消毒に必要な期間は条件によって異なる
■橋本知義(はしもと・ともよし)さんプロフィール
農研機構農業環境研究部門の研究推進部研究推進室職員。農学博士(1988年、東北大学)。1988年、農林水産省北海道農業試験場に着任。農研機構の現・九州沖縄農業研究センター、現・中日本農業研究センターなどを経て、現職へ。
──太陽熱土壌消毒とはそもそもどんな技術でしょうか?
夏場に圃場(ほじょう)の表面をポリエチレンフィルムで覆い、40℃以上の高い地温を一定期間維持することで、土壌の中のさまざまな病原菌や害虫、雑草の種子などを死滅させる防除技術です。分かりやすく言うと、圃場の表面を蒸し風呂のような状態にして病害虫や雑草をやっつけるわけです。臭化メチル(※)を使った土壌消毒に代わる技術の一つとして期待されています。
※ オゾン層破壊物質として指定されている。土壌のくん蒸に使うことは「不可欠用途」として認められてきたが、不可欠用途についても全廃の機運が高まり、日本では2012年に土壌消毒用の臭化メチルが使われなくなった。
従来、太陽熱土壌消毒には梅雨明け後の晴天2週間ほどの期間が必要と言われてきました。しかし、実際に効果が出るかどうかは圃場や気象条件によって異なるので、言われていた期間消毒してみたが期待した効果が出なかったという農家も少なくありません。
天候次第で不安定というイメージを覆す
──私が太陽熱土壌消毒を現場で見たのは、露地栽培をしている有機農家ででした。しっかりとした効果を出し、安定した後作物の収量を確保する人もいれば、期待した効果がなく、予定外の除草作業に追われる人もいるようですね。
有機農業において太陽熱土壌消毒は、防除のための基幹的な技術です。特に新規就農者はお金や時間、労働力といった経営資源が限られるので、もし失敗したときは理由や改善方法を知り、失敗を繰り返さないようにしたいですよね。
太陽熱土壌消毒自体は昔からある技術で「天候次第の不安定な古い技術」だと思われがちです。この固定観念を打ち破りたいと、農研機構が県や大学、民間企業などと連携したプロジェクトを推進しました。その中で太陽熱土壌消毒の従来の作業手順を見直し、効果を「見える化」した陽熱プラスという技術の体系を作りました。
陽熱プラスとは、太陽熱土壌消毒法で失敗を繰り返さないために、地温の見える化により農業者一人一人が合理的に判断するための考え方やツールを提供することです。
簡単に言うと、とにかく地温を測りましょうということなんです。文字にすると当たり前のことなのですが、太陽熱土壌消毒はその期間ではなく、期間中の地温の高さが効果の目安です。この地温を測るための温度センサーの価格が今は安くなっていて、実勢価格1万円台で購入できます。こうしたセンサーを使って地温をきちんと測れば、効果を見える化できます。環境をモニタリングする機器を安価に入手できるようになったことが、「被覆作業はしたが、太陽熱土壌消毒の効果がわからない」という現場の悩みを解決するきっかけになりました。
作業手順を合理化する
──陽熱プラスはどんなふうに実践するのですか?
現場で地温を測り、40℃以上有効積算地温(毎時の地温から40を差し引いて合計したもの、消毒効果の目安)を指標にして太陽熱土壌消毒の効果を判断します。さらに農研機構の「メッシュ農業気象データ」という気象情報を使って将来の積算地温や効果を予測することもできます。
地温は一定の深さ、たとえばハウスなら15センチ、露地なら5センチで計測します。太陽熱土壌消毒の終了予定日に、設定した積算地温に達したら、播種(はしゅ)や定植をし、目標に達さない場合は将来の積算地温を予測して、いつごろ達成できそうか、いつごろ播種や定植を実施するか判断します。
また、積算地温を確保するために大切なのは、作業の実施時期と被覆に使うフィルムに隙間(すきま)を作らないことです。2022年は6月から暑かったので、早めに太陽熱土壌消毒を開始した農家では高い効果が期待できます。ハウスなら、消毒効果を高めるために、柱やハウス側面のきわまでビニールテープで留めるなどして密閉してください。
露地の圃場だと、フィルムが飛ばないように押さえる土の塊の下や、畝の間の地温が上がりにくく、そこに雑草などが発生するので注意が必要です。これを防ぐ方法としては、圃場全体を被覆する事例や、畝の太陽熱土壌消毒終了後にフィルムを折り返して通路部分を被覆し草対策の効果を高める事例があります。
従来のやり方だと、太陽熱土壌消毒をしてから施肥や畝立てをし、定植していました。せっかく地表を消毒したのに、土を攪拌(かくはん)して消毒されていない下層の土と混ぜてしまうこともあります。それでは、消毒の効果が十分に発揮できません。
詳細は、以前の取材記事「酷暑を逆手に!農研機構に聞く『太陽熱土壌消毒』の効果的な利用方法とは」を参照してください。
陽熱プラスでは、先に資材を施し、畝立てをしたうえで、太陽熱土壌消毒をして定植します。消毒中に地温が上がることで、有機態窒素成分が作物の利用しやすい形態に変化しやすくなるので、施肥の方法によっては基肥(元肥)の量を2割ほど減らすことができます。
詳しい導入方法は農研機構ウェブサイトの「陽熱プラス実践マニュアル」や、YouTubeの「NAROchannel」にアップされている計4本の解説動画をご覧ください。
マニュアルや動画では、全国各地の導入例を3つ紹介しています。和歌山県では「うすいえんどう」という実エンドウのハウス栽培で、肥効調節型肥料を用いた省力・減肥栽培技術を実用化しています。長崎県ではジャガイモの有機栽培で、そうか病の発生抑制と効果的な施肥で生育と収量を改善しました。宮崎県では、地域の未利用有機質資源である焼酎かす濃縮液を利用し、肥料・土壌消毒効果の安定したメロン栽培を可能にしました。
一人一人が合理的判断をするために
私たちの役割は、農家一人一人が合理的に判断するための考え方やツールを提供することだと思っています。太陽熱土壌消毒処理期間の天候が不順で、必要な有効積算地温に達しないまま終了予定時を迎えた場合、あるいは台風などによる処理中断から再開した場合に、生産者は消毒処理を延長するか、処理を中止して防除資材を投入するかなど、それ以降の作業工程を合理的に選択する必要があります。地温の見える化とは、この判断根拠を提供するための考え方です。
なお、スマートフォンアプリ「陽熱プラス」の研究開発も行っています。このアプリは、目標とする積算地温にいつ達しそうか、あるいは決められた期日までに目標のどのくらいまで到達するかを高い精度で予測します。ただし、アプリは開発中で現在公開しておりません。
太陽熱土壌消毒の勘どころを可視化できる
──利用者自身がデータをとって分析して自分で考えるというスタイルなのですね。陽熱プラスはどんな人が導入することを想定していますか?
太陽熱土壌消毒に興味を持つ新規就農者や科学的な有機農業に興味を持つ消費者、家庭菜園を無農薬あるいは減農薬栽培でやってみたい市民などです。加えて、過去にやったけれども失敗していて、再び挑戦するのをためらっている農家に導入してほしいですね。
また、農業法人の経営者やJAの営農指導員などは、自身で太陽熱土壌消毒の勘どころが分かっていても、新人に指導するときに言葉ではそれを伝えにくいところがあります。技術を指導するうえで、勘どころを可視化し伝える方法として、活用してほしいと思います。
実際に導入している事例を紹介すると、つくば市内の就農8年目の農家は、地温の見える化に興味を持っています。いつごろまでに目標とする積算地温を達成できそうか予測して、その後の作業の計画を立てたいと導入したそうです。和歌山県にあるJA紀州の営農指導員は、生産部会のメンバーに積算地温のデータを利用した技術指導をするために、複数年にわたるデータの収集と活用方法の模索を続けています。
地球温暖化の影響で、この技術はより広い地域で使えるようになるはずです。今まで導入してこなかった地域で導入する場合にも、地温の見える化は技術導入の判断根拠になります。もともと導入が難しいと思われていた東北にも、陽熱プラスに関心を示している農業関係者がいます。
陽熱プラスは、データを使った農業に取り組む入り口としても利用してほしいですね。新規就農者などが安価な機材を利用してデータを収集し、根拠に基づいて合理的判断を下すという陽熱プラスの手法を学ぶことで、そういう意思決定のスキルを習得する一助にもなるはずです。
YouTube「NAROchannel」より「陽熱プラス実践マニュアル」