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有機農業を科学する ~タニシでなぜ有機農業が可能になるのか解説~

連載企画:農業×科学

有機農業を科学する ~タニシでなぜ有機農業が可能になるのか解説~

2021年5月、農林水産省は2050年までに日本の耕地面積の25%を有機農地にするという目標を掲げた(2017年時点では約0.5%)。今後さらに有機農業への関心が高まることが予想される一方で、現場の生産者にとってはまだまだハードルの高い栽培方法である。除草や病害虫防除などの難しい課題に、化学肥料・化学農薬なしでどう取り組むべきか。これまで実践してきた有機農家のアドバイスは、科学的に立証されていない個人的な経験則が多く、誰にでも模倣可能な技術なのかと不安が残る。そこで今回は、有機農業を科学的に解説すべく、山形大学農学部准教授の佐藤智(さとう・さとる)さんに話を聞いた。

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■佐藤智さんプロフィール

1_山形大学農学部_佐藤智准教授 1995年、山形大学農学部卒業。1997年、同大学大学院修士課程修了。2002年、英国イーストアングリア大学生物学科学部にて博士号取得。その後、博士研究員などをしながら国内外を放浪、2009年より現職。専門は農業生態学。研究テーマはテントウムシやタニシの機能を活用した環境保全型農業や、アメリカミズアブ研究など、身近な生物の機能を人間のくらしに活用する方法の開発。インドネシアなど熱帯の山村での農作業や調査も行っている。

研究してわかったタニシと有機栽培の可能性

佐藤さん率いる山形大学農学部動物生態学分野では、タニシを使った循環型農業「タニシ米プロジェクト」に取り組んでいる。佐藤さんは、かつて田んぼに当たり前のようにいたタニシが有機農家の田んぼに多く生息していることに着目。大学の実験圃場(ほじょう)で無肥料無農薬の条件下で試験栽培をしたところ、タニシのいる田んぼのほうが、タニシのいない田んぼと比べて収量が約10%上がることを発見した。研究成果を現場の農業に生かすべく、2021年6月に地元農家と協力して、試験的にタニシを使った無農薬栽培を始めた。収穫した米は「タニシ米」として、ネット販売をする計画だ。

水田に生息するタニシ(画像提供:佐藤智)

タニシを研究対象として選んだ理由について、佐藤さんはこう語る。
「タニシは、皆が知っている生き物です。ただ、どんな生態をしているかと問われると、知っているようで知らない人が多い。昔からタニシは田んぼの中にたくさんいて、生態系の中で重要な機能を果たしてきました。また、タニシを食料として食べる文化も世界中にあって、昔は日本でもそうでした。特に海が近くにないところでは重要なたんぱく源だったようです。一説にはタヌシ(田主)が語源と言われるほど人間の生活に深く関わっていたはずのタニシですが、1970年ごろから多くの田んぼから姿を消してしまいました。あれだけたくさんいたタニシですから、きっと何か影響があるはずです。それがとても興味深く、僕の研究のモチベーションの一つになっています」

佐藤さんら研究グループが、2021年6月の田植えと同時に約100匹のタニシを地元の協力農家の田んぼに放したところ、稲刈り時期である同年10月には、10倍以上となる1000匹を超えるまでに増えていた。

生息環境が良くないとタニシはすぐに死んでしまうという。逆に環境の良い田んぼであれば一気に増える。佐藤さんの研究成果が、これまで慣行栽培をしていた農家の田んぼでも再現可能であることが実証された。

タニシでなぜ有機農業が可能になるのか

そもそもなぜタニシで有機農業なのか。きっかけは、タニシが有機栽培を長く続けている水田に多く見られることを確認したことだった。
下の図は、有機栽培歴7年と30年の水田で、生物の個体数を比較調査したものである。横軸に水田に生息する生物の種類が並べられ、それぞれ7年の水田と30年の水田での個体数が棒グラフで示されている。ほとんどの生物種で大きな違いは見られなかったが、タニシだけは圧倒的な違いが確認された。インドネシアなど海外でも研究をしている佐藤さんだが、やはり同様の傾向が見られるという。

3_有機歴7年の水田と30年の水田の生物量を比較

有機歴7年の水田と30年の水田の生物量を比較(画像提供:佐藤智)

タニシは田んぼの中で藻類や植物プランクトン、土壌の有機物などを食べて生きている。食べたものはフンとして排せつされ、タニシのフンや粘液などをエサにして、藻類やプランクトンが繁殖する。プランクトンは多くの生物にとってのエサとなるため、メダカやヤゴなどの水棲(すいせい)生物が増える。また排せつ物は微生物などの分解者によって堆肥(たいひ)化され、植物の生育も促す。水草が育って水上のアブラムシも増え、それを食べようとさまざまな虫が集まってくる。

タニシを起点とした食べる・食べられる関係のサイクルがまわることによって生物の多様化が進み、豊かな生態系が作られていくのだ。

こうしたタニシの働きが、稲作においてどのような機能を果たしているのか。
ここではポイントを2つに絞って考えたい。

タニシの働き
①土壌の改善(栄養、構造)
②多様な生物の発生を促進

タニシの働き①:土壌の改善(栄養、構造)

いい土壌にタニシがすむのか、タニシがいい土壌を作っているのか。
どちらが先かはわからないが、いずれにしてもタニシには土壌を改善する機能がある。タニシはエサを土ごと食べて排せつするため、土壌をやわらかくするという構造面での改善をしてくれる

4_タニシのフン

タニシのフン(画像提供:佐藤智)

栄養面での改善も見られる。
例えば稲が好むアンモニア態窒素は、タニシがいると土中の含有量が多くなるという。

佐藤さんはタニシとアンモニア態窒素の関係についての実験を行った。水田と同じ環境を漬物容器に作り、タニシをそれぞれ0個、1個、3個入れて経過観察を行った。タニシは容器の壁に生えた藻類を食べてフンをする。それが分解されて窒素成分となる。
実験の結果、アンモニア態窒素量に下図のような違いが見られた。

5_タニシの数とアンモニア態窒素量の関係

タニシの数とアンモニア態窒素量の関係(画像提供:佐藤智)

タニシの数が多い容器ほどアンモニア態窒素量が多いことがわかる。
藻類などの植物は、ある程度の量にまで増えると成長を止めるのだが、タニシのように藻類を食べる生物がいると、植物はがんばって繁殖しようとするので総量が増える。それをさらにタニシが食べる。こうしたサイクルを作るのがタニシの大きな機能の一つである。

タニシのいる環境では植物がどう成長するかという実験も行った
稲と同じように窒素を好むコナギを植えて、タニシのまったくいない容器と、6匹いる容器とで成長具合を比較した。

6_タニシ0匹(緑枠)と6匹(赤枠)の容器でコナギの成長を比較

緑枠:タニシ0匹、赤枠:6匹の容器でコナギの成長を比較(画像提供:佐藤智)

画像は左上から経過日数10日、40日、60日、80日と並ぶ。タニシのいる容器(赤枠)のほうが、コナギの色も大きさも生育がいいことがわかる。80日目(右下)にいたっては、タニシのいない容器のほうは一部コナギの葉が枯れていた。

稲作農家を悩ます問題の一つに、代かき後などに土壌の藻類が剥がれて水面に浮いてくる表層剥離がある。水面の藻類が繁殖すると、植えたばかりの苗を押し倒したり、水温を低下させたりするため、場合によっては除草剤を使用しなければならない。

田んぼにたくさんのタニシがいれば、そうした藻類も食べてくれる。しかも食べた藻類はフンとなって田んぼの中に堆積(たいせき)し、分解されて有機肥料となるのだ。

タニシの働き②:多様な生物の発生を促進

タニシが田んぼで果たすもう一つの重要な役割は、多様な生物の発生を促すというものである。つまり豊かでバランスの取れた生態系を作るということだ。

タニシの排せつ物が分解されて土壌が肥えると、藻類や雑草類の成長が促される。水中ではミジンコや魚、水上ではクモ、アブラムシ、鳥などの生育環境が整えられていく。

7_タニシの有無で動植物の発生量が変化

タニシの有無で動植物の発生量が変化(画像提供:佐藤智)

佐藤さんらの実験によれば、タニシのいる環境といない環境とでは、動植物の発生量に大きな違いが見られた。上の画像の左上「実験1:生息環境の遷移に及ぼす影響」にある2段組の表は、タニシがいない環境(上段)といる環境(下段)で、藻類や原生動物などの発生量を調べたものだ。タニシのいる環境のほうが、動植物が多く発生していることがわかる。ミジンコの発生量も同様だった。

ではなぜタニシがいると生態系が多様になるのか。

水中には動物プランクトンであるミジンコが生息していて、魚や虫など多くの生き物にとってのエサとなる。ミジンコがたくさんいる環境では、それを食べる生き物の種類も量も増える。

「ミジンコの発生量はタニシの影響を大きく受けるんです」と佐藤さんは言う。ミジンコにとっては水中の藻類や植物プランクトンなどがエサとなるわけだが、タニシがいるとそうしたエサを増やしてくれる。

つまり、タニシの排せつ物が有機堆肥となって植物の生育を促し、それをミジンコが食べて繁殖し、さらにミジンコを食べる魚や虫が増え、魚や虫を求めてさらに虫や鳥などが集まってくるという仕組みだ。

8_タニシを起点とした生態系の相関図(画像提供:佐藤智 *日本語訳は筆者追記)

タニシを起点とした生態系の相関図(画像提供:佐藤智)※日本語訳は筆者追記

生態系がバランス良く維持されていると、虫や藻類などの大量発生が防げるようになる。大量に繁殖しようとしても、それを食べる上位の虫や鳥などに食べられてしまうからだ。
「生態系の軸となる生物の一つがタニシなんです」と佐藤さんは言う。

「生態系エンジニアという言葉があって、自分が生きやすい環境を作る動植物をそう呼んでいます。タニシもまさにそういう生き物で、タニシが嫌がる環境を人間が作らない限り、田んぼに放り込めば勝手に増えて、稲の生育にも都合のいい生態系に整えていってくれるのです」

興味深いのは、ミジンコがいなくてタニシだけがいる環境だと、それはそれでいずれタニシも死んでしまうという。

「タニシがいると植物プランクトンが増えますが、植物プランクトンを食べるミジンコがそこにいないと、水質が悪化してタニシも生きられなくなります。ミジンコがいれば、植物プランクトンが爆発的に増えることもなくなるので、それぞれの生物が長く生きられるようになります。タニシも生態系の一部であり、他の生き物がいないと生きられないということです」(佐藤さん)

生態系が農業に及ぼす影響を有機農家に聞いた

有機農業の研究で佐藤さんと協力している地元の有機農家・菅原孝明(すがわら・たかあき)さんに話を聞いた。三川地域有機農業推進協議会会長である菅原さんは、約25年前から有機農業に取り組んでいる。

タニシのことは、佐藤さんから研究のことを聞いて興味を持ったという。
「タニシの老廃物が窒素を供給して田んぼにいい役割を果たしているという、佐藤先生の話を聞いて、面白いと思いました」。ベテランの有機農家の目にも、たしかにタニシが田んぼにもたらす効果は感じられたという。「タニシのいる田んぼの稲は、窒素成分が効いているように見えました。稲の姿を見て、窒素肥料を減らせそうだと感じましたね。あくまで感覚的なものですが」(菅原さん)

窒素成分が実際にどうなっているかは、これから佐藤さんと一緒にデータを取って実証していく予定だ。「感覚的なものだけでは間違っていることも多いですから」(菅原さん)

菅原さんが有機農業を始めた当初は、地域の農家から「虫が発生する」という批判を受けたこともあった。そこで行政の協力を得て、有機の田んぼと慣行の田んぼ、それぞれにどれだけの虫がいるのかという調査を3年間行った。
この地域で一番問題となるのは斑点米カメムシ類である。調査の結果、有機と慣行、両圃場で虫の量に違いは見られなかったという。

慣行栽培をしている農家の多くが、化学農薬を使わずに作物が育つのかという疑念を抱いてきた。有機栽培が市民権を得られるようになってきた現在でも、不安感から有機や無農薬に踏み出せない農家は多い。
そんな農家たちに向けて「大丈夫。有機はできる」と菅原さんは言う。感覚的なものだけではなく、調査を行ってデータを積み重ねてきたベテラン農家の自信に満ちた言葉だった。

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