有機農業を継続させるために臼杵を選ぶ
ものづくりがしたくてメーカーに就職したにもかかわらず、製造現場ではない管理部門に配属され、対人関係に悩んでいた林大悟さん。兵庫県明石市で会社員として働く傍ら、週末は京都府の社会人向けの農業塾に通い、本来やりたかったものづくりに近い野菜づくりに熱意を傾けるようになります。さまざまな農法を学ぶうち、有機農業に強く引かれるようになりました。
「人間も植物もストレスがかからない状態が一番です。僕は、有機農業を自然の摂理に沿った植物に負荷をかけない農業だと感じて、有機で就農することにしました。ですが有機農業は参入する人が多い分、やめる人も多いです。続けていくためには有機農法に理解のあるご近所さんや、相談に乗ってもらえる先輩などの環境が絶対に必要だと思いました」(林さん)
就農した後のことも考え、慎重に調べた結果、有機の里を目指して市全体で有機農業に取り組んでいる臼杵市が候補に上がりました。そして2018年度の地域おこし協力隊(有機農業隊員)として林さんは臼杵市に移住します。
60アールの畑と古民家を手に入れ独立
地域おこし協力隊員として臼杵市から給与が出る3年の間に、臼杵市で農家として生活していくためのノウハウを学び、実践していった林さん。60アールの耕作放棄地を畑に開墾し、150万円で購入した古民家を200万円かけてリフォーム。専業農家として生活していくための基盤を着々と作っていき、2021年の春に独立しました。
「元隊員仲間の他に、有機農業を教えてくれた先輩農家さんたちとも何かにつけ連絡をとっています。臼杵市役所には有機農業推進室があり、時々職員さんが様子を見に来てくれます。近すぎず、遠すぎず、僕にとってはちょうどよいスタンスで手を差し伸べてくれる人たちがいるので、臼杵を移住先に決めてよかったなと思っています」と林さんは振り返ります。
臼杵市独自の有機野菜ブランド「ほんまもん農産物」
「臼杵で農家として生活し続けてもらうために、市としてもできる限りのバックアップをしていきたいと思っています」と言うのは臼杵市農林振興課・有機農業推進室の廣瀬慎介(ひろせ・しんすけ)さん。
また、臼杵市では「滋味の濃い農産物の生産には土づくりが大切」と、自然に近い完熟堆肥(たいひ)「うすき夢堆肥」を市の土づくりセンターで製造し、市民に安価で販売しています。
市では、うすき夢堆肥などの有機堆肥で土づくりを行い、化学肥料や化学合成農薬の使用を避けて栽培された圃場(ほじょう)の農産物に「ほんまもん農産物」という市独自のブランド認証をしています。
ほんまもん農産物に認証されるためには、圃場の状態と生産工程記録を市が委託した有機JAS登録認証機関に審査してもらわなければなりません。圃場が審査に合格すれば、そこで収穫した農産物に「ほんまもん農産物」を示す金色の「ほ」のシールを貼って販売できるようになります。
ほんまもん農産物は臼杵市長が認定したブランド野菜として、慣行栽培された農作物より高値で販売されています。加えて一般的な有機JAS認証とは違い、認証を得るための費用負担は農家にはありません。審査料や更新料などの費用が一切発生しないため、経費面でのハードルが低くなり、慣行栽培から有機栽培への転換を目指す生産者も臼杵には多いのだそうです。
ほんまもん農産物は、臼杵市が認定したブランド野菜としてその地位を築きつつあり、年々販路も拡大中。現在は臼杵市内だけでなく隣の大分市でも販売されています。
有機栽培が結んだ縁
有機農法に興味を持ち、有機栽培に適した環境の臼杵に移住した林さん。圃場検査にも合格し、現在は「ほんまもん農産物」を生産する農家として50品目の野菜を有機栽培しています。
東京・渋谷のクリニックで、患者さんの栄養指導などを行っていた妻の芽生(めばえ)さんとは農業を介したマッチングアプリで知り合ったのだそう。
「患者さんの健康づくりのため、栄養学については学んでいました。有機栽培された食品を買っていたのですが、自分で実際に作ってみたいと思うようになり、どうせならそういったことを教えてくれる彼氏が欲しいとマッチングアプリに登録してみたんです。そこで大悟さんの笑顔がヒットし(笑)、大悟さんが住む有機農業を推進している臼杵という場所に興味を持ちました。早速訪ねてみたところ、有機栽培にかける大悟さんの信念にすごく共感し、渋谷とは違う、のんびりした時間が流れる臼杵の環境にも引かれました。そしてすぐに結婚しちゃいました」と芽生さんは笑います。
就農1年目にして、人生の伴侶という最大の実りを手に入れた林さん。2人を結びつけてくれた有機農業と臼杵の地にはとても感謝している、と少々照れくさそう。
臼杵の有機栽培農家として
林さんは収穫した「ほんまもん農産物」をスーパーや大分市内の百貨店などの提携店に卸す他、「農園のびのびと」という店名で週末マルシェやネット販売などで直販もしています。丹精こめて育てた野菜をよりおいしく食べてもらいたいと、直販ではレシピも付けています。
レシピの作成は芽生さんが担当しています。野菜のおいしさがダイレクトに感じられる芽生さんのレシピは好評で、将来的には料理も加工品として販売していきたいのだそう。
有機栽培農家として臼杵の地に一歩ずつ根を張っていく林さん。最後に、将来の目標についてはこう語ってくれました。
「無駄のない栽培方法を確立させて、早く農家として安定した収入を稼げるようにしなければ。そして『ほんまもん農産物』のおいしさをもっと広めていきたい。植物も人間もストレスがないのが一番です。植物に負荷をかけない有機農法を究め、これから増えるであろう家族と共に、ノンストレスな暮らしを目指していきたいと思っています」