■山本晴彦さんプロフィール
山口大学大学院創成科学研究科(農業系学域)教授。 農林水産省に入省ののち、農研機構九州農業試験場の生産環境部気象特性研究室・研究員などを経て、1994年から山口大学農学部に着任。農作物に光害が発生しない照明を山口大学発ベンチャー企業の「株式会社アグリライト研究所」と共同で研究している。 |
街灯で生育不良、住民の安全確保のために撤去できず
人々の生活に必要不可欠な街灯が、農作物の成長を阻害することがある。上の写真を見ると、夜の間もずっと照らされ続けたために、一部の穂が遅れて出るため青々としてしまっていることがわかる。このような人工光の周囲への配慮に欠けた使用や、漏れた光によって植物に及ぼす悪影響のことを「光害」(ひかりがい)という。
農業の光害で最も被害が多いのは、イネやダイズ。開花や出穂の遅延を起こし、穂や子実の肥大が抑制され収量・品質が低下するためだ。
例えば、中山間地の国道沿いにある水田では、横断歩道用の照明によって、出穂が10日以上遅延した事例がある。水稲は4日遅延すると青米が少しずつ増え、10日を過ぎると半分近くが青米になってしまう。農家は現状をJAや自治体に訴え、遮光板を設置したものの、いまだに5日ほどの出穂遅延が発生している。しかし、撤去するとなると近隣住民の夜間の安全確保が問題となり、これ以上打つ手がない状況だという。
光害のメカニズム
そもそも、農作物に対する光害はなぜ起きてしまうのか。
植物は光の情報を葉で感知する。葉の細胞内にあるフィトクロムという色素が光を受けて情報を伝達するのだ。フィトクロムには、Pr(赤色光吸収型)とPfr(遠赤色光吸収型)の2つの型が存在し、光を吸収すると構造を変化させる。
Prは、赤色光を吸収してPfrへ転換する。この転換は、明るい昼間に起きる。Pfrは、夜間の暗黒状態のときに自然に、あるいは遠赤色光を吸収すると強制的に、再度Prへ転換する。前者の暗黒状態での転換を「暗転換」と呼び、夜間に赤色光が当たると暗転換が起きず、全フィトクロム中のPfr量が多いままだと、開花誘導遺伝子の発現が抑制され、植物の開花や出穂が遅れるのだ。
屋外照明が無ければ、夜間に暗転換が正常に起きて、Pfr量が減少する。季節の変化で夜間が延長される時期(短日)には、全フィトクロム中のPfrが減少し、開花(出穂)を誘導する。
屋外照明がある場合はどうか。昼間は通常通り、Prが転換されPfrが増加する。問題は夜間だ。屋外照明光に含まれる赤色光がフィトクロムに作用し、暗転換が行われずPfr量が減少しないため開花(出穂)が阻害される。
多くの自治体ではこの阻害が起きないように遮光板を設置するなどして対応に当たってきたが、街灯近くの明暗差が大きくなりすぎて、かえって安全性を損ねてしまうなど対策としては不十分だった。
生活に必要な明るさを保ったまま、農作物の開花を阻害しないようにするにはどうすればいいのか。山本さん率いる山口大学の研究チームは、こうした問題の解決に向けて研究を重ねてきた。
光害を阻止する光
植物の感じる光と、人の感じる光は違う。植物はさまざまな色素をひとつひとつ感知するのに対し、人間は青、緑、赤色が重なると中間色や白色だと錯覚する。つまり人間には白色に見えている電灯も、植物は青、緑、赤色別々に感知し、フィトクロムが赤色光に反応するということになる。
山本さんらは、イネを赤、橙、緑、青色の光それぞれで照射する実験を行った。すると赤や橙色の暖色系の明かりでは出穂が遅れたのに対して、青や緑など寒色系の光では正常だった。
色以外にも、人間と植物とでは光の見え方に違いがあった。光を1秒間あたり1000回点滅させた場合、人間の目には途切れずにずっと光って見える。それに対して植物は、光がついて、消えてを繰り返していることが感知でき、植物は間欠した光として作用する。
研究の結果、青、緑、黄緑の光を、人間が気づかない周期で点滅させた明かりの下では、人が安全に歩行や運転ができる明るさでもイネの出穂遅延が起こらなかった。
このことから、自治体や生産者、住民へのアンケート調査も基に、この照明と白色LED照明・蛍光灯を比較するさまざまな実証実験を重ね、民間企業と協力して光害阻止LEDを開発した。
光害阻止LEDは現在、全国で数千基以上設置されている。設置後には「前より道が明るくなった」「夜も安心して歩けるようになった」「青米にならずに収穫できた」など、農家を含めた地域住民に好感触だ。
「大学で作った商品はなかなか売れない、うまく社会に広がらない、と言われます。大学での研究は商品が高額になってしまってでも完璧なものをつくろうとするけれど、ユーザーはそこそこのクオリティーで安価で使いやすいものを求めていたりする。需要と供給がマッチしてないことが原因なんですよね。このズレを生じさせないためにも、ユーザーからの情報収集や実際に現場を歩くことが大切です」と山本さんは教えてくれた。