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製造累計1千万缶の大ヒット商品を生み出した元外交官。次なる挑戦は「わくわく」する農園づくり

製造累計1千万缶の大ヒット商品を生み出した元外交官。次なる挑戦は「わくわく」する農園づくり

2022年3月。福島県浪江町の請戸(うけど)川のほとりに「なみえ星降る農園」が誕生した。農園をプロデュースするのはシリーズ製造累計1000万缶超えの大ヒット洋風缶詰「Ça va(サヴァ)?缶」を生み出した「東の食の会」専務理事の高橋大就(たかはし・だいじゅ)さんだ。原発事故で深く傷ついた町に再び光を灯すその活動には、地域農業の活性化のみならず、コミュニティー再生そして、メイド・イン・福島が世界に羽ばたく未来が描かれていた。

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大ヒット洋風缶詰「Ça va(サヴァ)?缶」を生み出したワケ

■高橋大就さんプロフィール

1999年外務省に入省。在米国日本大使館で日米安全保障問題を、帰国後は日米通商問題を担当。2008年に外務省を退職し、マッキンゼー・アンド・カンパニーに入社、農業分野を担当。2011年の東日本大震災直後から休職、NPOに参加し東北で支援活動に従事。2011年6月、一般社団法人「東の食の会」発足と共に事務局代表に就任。同年8月にマッキンゼー社を退職し、オイシックス・ラ・大地株式会社の海外事業部長に就任。現在は同社の米国子会社「Purple Carrot(パープルキャロット)」の社外取締役、東の食の会専務理事、一般社団法人NoMA(ノマ)ラボ代表理事を務めている。

元外務官僚(外交官)、元外資系コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニー社員という肩書きを持つ高橋大就さんが東日本の食産業の復興と創造の長期的支援を目的に「東の食の会」を立ち上げたのは2011年6月。東日本大震災からわずか3カ月後のことだった。

「地震発生の翌日に福島第1原発爆発の映像をテレビで見たとき、考えるよりも先に体が動く感覚ですぐに社内に東北支援の活動を呼びかけました。しかし、組織での支援はすぐにはかなわず、休職をして現地で緊急支援物資の配給作業を行うNPOに参画しました」と、当時の心境を語る高橋さんは、外務省勤務時代、外交官として安全保障に携わっていた。原発事故によって今後起こりうる危機をいち早く察知していた一人と言えるだろう。また、福島第1原発で作られた電気の供給を受けてきた東京都民として、傍観者ではなく“自分事”としてこの震災に向き合わなければならない思いが自身を突き動かしたと話す。

震災により壊滅的な被害を受けた産業のひとつが食産業だ。加工場などの施設は津波によって全壊。風評被害も相まって、東北地方の農産物はその価値を失った。高橋さんは産業支援には食のプラットホーム確立が急務と考え、有志と共に一般社団法人「東の食の会」を設立。事務局代表に就任して実務を統括することになった。

「会の活動を通じて感動したのは、東北の生産者は一人勝ちではなく、地域全体で一次産業を盛り上げようとしていることです。その姿は被災者ではなくヒーローそのもの。チャレンジ精神が根付く東北の生産者や食を、わたしたちが得意とするマーケティングやブランディングで国内外に知らしめることが会の一つの目標になりました」(高橋さん)

そのための手段の一つが、シリーズ累計販売1000万缶を突破した国産サバを使った洋風缶詰「Ça va(サヴァ)?缶」だ。岩手県内の2社と共に開発した同商品は、東日本大震災で被災した三陸からオリジナルブランドの加工品を発信しようと、2013年9月に誕生。目を引くおしゃれなパッケージと、フランス語で「元気ですか?」の意味を持つ商品名は、多くの人に支えられた東北から全国へ向けて声をかけるイメージで名づけられた。

2013年の発売以来、徐々に販路を拡大することで製造・出荷数、販売数を伸ばしてきた「Ça va(サヴァ)?缶」。2016年に100万缶、2019年に500万缶を超え、2021年2月末の製造数は倍の1000万缶に到達した

一方、活動を続ける中で高橋さんがずっと「もやもやした思い」を抱いていたのが原発事故によっていまだ全域避難解除が実現していない原発周辺地域への支援だった。

「バリケードで封鎖された町を車で通るたび、一番難しい課題から逃げていないかと自問する自分がいました。その浪江町でまちづくりに奮闘する人たちを目の当たりにし、福島原発で作られた電力を享受してきた都民の一人として絶対に関わらなければと移住を決めたのが2020年のことです」と、高橋さんは抱き続けてきた浪江町への思いを語る。

震災から10年を区切りに浪江町の一員になった高橋さんは産業振興として食産業でのアプローチを考える。しかし、震災当時約2万1500人だった人口のうち、帰還住民はわずか1871人(2022年4月末時点)。こうした浪江町の現状を前に、産業復興以前にまずはコミュニティー再生が必要と考え、コミュニティー実験農場の設立に乗り出した。

浪江町を世界で一番“わくわく”する場所に。実証実験農場「なみえ星降る農園」が目指す自律分散型社会の確立

ヒトデには土壌改良の効果に加え、地方の農業の最大の課題であるイノシシなどの害獣が嫌がる匂いを出す忌避効果もあることがわかっている

単に産業を復活させるだけなら、大企業や外資による大規模な投資があれば可能だ。しかし、それでは“まち”は再生しないと高橋さんは説明する。

「マクロ的なアプローチで物質的には復興してもコミュニティー再生にはつながりません。ミクロな視点で考えた時、浪江で暮らす人が当事者意識を持ってまちづくりに関わることが必要と考えました」(高橋さん)

その高橋さんの思いに共感し、農園の管理を担っているのが吉田さやかさんだ。浪江町出身の吉田さんは新規就農のために避難先の福島市から帰還。自らの手で竹林を耕し、現在は土づくりに励んでいる。

「高橋さん、そして『東の食の会』のみなさんと出会ったことで地域農業復活のために各々が考えていたことがつながりました。それはまさに点と点が結ばれたような感覚でした。経験も知識も豊富な高橋さんのアイデアは驚くものばかりですが、エネルギッシュなその言動にいつも勇気づけられています」と、高橋さんとの出会いを振り返る吉田さん。

「震災から11年経った今も、風評被害は根強く残っています。それを払拭(ふっしょく)するには生産現場に消費者自らが関わることが重要と考えました。ネガティブをポジティブなイメージに変えるには人を巻き込むしかない。コミュニティー実験農場は誰でも参加できる農場なんです」(高橋さん)

農園には東北ではあまり作られていないオリーブやレモンの木を定植。固定観念にとらわれず、さまざまな作物にチャレンジできるのも農園の魅力だ

福島の食に関心を持つ全国の人々が畑を訪れ、まいてもらうのは岩手県の漁師が採取した「ヒトデ」。土壌改良と鳥獣対策に効果があるヒトデが空に舞い上がる様はまるで星が降り注いでいるよう。そこにインスピレーションを得て農園は「なみえ星降る農園」と名付けられた。

開園式では、吉田浪江町長、地域の農業者、東北のヒーロー生産者、浪江町住民らが参加して、町外から駆け付けた東北の農業者と共にジュニパーベリーの定植、肥料となるヒトデをまく作業が行われた

2021年11月7日の開園式では、吉田浪江町長、地域の農業者、東北のヒーロー生産者、浪江町住民らが参加。ヒトデや地元の酒蔵の酒かすをまき、最初の作物としてジンの原料になるジュニパーベリー(セイヨウネズ)を定植した。

「浪江町や日本で栽培されてこなかった農作物を実験的に栽培し、土地の気候や土壌に合い、名産品となる可能性のある作物を探求します。実験的な肥料や、アグリテックの活用など、さまざまなチャレンジを行っていく予定です」と、今後の展望を語る高橋さん。

ジンの原料ジュニパーベリーを育て、浪江町でクラフトジンを作りたいと自身の「わくわく」を語る吉田さん(右)。今秋、アメリカの大学に進学予定の坂本さん(左)は高橋さんの思いに共感し渡米までの期間、農園運営をサポートしている

取材に訪れた4月下旬、畑には国内での流通量が少ない中国の伝統野菜「山東菜(さんとうな)」が顔を出していた

「食のバリューチェーンの川下にいる消費者を、川上(生産)に巻き込むことで福島の食のファン、そしてわくわくするコミュニティーを作ることが第一の目標です。将来的には浪江町から新たな特産品を生み、産業復興を目指しています。浪江町を起点に中央集権型社会から自律分散型社会への流れを創っていくため、残りの人生をこの地にコミットする覚悟です」と、豊富を語る高橋さんは2022年春、コミュニティー再生の一環として浪江の過去と未来をつなぐ巨大な屋外アートを町中に展示する事業を展開する予定だ。

ジュニパーベリー、レモン、オリーブ、ハーブ、山東菜……わくわくの種が芽吹き、やがて実りの秋を迎える。
福島の食を日本全国、そして世界へ──。
原発事故でゼロになった町からこの国一番のわくわくを生み出す「なみえ星降る農園」の挑戦から、今後も目が離せない。

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