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大手企業の元エンジニアが「1玉300万円」のブランド桃を生み出すまで。始まりは1キロ200円のネット販売だった

大手企業の元エンジニアが「1玉300万円」のブランド桃を生み出すまで。始まりは1キロ200円のネット販売だった

「1玉300万円の桃」。にわかには信じられないかもしれないが、その桃は確かに存在する。一般的な桃の糖度は11〜15度とされる中、福島県福島市の古山果樹園では驚異の糖度40度を超える桃を栽培。その背景には東日本大震災によって危機に陥った産地を復活させたい思いと、「農業という職業に希望と夢を持たせたい」という思いがある。「世界一甘い桃」を生み出し続けるストーリーから、農業経営のヒントを探る。

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やるからにはサラリーマン時代の年収を超えたい。直販に踏み切った理由

福島市で5代続く桃農家「古山果樹園」のオーナー古山浩司(ふるやま・こうじ)さんは、大手企業の元エンジニア。会社員の安定した暮らしを捨ててまで農家に転身した理由は、単に家業を継ぐことではなかったと当時の心境を話す。

「仕事に向き合う姿勢や考え方、モチベーションは社員一人一人異なって当然なのに、会社員時代は就業時間内に仕事を終えることよりも残業時間が多い方が頑張りが認められるなど、正当に評価されないことにずっと疑問を抱いていました。自分らしい生き方、働き方をしたいと退職をしたのが2010年のことです」

次男の古山さんはもともと農業を継ぐつもりはなく、業種を絞らずに再就職先を探した。しかし、目に留まるのは以前と同じ業種ばかり。思えば、会社を辞めたのは成果よりも会社での居場所や生き残りばかりを気にする風潮に辟易(へきえき)していたからではないか──。「自分で意思決定をし、その成果が自分に返ってくる仕事がしたい」。その考えに至った時、最も身近にあった農業こそが自分がやりたい仕事であることに気がついたという。

唯一、自分に課したのは“サラリーマン時代の年収を超えること”。「農家になることは経営者になって、全責任を負うことを意味します。やらなければ結果は出ない。結果を出すためにはとことんやるしかない。農業はそれを実現できる職業であることに気付き、事業承継を決意しました」(古山さん)

古山果樹園では農協出荷の他、贈答品は直販という経営スタイルを長くとっていた。古山さんがオーナーになってすぐに着手したのが全ての農産物を直販に切り替えることだ。

「いくら品質の良い作物を作っても重視されるのは市場が定めた規格です。これでは工業製品を作っているのと同じだと感じました。直販の贈答品は1キロ当たり1000円で販売していたのに対し、農協の買い取り価格は7キロ入りのパレットで2000円。農業で稼ぐためにはどうするべきかを考えればその答えは明白でした」。そう経営判断を下した古山さんは、全ての桃の品質向上を目指し、中でも糖度を上げるために土壌分析を徹底。しかし、土づくりに乗り出した矢先の2011年3月、東日本大震災によって福島県は未曾有の被害に見舞われた。

どん底にあった地域から、世界一価値がある桃を

「地震と津波の影響で原発事故が起こり、福島が世界で最も価値のない地域のようになってしまいました。福島県産の農作物は風評被害によって価値が一気に下落。以前は5キロで3000〜5000円の値が付いていた桃が、農協の最低買い取り価格の10円じゃないと買い取ってもらえないという状況になりました。知り合いの桃農家の中には震災を機に離農した人もいます。風評被害以上に、桃の産地として福島が消えてしまうことに恐れを抱きました」(古山さん)

廃業の危機に立たされた古山さんだが、とあるものに再起の手がかりを見いだした。それが「インターネット」を介した販売だ。まずはヤフーオークションに出品、1キロ当たり1円でスタートした。しかし、落札価格はわずか200円程度。福島県産の桃の価値と改めて向き合うことになった。出品するほど赤字ではあったが、古山果樹園の桃を知ってもらうことを目的に出品を続けた。一方、同時期に出店したアマゾンでは1キロ5000円で販売を開始したものの、数週間経っても注文はゼロ。風評被害のあった福島県産の農産物が人気順で検索にヒットする可能性は皆無であることに気付き、まずは存在を知ってもらおうと5キロ1000円(1キロ当たり200円)での販売に踏み切った。

「最安値で販売したことにより多くの人の目に留まることになりました。その甲斐あってアマゾンの青果と桃の両部門で売り上げ1位に。購入いただいた方のコメントを見ると『応援しています』、『頑張ってください』という言葉が多く、とても励みになりました。風評被害により離れていったお客様もいますが、応援してくれる方々の存在を知れたことが何よりの収穫でした」(古山さん)

もちろん、安値で売り続けることが古山さんの目的ではない。福島の桃の価値をどん底から復活させ、産地を守ることこそが使命なのだ。震災の翌年、購入者一人一人に古山果樹園の桃のおいしさを知ってもらうために破格の値段で販売したことを説明し、通常価格での販売を再開。一度食べてもらえれば必ずリピーターになってもらえるという確信は、翌年以降もアマゾン桃部門で1位をキープ、3年連続1位になったことが証明している。4年目からはネット販売を自社サイトに完全移行した。

しかし、いくら放射線量の検査を厳しく行い、安全・安心を示しても風評被害が完全に消えることはなかった。そこで、誰にも文句を言わせない品質の桃を作ることでそれらの風評を吹き飛ばそうと考えた古山さんは、当時の桃の糖度ギネス記録22.2度にチャレンジすることを決意した。

世界で一番価値がないとされた地域から、世界一価値のある桃を作りたい。それは桃の産地、福島の復活にもつながると信じ、ギネス記録更新に挑みました」

偶然ではなく、必然のおいしさを作り続けるために。たどり着いた「微生物」

取材に訪れた4月中旬。鮮やかな桃の花が圃場(ほじょう)を彩っていた。「今年は花つきが良いので収穫量、糖度共に期待できそうです」と古山さん

果樹の糖度を上げるためには何が必要か──。土壌分析の結果を踏まえ、古山さんは独自で調査を開始。結果、たどり着いたのが「微生物」の存在だ。

「自分で調べたり農家を見学させてもらったりするうちに、ミカンの糖度を上げるために『ステビア』の葉の堆肥(たいひ)を使用している農家の存在を知りました。当果樹園も親の代からステビア堆肥を使っており、成分表を調べたのですが、市販のものではステビアの含有量がわかりませんでした。そこで、九州の商社からステビアの葉の粉末を取り寄せ、堆肥屋さんに頼んでオリジナルの堆肥を作ってもらうことにしました」(古山さん)

微生物の餌となるステビア堆肥はやがて土中で活性化する。その微生物のすみかとなるトウモロコシの芯を炭化させた土壌改良剤や葉面散布なども取り入れ、その都度、分析を繰り返した。

「農業は資材にしても肥料にしてもやってみないとわからないことだらけです。その結果、失敗してもそれは学習であり、やがて技術という成功になります」と古山さん。さらに、そういった積み重ねの重要性をこう語った。「農作物の価値を高めるには、偶然ではなく必然的である必要があります。継続的に高品質を生み出さなければ経営は成り立ちません」

確固たる信念で高糖度の桃づくりに挑み続けた古山さんは2017年、ギネス記録超えの糖度23.4度の桃を作ることに成功。以降、糖度への挑戦は続き、2021年にはついに40.5度を記録。その桃には300万円の値が付けられた。

「農業収入を上げるためには規模拡大や多品目栽培などさまざまな方法がありますが、私は一つの作物の価値を高める経営方針をとっています。当果樹園が小規模家族経営をモットーとしているのは、すべての桃をひと玉ずつしっかりと自分の手で触れ、大切に育てたいからです」と古山さんは言う。

桃の収穫は6月から8月中旬ごろまで。古山果樹園では毎年糖度を更新している

古山果樹園の桃は「とろもも」という商品名で販売され、価格は糖度によってランク分けされている。ラインアップは2キロで約4000円の糖度13度以上のものから、約100万円で木を丸ごと1本買い取るオーナー制度までさまざまだ。糖度20度以上の桃は1個5万円で大手百貨店でも販売され、そのおいしさは多くのファンを魅了し続けている。

農業界全体の活性化のために。さらなる高みを目指して

糖度23度以上が10万円、25度以上が50万円、30度以上が100万円、35度以上が200万円で販売されるセレブ桃「とろもも」

古山さんは、農家として一人勝ちするのではなく、職業として農家の価値を高めたいと展望を話す。

「日本の農業の担い手不足はひとえに、収入が安定しない、儲からないことに起因します。1個300万円で売れる桃があるとなれば、職業として農業が成り立ちますよね。農業に希望と夢を持たせたい、その思いが糖度への挑戦を奮い立たせているのだと感じます」

古山果樹園の桃が注目され、さまざまなメディアで紹介されると、福島県内はもとより、山梨や山形など他の桃の産地も負けていられないと活発化する動きがあるという。糖度40度以上の驚異的な数値を示した古山さんの存在は、農業界のカンフル剤になったに違いない。

「この世にラクな仕事は一つとしてありません。自然相手の農業は厳しいこともあるのは事実です。しかし、自然を味方につけることもできるのも農業です。儲かる営農のあり方を私たち生産者が示すことで、農業を憧れの職業に昇華させていきたいですね」(古山さん)

1個300万円の桃を生み出した生産者は、これからもさらなる甘い桃に挑戦し、桃の産地・福島の完全復活を目指していく。

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