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ラーメン店が農業に参入! 14年間成長し続ける農業部門にせまる

ラーメン店が農業に参入! 14年間成長し続ける農業部門にせまる

1975年に岩手県盛岡市で開業したラーメン店「柳家」。大信田和彦(おおしだ・かずひこ)さんが代表取締役社長に就任すると、農業部門として小麦栽培にも着手した。企業の農業参入は難しいと言われる中、柳家の農業部門は14年間成長を続け、今後も農地の拡大を予定している。なぜラーメン店が農業を始めたのか。またどのような経営上のメリットがあるのか。大信田さんに話を聞いた。

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■大信田和彦さんプロフィール

1997年、柳家入社。2004年より東安庭(ひがしあにわ)店を皮切りに、県内外への支店出店をけん引。2007年、代表取締役に就任。

ラーメン店が農業に新規参入した理由

盛岡の人気ラーメン店、柳家が農業部門を設置したのは2008年のことである。
利益が上げづらいとされる農業への新規参入を決めたのはなぜなのか。

地元産の食材だけでラーメンを作りたい

2007年に兄の英和(ひでかず)さんとともに柳家を引き継ぐことになった大信田さん。その際に、ただ家業だから継承するのではなく、自分たちのビジョンを持ってやっていきたいとの思いから、今後の方向性を話し合った。

当時のラーメン業界では、利尻昆布や名古屋コーチンのような、全国の高品質な食材でラーメンを作るのがブームだった。
しかし、柳家は長年地元の人たちに親しまれてきたラーメン店である。全国の食材ではなく、すべての食材を地元産でそろえたいという発想が生まれた。

一方、世間では「支那そばや」創業者の佐野実(さの・みのる)さんが有名だった時代でもある。「これからの時代は自家製麺だ」という佐野さんの言葉にも影響を受けた。それまでのラーメン店はスープづくりがメインで、麺は製麺工場から仕入れるのが一般的であり、柳家もそうだった。そこで柳家でも自家製麺に力を入れることにし、しかもその原料を岩手県産にしようと考えた。

自家製麺のための設備や体制が整うと、次は県産小麦の調達に着手した。
岩手県では南部小麦という品種が作られている。南部せんべいやひっつみ(岩手県の郷土料理)など、地域の伝統食に使われている。
ところが、南部小麦はたんぱく値が低く、うどんのようなやわらかい麺になってしまう。コシのある麺が好まれるラーメンには向かない品種だった。

小麦栽培の実情を知って農業部門の立ち上げを決意した

大信田さんは農作物の品種開発を行う農研機構の東北農業研究センターに足を運び、準強力粉や強力粉などに使える品種はないかと相談した。そこで紹介されたのが「ゆきちから」という品種の小麦だった。

自社栽培している小麦「ゆきちから」

自社栽培している小麦「ゆきちから」(画像提供:柳家)

さっそく製粉業者からゆきちからの小麦粉を仕入れた。ところが、計測してみるとたんぱく値は7~8%しかない。柳家としては10%以上はほしかった。
たんぱく値の高い小麦を手に入れるためにはどうしたらいいか。解決策を研究センターに相談した。栽培方法を改善して小麦の品質を上げればいいわけだが、農業政策上難しいと言われた。普通だったらそこで諦める人がほとんどだろう。しかし、それが柳家を農業へ参入させる決め手となった。

当時は減反政策の延長として導入された直接支払交付金のために、米から小麦に転作する農家が増えていた。現在では数量払いとなって、収量を上げた分だけ収入を上げられる制度(ゲタ対策)になっているが、当時は転作さえすれば交付金がもらえる面積払いだけだった。中には、種をまくだけで管理も収穫もしない、いわゆる「捨て作り」をする農家もあった。まして、わざわざ追肥などをして手間とお金をかける生産者はほとんどいなかった。

小麦栽培の収入の内訳は、大半が交付金である。小麦の卸値は、種を買うよりもキロ単価が安い。交付金がなければ成り立たない作目だ。

収入に結びつかないのに、品質を上げてくれと農家に頼むわけにはいかない。「これは農家さんにお願いできる案件ではない。だったら自分たちで作ってみよう」と、食へのこだわりの強い英和さんが自ら農業部門を立ち上げることにした。
研究センターから教えられたとおりに育てると、納得のいく小麦ができた。「これだったらいい麺が作れる」と手ごたえを感じ、農業部門を拡大していくことになる。

柳家オリジナルの小麦粉「〇ッ粉(わっこ)」を使用した自家製麺

「ゆきちから」から生まれた柳家オリジナルの小麦粉「◯ッ粉(わっこ)」を使用した自家製麺(画像提供:柳家)

2011年には現在の農場長である神田重一(かんだ・しげかず)さんが柳家に入社。2013年には経理上の利便性や資金調達などのために、「株式会社やなぎやのうえん」として経営を分離させた。

農業に参入して良かったことは?

やなぎやのうえん取締役の大信田英和さんと神田重一さん

やなぎやのうえん取締役の大信田英和さん(左)と神田重一さん(右)(画像提供:柳家)

収益を上げにくい小麦栽培だが、実際のところ収支は合っているのだろうか。
「やなぎやのうえんとしての収支はプラスマイナスゼロといったところです。本体の柳家としては農業部門ができたおかげでプラスになっていると思います」と大信田さんは答えた。

柳家にとって小麦栽培がプラスになるとはどういうことか。その理由として、大信田さんは大きく二つのポイントを挙げた。一つはラーメン店としてのPR効果。もう一つはラーメン店と農業の相性の良さである。

ラーメン店としてのPR効果

自家製麺のラーメン店は数多くあるが、その原料を自社栽培しているラーメン店は全国的にもめずらしい。「柳家では麺を畑から育てている」。そのインパクトだけでもラーメン店としてのブランド化に役立っている。

客の7~8割が注文する柳家名物「キムチ納豆」

客の7~8割が注文する柳家名物「元祖キムチ納豆」ラーメン(画像提供:柳家)

柳家を引き継いだ際に農業という新しい柱を立てたことで、お客さんからの信頼を得られたのではないかと大信田さんは言う。「農業参入の効果がどれほど効いているかは肌感覚でしかありません。でも、ここまで店舗数を増やせたのは、やはり農業を始めたおかげだと思っています」

農業を始める前は4店舗しかなかった柳家だが、農業部門を設置してからの14年で、現在の13店舗にまで事業を拡大している。

柳家総本店

柳家総本店(画像提供:柳家)

ラーメン店と農業は相性がいい

「ラーメン店と農業は相性がいいんです」と大信田さんは言う。

ラーメン店は冬が最も忙しい。柳家では売り上げの大部分が冬である。それに対して、夏の暑い時期はお客さんが少なくなる。
農業はその逆で、春から秋にかけてが繁忙期となり、冬は農閑期となる。特に雪国である岩手県では、なおさら冬場は農作業ができない。
そこで、ラーメン店にお客さんが少なくなる夏季は柳家のスタッフが農業の手伝いをして、農閑期の冬はやなぎやのうえんの役員がラーメン店に出向する。
お互いに、繁忙期の労働力を補填し合えるのだ。

スタッフの出向には他にもメリットがある。
柳家のスタッフが、農場の草刈りや収穫の手伝いに行く。すると、「柳家の麺って自分たちが作ったんだな」という愛着が湧いてくる。来店したお客さんに「おいしい」と言ってもらえれば、喜びも倍増する。
「これはとても重要なことで、われわれが農業部門を続けられている理由の大きな一つです」と大信田さん。

調理場に立つ大信田さん

調理場に立つ大信田さん(画像提供:柳家)

柳家にネギを格安で卸してくれる若い生産者がいる。あまりに卸値が安いので大信田さんは相手のことを気遣った。ところが、若いネギ農家は「この価格でいい」と言う。
「自分の作ったネギがラーメンに乗っているのを見ているだけですごくやりがいがある。明日もまたがんばろう、という気持ちになるのだそうです」(大信田さん)

若い農家の知り合いが多いという大信田さん。いろいろと話を聞いていると、若手農家が農業を嫌がる理由として、消費者の姿が見えないことが大きいとわかった
その点、柳家グループでは、スタッフが人事交流しているので、農業と外食産業の両方の仕事に携われる。それがスタッフのやりがいにつながっているのだ。

農業への新規参入で一番大変なのは農地の確保

「農業に新規参入するうえで一番のハードルは、場所の確保です」。農業部門を立ち上げてからの苦労について尋ねると、大信田さんはそう断言した。

新規参入者にいい農地はまわってこない

農家の子弟ではない新規参入者は、まず自分の農地を探さなければならない。そんな新規参入者に紹介されるのは、耕作放棄地のような誰も使っていない土地だ。

しかし、今使われていない農地には、誰も借りないだけの理由があるのだと大信田さんは言う。「新規参入者にまわってくるのは、中山間地や細切れの農地ばかりです。そういう場所では大型の農機が入れられないし、草刈りも手間がかかります。借りられる場所があっちこっち距離の離れていることもあるので、農機を移動させるのも一苦労です。でも、収益を上げるためには農地を増やさなければなりません。増やすにしても、生産効率のいい土地である必要があります。1枚1ヘクタールみたいな農地だったら、作業しやすいからいいんです。そういう土地を借りるのが本当に難しい」

細かい畑は畔が多く、草刈りにも手間がかかる

細かい畑はあぜが多く、草刈りにも手間がかかる(画像提供:柳家)

それではいい土地を借りるためにはどうすればいいのか。
大信田さんは「地域から信頼を得ていくしかない」と言う。信頼を得られれば、地域から農地を任されるようになってくる。
大信田さんの感覚では、地域から信頼を得られるまでには最低でも3年はかかったという。

初めはそっけなかったが、後に良好な関係を築けたある農家から、参入当初の話を大信田さんは聞いた。そのとき、彼らには彼らなりの事情があることを知った。
地域の農家たちも嫌がらせをしたくて悪い土地ばかりまわしているわけではない。なかなか儲けの出ない農業においては、新規参入しても1~2年でやめてしまう人が多い。せっかくいい土地を貸してもすぐにやめられてしまうと、後始末が大変になる。だから、まずはどれだけ本気でやるつもりがあるのかを地域の人たちは静観しているのだ。

「今となっては農家さんの気持ちがわかります。せっかくいい土地を貸したり、いろいろ教えたりしても、1~2年でやめられたら、何のために応援してあげたのかわからないですから」(大信田さん)

農業の素人に耕作放棄地を任せてはいけない

多くの自治体が新規就農者を支援する事業を行っている。
新規就農者には、「空いているから」「無料だから」という理由で耕作放棄地が紹介される。
しかし、耕作放棄地はプロの農家がやっても収益が見合わないから放棄されている土地であることがほとんど。それを農業の素人である新規就農者に任せようというのは「暴論だ」と大信田さんは言う。

「例えば、われわれは50年くらいラーメン店をやっているので、新しい店舗を出すにも、立地をどこにすればいいのかはだいたいわかります。でも、脱サラしてこれからラーメン店を始めようとする人に、立地の悪い店舗を紹介して、そこで勝負してみろと言ったって、それは無理な話です。新規就農者に耕作放棄地を使わせるのって、そういうことですよね」

新規就農者を支援するのであれば、まずはしっかりと収入が得られそうな農地を貸して、経営を安定させてもらうこと。その後栽培技術が身についてきたら、いずれは耕作放棄地の面倒も見てもらうようにする。「最初にあなたが貸してもらったところは一等地なんだよ、だから、今度はあなたが地域を守る番だよ、と。これが本来の順番だと僕は思うんです」(大信田さん)

新規参入で農地に苦労した大信田さん。自身もそうだったが、農業を始めたばかりの人には悪い土地といい土地の見分けがつきにくい。だから、まずは自治体も含めて地域で新規就農者の面倒を見てあげることが、新規就農者の確保や耕作放棄地の解決のためには必要だと考える。

「われわれの商売は食材がなければ成り立ちません。食材を作ってくれる農家さんがいなくなったら大変なことになります。だから、加工業者や外食産業だけが儲けていてはだめで、農家さんにも利益が行く仕組みを作っていかなければいけない」
そう話す大信田さんは、柳家に納品に来る生産者に対し、箱詰めなどの余計な手間はかけなくてもいいと伝えている。自分が農業に携わったことで気づけたことである。
そうやって外食産業と農家が気持ちを理解し合えるような関係性をつくっていきたい、と大信田さんは語った。

代表取締役社長の大信田和彦さん(柳家総本店にて)

外食産業が農業に貢献することの大事さを語る大信田さん(柳家総本店にて)

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