雑談から始まったノウフク、栽培途絶えた農園のリソースを活用
社会福祉法人土穂会ピア宮敷は、一次産業が盛んな千葉県いすみ市に2000年に設立。主に知的障がい者(以下、利用者)を対象に、入所施設およびグループホームの運営、生活・就労の支援を行っています。以前から農業を日中活動のひとつに取り入れていた同法人が、2019年に食用菜花栽培で農福連携事業に乗り出しました。
きっかけは、農場主との雑談でした。内野さんが旧知の高秀牧場(同市)に障がい者雇用の依頼に訪れると、労働力不足で撤退した食用菜花の栽培をやってみないかという申し出が。「今、断ったらもう話はない」と思った内野さんは、事業継承を決意。法人職員に事後報告する形で、農福連携事業「みん菜にやさしい畑」がスタートしました。
蓋を開けてみると、農地は東京ドーム1個分にあたる4500坪の広さ。話があった1カ月後の9月には種まきをしなければなりません。ピア宮敷の職員3人と利用者8人が畑に配属。もともと栽培に従事していた6人の地域の高齢者「菜花ガールズ」がパートで復帰し、販路は高秀牧場からスライドで確保されていたことが後押しとなり、9月の播種から2月の収穫完了までを一気に駆け抜け、初年度を黒字で終えました。
農業を使って福祉を伸ばす。社福がノウフクに取り組む意義
JAいすみの出荷量の半分を占める高秀牧場の菜花栽培を復活させたピア宮敷の取り組みは、地域課題の解決策として期待され、地元メディアも紹介。高秀牧場の全面的なバックアップのもとで栽培に集中できたことで初年度から黒字を達成した一方で、農業の適期作業の難しさや利用者に合わせる福祉との両立などの課題も見えてきました。
2期目は、農業の知識をつけるため、地域の菜花出荷組合の協力や県農業事務所職員が技術指導を受けることからスタート。また、利用者を優先しすぎて生産性が上がらないことを防ぐために、経営、福祉、農業の各目線で事業を見る担当者を配置しました。経営目線は黒字化担当の内野さんです。
しかし、「福祉と農業でやるべきことのバランスが取れず、やればやるほどギャップが生まれ、職員に高度なマネジメント力が必要であることがわかりました」(内野さん)
そこで、農福連携に成功している鹿児島県の社会福祉法人とオンライン勉強会を開催。課題を整理して、工程表、マニュアル、支援計画などを作成し、畑を見える化しました。これによって、利用者の動きがよくなり、活躍する場面が増えました。
職員向けに収穫の研修を行うと、職員の事業や畑への関心も向上。利用者をより理解して支援力を高めるなど職員の成長が見られたことから、法人の経営陣も農福連携に期待を寄せます。運営するうどん店や事業所の給食で菜花を使った料理を提供するなど、法人全体で畑を盛り立てるようになりました。
福祉が作りたいものではなく、地域に求められるものを作る
2期目の飛躍の裏では、福祉ならではの葛藤もありました。ピア宮敷では利用者の日中活動のうち畑に費やせる時間は1日3.5時間以内。もし早朝から夕方まで、かつ土日も働くことができればもっと収量と売上の伸びが期待されるところをぐっとこらえて、法人のリズムを守って農業をする工夫を重ねてきました。
収穫した菜花は茎1本も無駄にしたくありません。1年目に菜花パウダーを委託製造してしてサンプリングすると、いすみ鉄道から土産物の乾麺の材料に使用したいとオファーがあり、六次産業化でも大きな一歩を踏み出しました。JA出荷量を前年の225箱から642箱に大きく伸ばし、3期目以降はPDCAサイクルを回して改善を重ねていきます。
一般的に社会福祉法人の農福連携が黒字化しにくいのが実情です。その理由について、「販路がないところに、作りたいものや作りやすいものを作っても競合が多くてうまくいきません。販路があり人手が足りないところに入り込んで作るのが最善」と内野さん。
「だから、地域の困りごとを聞き出すことがコツ」。農業事業者への渉外活動では、「今まで人がいたのに足りなくなって困っているところはないですか」と尋ねるのが内野さんのスタイルです。今まで2人の従業員がいたところからは、健常者2人分の工賃をもらい、スキルアップに応じた賃上げの交渉もします。
福祉課題の工賃アップ、地域ぐるみのノウフクで推進していく
自分たちの得意・苦手を把握して、足りない部分は外とつながってカバーしながら事業を推進してきたピア宮敷。さまざまな支援が得られたのは、1年目に地域に農福連携を知ってもらおうと「ノウフクフォーラム」を企画し、広報活動で120名の参加者を集め、企業や団体、農業者、教育機関、行政等とつながれたことも大きな要因です。
菜花の生産をきっかけに、法人内では工賃向上への意識も高まってきました。今後、軽作業の自動化、プラスチック資材の削減などで、従来の作業受託は転換期にあります。コロナ禍で製品組み立ての内職作業の受注がストップしたときも、ソーシャルディスタンスが保てる農業は継続できたことは、ポジティブな材料です。
今、ピア宮敷にはいくつかの新たな農作業のオファーが舞い込んでいます。法人内の空きハウスを活用してハーブの育苗などへ事業を拡大しました。内野さんは地域の農福連携のコーディネートを依頼され、ピア宮敷内だけではなく、地域の就労継続支援B型事業所と農家のマッチングも推進しています。
「今後は、地域の引きこもりや高齢者への支援も含めて、地域ぐるみで農福連携を展開していけたら」と力強く展望を話してくれました。
【取材協力】
社会福祉法人 土穂会 ピア宮敷
〒299-4505 千葉県いすみ市岬町岩熊138-10
農福連携のオンラインセミナーを8/29に開催
近年注目を集める農福連携について、実際に取り組んでいる農業者、福祉団体、企業の担当者を招き、それぞれの立場から農福連携のメリット、取り組み方を紹介するセミナーを8月と11月に開催します。当日は農林水産省の職員による情報共有や、自分の考えを整理・深めるワークも実施予定。ピア宮敷の内野さんは11月の回に登壇します。この機会に「農福連携」をもっと知ってみませんか?
セミナー概要(事前申込受付は終了しました)
・日時:令和4年8月29日(月) 13:00~16:00 ※12:30~受付開始
・場所:オンライン(お申し込み後、zoomURLを別途事務局よりご連絡いたします)
※リアルタイムでの視聴が難しい場合も、お申込み頂きますと、後日録画URL をお送りいたします。
・内容:農福連携に興味のある方に向けて第一歩の話を【総論】【農業者】【福祉団体】【企業等】の各視点から、講師による講演を行います。
1,【総論】農福連携が目指すもの 〜地域を支える多様な共生社会〜
学校法人東海大学 教授 濱田健司氏
2,【農業者による取組】夫婦2人のイチゴ畑。農福連携のきっかけと初めの一歩
株式会社おおもり農園 代表取締役 大森一弘氏
3,【福祉団体による取組】活躍の舞台は地域!地域の一員として、一人一人が輝ける農業の仕組みとは
社会福祉法人喜和会 太陽の里 事業課課長 矢野真吾氏
4,【企業による取組】農業× 福祉の枠を超え、持続可能な利益循環をめざす「商工農福連携」とは
株式会社八天堂ファーム 代表取締役 林義之氏
5,農林水産省からの情報提供
6,ワークシート&フィードバック
各自の考えを整理・深める時間と、東海大学濱田教授によるアドバイス
※セミナーの内容は予告なく変更する場合がございます。
※応募者多数の際は先着順とさせていただきます。
お問い合わせ先
株式会社マイファーム
農福連携普及啓発等推進事業 事務局
東京都港区三田二丁目14番5号フロイントゥ三田508号室
TEL:03-6435-9675
Email:noufuku@myfarm.co.jp