NTT中央研修センタに間借りした「コックピット」
東京都調布市にある「NTT中央研修センタ」。その一角の建物にJA全農が間借りしている部屋がある。そこは大きさも雰囲気もまるで小学校の教室のようだ。がらんとした室内にあるのは1台のディスプレーと、それを間近で見られる位置に複数のパソコンを置いた長机と椅子くらい。
この部屋は通称「コックピット」。JA全農の高度施設園芸推進室の職員が毎週通い、遠隔地の園芸施設の環境制御や栽培を指導している。
ただし、今はまだ実証段階。2021年度に支援した相手は、JA全農が栃木県と高知県、佐賀県に設けた実証施設「ゆめファーム全農」で働く同僚たちである。それぞれでトマト、ナス、キュウリを作っている。
スマートグラスからの映像と環境データを踏まえて助言
取材で訪れた日、「コックピット」に詰めていたのは室長の吉田征司(よしだ・せいじ)さんと職員の加勢友梨子(かせ・ゆりこ)さん。2人は栃木県にある「ゆめファーム全農とちぎ」で働く後輩の土合彩(つちあい・あや)さんとオンラインでつながっていた。土合さんが目の付近にかけていたのは眼鏡型のウェアラブル端末「スマートグラス」。その目で見た施設や作物の状況は動画として、ただちにコックピットのディスプレーと手元のパソコン画面に映し出される。机上の別画面には施設内の温度や湿度、照度、CO2濃度などのデータが表示される。これらが助言するに当たっての基礎的な情報となる。
双方のやり取りの主な方法は音声通話。ただ、動画と音声通話だけではもどかしいこともある。たとえば、辺り一面に生えている葉の中で、吉田さんが土合さんに特に近寄って見てもらいたい葉を指し示す時などだ。そんな時には吉田さんがパソコン上で動画から静止画をつくり出し、注目してもらいたい葉に好きな色で印を付けたり文字を書いたりする。その静止画はそのまま、スマートグラスに内蔵されたウェアラブルカメラで土合さんも見ることができる。
土合さんは全農に入って1年目で、トマトづくりについては「初心者」。遠隔地から栽培の支援を受けることに「とくに支障は感じていません」とのことだ。
2022年度から売り出す「ゆめファーム全農パッケージ」とは
ところで全国に3ヵ所あるゆめファーム全農では2021年までに、それぞれ栽培しているトマトとナス、キュウリで全国最多、あるいはそれに近い反収を実現することに成功している。反収すなわち10アール当たりの収量は、キュウリでは養液栽培と土耕栽培でともに55トン程度を達成した。一方、養液栽培をしているトマトとナスではそれぞれ40トンと35トンという成績を挙げた。
JA全農は2022年度からゆめファーム全農での研修生を受け入れる。併せて同ファームに準じた仕様の施設の施工と、元研修生らを対象にしたコックピットからの栽培支援をひとまとめにしたサービスを「ゆめファーム全農パッケージ」として農家に売り出す。このうち栽培支援についてはすでに施設を立てている農家も対象にする予定。
遠隔地からの支援を実証するに当たって、NTT中央研修センタを利用したのは、通信環境が整っているから。一方で、ゆめファーム全農では通信機器を新たに整備する必要があった。当然ながら支援する農家の施設でも同様の課題が生じてくる。吉田さんは「通信環境の整備についてNTTと連携できることを期待している」と話している。
ハードとソフトの両面の課題を乗り越えるサービス
日本の施設園芸は、少なくとも単位面積当たりの収量という観点では、世界の中で決して高い実績を挙げているとはいえない。この壁を乗り越えるにあたって、問題は少なくとも二つある。一つは環境を制御する技術を教える人材が不足していることだ。たとえば高知県は、出先機関に専門の技術員を配置して農家の指導に当たってきた。それもあって、多くの園芸品目で全国一の反収を挙げている。
もう一つの問題は環境を制御する機器の機種が農家によってまちまちであること。使い方は機種ごとに違う。環境制御にたけた人がそうではない人に教えようとしても、同一の機種でないと難しい。
「ゆめファーム全農パッケージ」は、こうしたハードとソフトの両面の課題を乗り越えるサービスである。2022年度から始まるサービスの展開を期待したい。