トレーラーハウス拠点に農山村体験を用意

宿泊用のトレーラーハウス
飯島町の中心部から西に向かい、左右に棚田を眺めながら上っていった標高800メートル近くに6000平方メートルほどの開けた場所がある。東は南アルプス、西は日本アルプスを望む絶景だ。
2022年4月、ここに5棟のトレーラーハウスと、その前面の敷地にはそれぞれ家庭菜園と呼ぶような広さの畑が用意された。「アグリワーケーション」の拠点となる「ii(いい)ネイチャー春日平」だ。
運営するのは町と田切農産、JA上伊那、観光協会など9団体でつくる「飯島流ワーケーション推進協議会」。4月から、トレーラーハウスの宿泊者を募集している。最大5人が宿泊できる1棟当たりの料金は1泊2日で2万円(長期滞在は割引あり)。
紫芝さんの案内でトレーラーハウスを見せてもらった。間取りは2DK。寝室に2台のベッド、ロフトに布団を用意している。このほか冷蔵庫や洗濯機、調理器具一式がそろっているので、長期の滞在も可能だ。
宿泊施設をトレーラーハウスにしたのは、1棟当たり約800万円と、通常の建築物と比べて安価であるため。固定資産税がかからず、移動できることから災害時に仮設住宅として利用できることも理由だ。

農業体験ができる菜園
ここの売りは、追加料金を払えば、野菜の収穫や田植え、稲刈り、そば打ちやわら細工、山や川の散策など農山村に関するプログラムを体験できることだ。地元の住民がその指導や案内をしてくれる。どんなプログラムが体験できるかは、同協議会のサイトで公開している。町地域創造課は「体験プログラムは宿泊者の要望に応じて、アレンジも可能」と話す。
開業以来、宿泊するのは個人客が多い。ただ、夏休みには団体客の予約が入っているとのこと。
離農の増加を不安視

田切農産代表の紫芝さん
「決して儲かるものではない」。紫芝さんはアグリワーケーションの事業についてこう打ち明ける。それでも始めたのは、新たな担い手を増やしたいからだ。
担い手不足が叫ばれる中にあっても、田切農産がある飯島町田切地区ではこれまで、兼業農家の数自体はさほど減らなかった。ただ、その平均年齢を踏まえると、「数年後から減っていく」と見ている。
ここに来て、この状況に追い打ちをかけそうな事態が米価の下落と肥料の高騰だ。「2021年産の米価は過去最低だった。最も危惧しているのは、22年産も21年産と同等程度の米価になること。というのも、肥料が高騰していて、100%アップしているものもある。このまま作っても赤字という状況が続けば、今年や来年で兼業農家が一気に農業をやめてしまうことが心配だ」(紫芝さん)
これまでは、田切農産が離農する人たちの農地の受け皿として機能してきた。その結果、管理する面積は100ヘクタールに達した。ただ、紫芝さんは「もう限界に近い」と感じている。
「何がきついかといえば、耕作以外のあぜ草刈りなどの管理作業。田植えや稲刈りなどの部分作業なら問題ないが、全面受託や畦畔(けいはん)管理だけの作業受託となると、これ以上面積が増えるのはしんどい。地域に新しい人材が入ってこない限り、農地を維持していくことは難しい」
順天堂大学の協力で、企業向けに社員のストレス軽減効果を実証
そこで始めたのが、アグリワーケーションというわけだ。当初構想していたのは、企業と提携して、その社員に一時的に移住してもらうこと。社員は、平日は本業の仕事に、土日祝日は農作業に従事する。生産した農産物は勤務先の企業や知人に販売するなどして、年間150万円程度の副収入につなげる。いずれは飯島町に根付いてもらい、本格的に農業を始めてくれる人が出てくることを思い描いている。
「企業を呼び込むには、提携するメリットを示さないといけない」と紫芝さん。そこで同協議会は、順天堂大学の協力を得て、農山村体験がストレス軽減にどれだけ効果があるかを実証することも始める。アグリワーケーションに参加した社員の唾液を取り、専用の機器を使ってストレス軽減の効果を計測する。企業にその結果を示すことで、長期的な提携関係を結んでいくつもりだ。
同協議会は今後、企業を訪問して提携関係を打診する予定。一方、冒頭に触れたように個人客も募集しながら、多方面から将来の担い手を発掘する試みを続けていく。