状況に流されず、本来の価値を生かした商品開発を
秋田県産米の生産、加工、販売を行う株式会社大潟村あきたこまち生産者協会では、2016年から米粉を使ったグルテンフリー食品などの製造・販売を行っており、海外輸出のほか、全国の企業へ米粉原料の商品を提供している。
農林水産省が今年5月に公表した「米粉をめぐる状況について」によると、2021年度の米粉需要は前年比5000トン増で、初めて4万トンを超えた。今年に入って以降は輸入小麦の高騰もあって、国内で自給できる米粉に注目が集まっているが、同社の会長・涌井徹(わくい・とおる)さんは「たまたま小麦粉の値段が上がっているけれど、それによって一時的に米粉需要が増えたとしても、状況が落ち着けば需要はなくなっていくでしょう。瞬間的に売れてよかったねという話で終わらせないためにこれから大事なのは、いかに米粉の価値をしっかり見いだした商品に落とし込んであげられるかでしょう」と見る。
取材に同席した部長の伊藤慶彦(いとう・よしひこ)さん、課長の加藤貴之(かとう・たかゆき)さんは「輸入小麦の高騰が取り沙汰されるようになって以降、多くのメディアから米粉の人気ぶりや需要の高まりについて質問をいただきますが、実際の現場ではそこまで。テレビや新聞などで報じられているような盛り上がりは感じていません。たとえ仮に小麦粉の値段が上がったとしても、代わりに米粉を使うかといったら、きっとそうはならないでしょう」ときっぱり。昨今の情勢に伴う米粉の推進には懐疑的な見方を示した。
もともと小麦の高騰に伴う米粉の代替需要について話を聞きに行ったため、こうした返答には虚を突かれた思いがしたが、彼らがこう話す背景を聞くとすぐに納得することができた。同社が米粉の生産や商品の取り扱いを始めた当時の苦い経験が教訓になっているからだ。
「小麦粉の代わりというのがそもそも間違い」
もともと、同社が米粉を扱うようになったのは約10年前、価格が上昇した輸入小麦の代替原料として米粉に注目が集まったことで、国内でブームが巻き起こったことがきっかけだった。同時期には米粉用米を新規需要米として減反田で栽培することが認められるなど、米粉の生産量が飛躍的に伸び、パンや麺に米粉を使う動きが活発化していた。
しかし、現在に至るまで米粉の一般化が進んでいないことからわかるように、普及は伸び悩んだ。同社でも米粉用米の生産を始めて以降、さまざまな米粉商品の開発を重ねたが、売れ行きは振るわなかった。「これだけブームなのだから売れるだろうと、たくさんの商品を企画・開発したものの、これが全然売れない。まさに在庫の山という状態でした」(伊藤さん)
足踏みが続いた原因として当然、価格の問題がある。特に米粉用米は粉状に加工する際のコストが商品価格に重くのしかかる。前出の「米粉をめぐる状況について」によれば、製粉機のスペックが向上した現在においても米粉の製粉コストは小麦粉の約1.4~7倍に上る。
加えて伊藤さんが「一番のネック」としたのが、小麦粉を使ったパンや麺などとの食感や風味のギャップだった。当時の経験を踏まえてこう話す。
「どうしても小麦粉商品の食感や風味とは差があり、小麦粉を使ったパンや麺を食べている人が求めているものではありませんでした。これまで小麦粉の代わりという位置づけで米粉の推進が図られてきましたが、それがそもそもの間違いだったように思います」。現在も、小麦粉の特性に近づけるのは至難の業なようで、例えば「米粉のパンを作るとなると、どうしても蒸しパンのような出来上がりになってしまいます」。
ジョコビッチの食生活ヒントに、グルテンフリー市場へ光明
どうしたら売れる米粉商品を作れるか。商品開発に手を焼く中でヒントを得たのが、たまたま目にした当時のテニス世界ランキング1位、ノバク・ジョコビッチ選手の記事。選手としてスランプに陥る中、2010年にグルテンフリーの食事に変えて以降、体調が好転したという本人談が話題を呼び、国内外でグルテンフリーのトレンドが熱を帯びていた。
「今まではグルテンが含まれていないという米粉の特徴に苦労してきましたが、反対にグルテンが含まれていないことにも価値があることを知りました」と涌井さん。伊藤さんも「そこで、これまでのように『米粉を使った商品』ではなく、アレルギーを持っている方や健康に気を使っている方に向けた『グルテンフリーの商品』とう切り口で米粉商品を企画、販売したところ、徐々に売れ行きが伸びました」と語った。
グルテンを含まず、アレルギーの心配がないという米粉の特徴を前面に出した商品展開が奏功し、「コロナ禍で取引先が閉店するなどし、チェーン店の売り上げは2割ほど減りましたが、会社全体での売り上げは落ちていない」と伊藤さんは説明する。「これは、こうしたグルテンフリーやアレルギー対応商品があってこそだと思います」
2020年には、東京五輪の選手村での食事メニューに、同社のグルテンフリー米粉パンが採択された。翌年以降、日本の消費者向けに改良を重ね、今秋にも一般販売を開始する見込みだ。
予期せぬ形で再び訪れた米粉ブーム。これを契機に、今後の市場で存在感を示せるかは、米の特徴を消費者に役立つ形で届ける努力がカギを握りそうだ。