選手、サポーターらが畑で交流
水戸ホーリーホックが、練習場のある茨城県城里町で農業に取り組んでいる。2021年9月からニンニク栽培に着手し、ゆくゆくはクラブの収益の柱の一つに育てていく計画だ。事業名は「GRASS ROOTS FARM(グラスルーツファーム) 」。化学肥料を極力使わない栽培方法にこだわり、地域の生産者らの教えを受けながら、選手やサポーターのほか、育成組織(アカデミー)でプレーする小中学生や高校生ら計約700人も農作業を手伝える仕組みとしている。畑はいわば、クラブとサポーターの交流の場というわけだ。
プロスポーツの中でも地域との結びつきが強いJリーグ。水戸ホーリーホックが農業に乗り出したのも「茨城県のために何かできないかという思いが原点」と、グラスルーツファーム推進事業部長の佐野元則(さの・もとのり)さんは話す。「クラブチームは地域の方々やサポーターの支えによって成り立っています。茨城県を盛り上げるため、クラブとして何ができるかを考えたとき、農業に着想を得たのがプロジェクト発足のきっかけです」
茨城県は北海道に次いで全国3位(2021年時点)の耕作面積を誇る一大産地だが、農業者の高齢化や担い手不足などの諸問題は同県も例外ではない。2015年には耕作放棄地面積が全国ワースト2位となるなど、実り豊かな大地にも陰りが見えるように。サッカークラブの発信力と集客力を武器に、これら農業が抱える問題を解決しクラブ収益へとつなげていくのが、同プロジェクトの目的である。
「当クラブを支えるファンやサポーターには熱狂的な方も多く、その発信力と情報量は一番の強みです。選手が手がけた農作物をSNSなどで発信し、購入することでチームを応援する意識が生まれます。農業が苦手とするPRや販路の確保を当クラブが担うことで、ブランドとしての価値が生まれることにも期待したいですね」(佐野さん)
土作りからこだわり、健康志向の消費者もターゲットに
水戸ホーリーホックは選手、スタッフを含めて全員が農業未経験ながら、「アスリートにとって欠かせない食に携わるからには、可能な限り農薬や化学肥料に頼らない栽培方法にこだわりたい」(佐野さん)と、地域の生産者に借り受けた約10アールの圃場(ほじょう)で有機農法に挑戦。先輩農家のアドバイスを受けながら、スタッフが1カ月かけて作ったもみ殻ぼかし肥料を年に数回のスパンで投入するなど、農作物に適した土壌づくりを行っている。
農業へのこうしたこだわりは、クラブだけでなく、地域農業の活性化にもつながっていくと、佐野さんは語る。
「例えば、サッカーに興味はなくとも、食に関心がある方や健康志向の方はグラスルーツファームの活動に関心を持ってくれるでしょう。その反対もしかりです。農業をフックにサッカーと地域農業がつながり、茨城県全体が盛り上がっていくことを期待しています」
無論、初めから全てがうまくいくほど農業は甘くない。昨秋はニンニクのほか、公式SNSを用いてアンケートでサポーターらから意見を募り、小松菜、ホウレンソウ、タマネギ、大根を作付けた。だが残念ながらホウレンソウと大根は全滅という結果に。
「原因は定植が遅かったことなどさまざまありますが、この失敗を通して農業の難しさを知ると同時に、基本となる土づくりが大切であることを学びました」(佐野さん)
ホームゲームを「道の駅」に。野菜のサブスク事業も展開予定
農作物だけの収益で事業を継続するのではなく、農業によって新たに構築される関係性にこそ価値があると佐野さんは分析する。
「クラブチームの収益の大半を占めるのがスポンサー収益です。出資の判断は費用対効果以上に、スポンサーになることでどんな価値を見いだせるかがカギとなります。農業はクラブの価値をあげるツールであり、農作物を作ることがクラブの象徴になると考えます」
2022年には農業を軸とした地域商社としての動きを始動させるグラスルーツファームは、選手らが収穫した農作物のほか、近隣市町村で取れた農産物や特産品をホームゲームで販売する予定。佐野さんは「サッカーの試合会場が『道の駅』のような交流の場になることを目指しています。アウェーのお客さんへも、茨城の農産物をアピールするきっかけとなれば」と期待を寄せる。また、選手らが作った野菜などを定額販売する“サブスク”事業も、来夏ごろをめどに展開予定とのこと。将来的にはJAなど関係機関との連携を図り、販路拡大を目指す方針だ。
水戸ホーリーホックはブランドプロミスとして「新しい原風景をこの街に」を掲げている。地域交流やボランティアに留まるのではなく、農業を「事業」として捉える同クラブの挑戦は、日本の農業に新風をもたらすと同時に、プロスポーツにも新たな価値を生み出すきっかけになることだろう。