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遺伝子組み換えの誤解を正す 元・日本モンサント社長が語る事実と真実

窪田 新之助

ライター:

遺伝子組み換えの誤解を正す 元・日本モンサント社長が語る事実と真実

日本人の多くが不安を口にしながら、日常的に食べている遺伝子組み換え食品。「もしもがんを予防できる野菜があったら 『遺伝子組み換え食品』が世界を救う」は、そうした不安を解消するにはもってこいの新著だ。著者である株式会社アグリシーズ社長の山根精一郎(やまね・せいいちろう)さんに話を聞いた。

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山根さん ■山根精一郎さんプロフィール
東京大学理学部生物学科植物課程卒業、東京大学大学院農学部植物病理学博士課程修了。1976年に日本モンサント(現・バイエル)に入社。2002年から2017年まで社長を務める。2017年4月にアグリシーズを設立。

不安を広げた事業者たち

──まずは今回、出版に至った理由を教えてください。

遺伝子組み換えの技術や、食品の安全性や可能性について、多くの人に理解を深めてもらいたかったからです。日本モンサントに在籍していたころから、セミナーや講演会などさまざまな方法で正しい情報の発信に努めてきました。
ただ、残念ながら、いまもって多くの人が不安を抱えています。遺伝子組み換え食品は安全ではなく、食べるとがんやアレルギーになりやすいだとか。消費者庁が2016年に1万648人の消費者を対象に実施したアンケートでは、「遺伝子組み換え食品に不安がある」と回答した割合は40.7%に及びました。本書は、遺伝子組み換えにまつわる誤解を一つ一つ解き明かしながら、消費者の不安を解消することを目的としています。

──なぜ不安が広がったのでしょう。

正しい情報が届いていないということのほかに、遺伝子組み換えを批判することで、利益を得ている人たちがいることが大きいですね。具体的には、有機作物やオーガニック食品を支持する消費者団体や活動家、食品会社です。私は、有機作物やオーガニック食品の価値は認めますが、それらの商品を購入させるために、ありもしない事実を捏造(ねつぞう)する事業者には強い不信感を持っています。

日本人は油やチーズなどで日常的に摂取している

──遺伝子組み換え食品については多くの日本人が不安を口にしますが、実際には日常的に食べていますね。

ええ、とくに一般的なのは食用油です。ただ、食用油では、遺伝子組み換え作物の遺伝子やそれから作られるタンパク質が検出できず、従来の作物由来の食用油と成分は変わらないので、表示が義務付けられていません。また、一部のスーパーで売っている菜種油のラベルを見ると、商品によって「遺伝子組み換え不分別」と「遺伝子組み換えではありません」という2種類の表記があります。どちらが売れているかといえば、「不分別」のほうで、これは安いからです。

──著書のなかで初めて知ったのは、チーズづくりでも遺伝子組み換え技術を利用していることでした。

チーズは、遺伝子組み換え技術があるからこそ大量生産できるようになった食品です。牛乳のタンパク質を固める際、かつては子牛の4番目の胃から取れるキモシンという酵素を活用してきました。ただ、一度に取れるキモシンの量はごくわずか。
そこで微生物にキモシンを作る遺伝子を組み込むことで、キモシンを大量生産できる技術が開発されました。いまでは世界におけるチーズの製造量の約6割が遺伝子組み換えキモシンを利用していて、もちろん日本人もそのチーズを普通に食べています。

科学的に最も安全が担保された食品

──もちろん食べているからには、安全性が保証されているわけですね。

遺伝子組み換え食品は、世界共通の指針に基づいて三つの安全性が担保されています。それは食品と飼料、環境(生物多様性への影響)についてです。つまり遺伝子組み換え食品については、食品として人だけでなく、家畜が食べても安全であるか、さらには作物として栽培して生態系を乱すことはないかを徹底して検証しています。
さまざまな育種技術がありますが、これだけ厳格な安全性の審査が行われるのは遺伝子組み換え食品だけです。そういう意味では、遺伝子組み換え食品は科学的に最も安全が担保された食品といえます。

──そもそも遺伝子組み換えは自然界で普通に起きていることですよね。

そうです。遺伝子組み換えをする方法は大きく二つあります。このうちメジャーなのが「アグロバクテリウム法」です。この方法で使う土壌細菌のアグロバクテリウムは、自分の遺伝子を植物の細胞のゲノムに移せるという特殊な能力を持っています。自然界ではこの土壌細菌による遺伝子組み換えがずっと行われていたわけです。

風評被害怖れて、圃場(ほじょう)での栽培実績は皆無

──日本における遺伝子組み換え作物の栽培の実態はどうなっていますか。

日本で栽培が許可されている作物はトウモロコシや大豆、西洋ナタネなどで約145品種あります。ただ、このうち商業栽培されているのはわずかに一つ、青いバラだけです。

──なぜ栽培されないのでしょう。

農家のなかには遺伝子組み換え作物を栽培したい人はいて、これまでに数々の相談を受けました。雑草や害虫の管理が大幅に楽になるとか、収穫量が上がるなどで、遺伝子組み換え作物を導入したいと考えているのです。
ただ、それでも栽培に踏み切れないのは、周りの反応や苦情が怖いからですね。「自分の作物が遺伝子組み換え作物と交配したら困る」というわけです。適切な措置を講じればそんなことは起きないのですが……。
それから遺伝子組み換え作物を栽培すると、地域の作物全部に風評被害をもたらすことを懸念されることもあります。

──事態を変えるには何が必要でしょうか。

やはり正しい情報を広げることです。現状はデータに基づかない、根拠に乏しい情報をうのみにする人たちが多い気がします。賛否両論に耳を傾けながら、先入観なく公平に、データに基づいて総合的に自分で判断できる「科学者の心」を持つ人が増えてほしい。本書がそのことに少しでも貢献できたらうれしいです。

書影

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