないか』と止めてくれる人もいる。高齢者が多い地域なので、若い人が手伝いに来てくれると助かると言ってくれます」と、近澤さんの継続した取り組みが実を結び、地域の理解にもつながっているようだ。

訓練中、稲刈りの様子(画像提供:茨城就業支援センター)
近澤さんが教えるのは、実践的な農業だ。
「うちは一般の農家ですから、農業のことしか教えません。やったらやった分だけ返ってくるのが農業。訓練生は農業をやっているうちにそのことを理解して、ごろっと変わることがあります」と近澤さんは語る。
刑務所での作業はどちらかというと指示待ちで、自ら動くことはない。その生活に慣れた訓練生は、はじめは自分で動くことはあまりないが、訓練を通じて自分の作業の成果を目にするようになると、自ら考えて動くようになるという。「栽培者が農家じゃない。農家は農業実業者なんだと教えています。育てるだけでなく売るところまでが農業。自分がお客ならこれを買うかって考えることが必要」。そうした教えが実るのが、訓練終了後であることも。「頭で理解した人ほどできないですよ。2~3年経験してやっと『こういうことだったのか』とわかる。近場で就農した人があとで質問に来ることも多いですよ」と、農業の師匠としての近澤さんやスタッフの存在は訓練生にとってはとても大きいようだ。

収穫したキュウリの出荷準備をする訓練生(画像提供:茨城就業支援センター)
訓練生が支援者になる
ふる里自然農塾のスタッフのうちの一人は元訓練生だ。Yさんは6年ほど前にセンターでの訓練を終え、そのまま近澤さんのもとで就農した。
30代後半のYさんは、高校卒業後に正社員で就職したものの1年足らずで離職、その後は短期の派遣社員や契約社員として自動車工場などの職場を転々とした。しかし職を失ったことをきっかけに犯罪に手を染め、5年間服役した。
物静かな雰囲気のYさんは、コツコツと作業をするのが好きで、訓練参加前から農業に興味があったそう。今はトマトなどのハウスの管理を任されており、「収量が増えたり味が良くなったりすると達成感がありますね」と笑顔を見せる。そんなYさんも、はじめのうちは野菜の少しの異変に動揺したり、周囲のさまざまな意見に振り回されたりした時期があったという。そんな時に近澤さんにかけられた言葉は「気にしすぎるな。やりすぎるな。頑張りすぎるな」。それで気が楽になり、体力的にはきつくても楽しく仕事ができるようになったと当時を振り返る。
今は故郷で独立就農したいと考えることもあるというが、「ここでは雇われているという安心感があります」とも語るYさん。「辞めるのが怖い。(罪を犯したのは)働けなくなったことがきっかけだったので」と、犯した罪は忘れていない。「訓練生にも、ある程度は仕事を続けたほうがいいと話しています」と、自身の経験を後輩たちに伝えるなど支援の一端を担っている。
訓練を通じて就農への思いを高める
訓練生たちは、就業訓練が半ばを過ぎたころから就職活動を始める。訓練のない土日、保護観察官の引率で就農イベントに参加したり、インターネットで就農先を探したり、自ら農場見学に行ったりと、ここでも訓練を通じて得た自主性が発揮されるようだ。また、センター主催での農場見学や体験の機会もあり、「さまざまな農家の就農体験談を聞くことも訓練生の就農へのモチベーションを高めるきっかけになります」と、統括保護観察官の鈴木さんは語る。
こうした就職活動をしていく中で複数の農家から声がかかる訓練生もいるそうだ。
そんな中、今は就農しない選択をする人もいる。
2022年1月でセンターを退所するMさんは20代後半。建設業の現場責任者の仕事をしていたが、借金苦から窃盗の罪を犯した。服役中は刑務作業として野菜のカット作業に従事、そこから野菜の栽培に興味がわき、センターを志望したという。訓練を通じて就農への気持ちは高まったと言いつつ「声をかけてくださった農業法人さんもあったんですが、幼なじみの建設業の会社に誘われて……」と、前科を知ってなお気にかけてくれる友人の思いに感謝し、就職を決めたと言う。「ここは本当に先生もメンバーも良くて、環境に恵まれています。前は仕事柄カッカしてるほうだったんですけど、農業をやっているうちに穏やかな人間になったと思います」と訓練を振り返る。一方で「農業はいつでもできますし! 農業に参入している建設業の会社もあるんで、いずれ」と、将来はイチゴやサツマイモの栽培に挑戦したいと語った。
再犯防止のための制度は雇用主にも
凶悪な事件が報道されるたびに、犯罪に対する人々の不安は高まる。しかし統計的に見れば、日本の犯罪認知数・検挙数ともに減少傾向だ。2020年の人口1000人当たりの犯罪認知数は4.9件と、2002年の22件に比べると少ない。そのうち殺人などの凶悪とされる犯罪は一部。受刑者の罪状で多いのが窃盗(35%)で、覚せい剤取締法違反(25%)、詐欺(10%)と続く。中には交通事故などの加害者もおり、私たちと全く縁のない人々と言い切ることはできないだろう。
一方で上昇しているのは再犯率だ。2019年に刑務所などの矯正施設に入所した1万7464人のうち、再入者(刑務所への収容が2度目以上の受刑者)は1万187人と、約6割に上る。再入者のうち7割が犯罪当時に無職だったという。
犯罪を重ねてしまう背景には、刑務所出所者等の住居や仕事などの生活基盤の不安定さがある。こうした傾向を重く見た国は、2006年から「刑務所出所者等総合的就労支援対策」を実施。法務省と厚生労働省の連携を強化して、効果的な就労支援対策を講じている。
その支援策で重要なのが協力雇用主制度だ。協力雇用主とは、犯罪をした人たちの自立や社会復帰に協力することを目的として彼らを雇用する事業主。犯罪をした人を雇うことへの不安や負担の軽減のため、刑務所出所者等就労奨励金制度や身元保証制度といったものがある。しかし、まだまだ農林漁業分野での協力雇用主は少なく、全体の2%だ。
こうした制度による雇用主への支援制度について知っている農業法人はまだ少ないようだが、センターの取り組みを知って「訓練生を紹介してほしい」と連絡してくる農業法人などもいるそうだ。
農業を通じた再犯防止へ
一方で、彼らの精神的な支援も欠かせない。鈴木さんによると、センター退所後も定期的に連絡してくる元訓練生も多いという。「訓練当時に担当していた観察官が異動してしまっていても、なるべく話を聞いて力になるようにしています。ここが彼らの心のよりどころである限り再犯防止になるはずですから」と継続した支援の必要性にも言及する。
また、センターで長く支援に携わる中で鈴木さんは、農業を通じて確実に変わっていく訓練生を多く見てきたという。「農業は指導を受けた中で自ら考え工夫し、段取りをしていくことが必要です。そんな中で計画性や自主性が身についていきます。また、作物がうまく育つことで褒められ、自信をつけることで精神的にも成長する。農業だからこうした効果が得られると私は思っています」と農業を通じた社会復帰支援の意義を強調する。
犯罪そのものは決して許されるものではない。しかし、罪を償った人に再犯させないために彼らを受け入れ、雇用へとつなげることは、私たちができる再犯防止の取り組みだ。農業を通じて立ち直る道を見つけた彼らに、これからも農業を通じて社会とつながり、日の当たる道を歩き続けてほしいと願う。
【取材協力】
法務省保護局
茨城就業支援センター(水戸保護観察所ひたちなか駐在官事務所)