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国内最低水準の生産コストへ──。スマート農業活用で見えてきたこととは

窪田 新之助

ライター:

国内最低水準の生産コストへ──。スマート農業活用で見えてきたこととは

宮城県東松島市の有限会社アグリードなるせは、スマート農業でコメの生産費を25%減らすことを狙った。目指したのは、1俵(60キロ)当たり7000円以下。結果として、その高い目標は移植栽培ではかなわなかったが、さまざまな先端技術を試してきたなかで見えてきたこともある。生産の低コスト化と省力化の手ごたえ、また誤算についても話を聞いた。

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地区の農地は余すことなく受託する

被災して残された宅地。アグリードなるせが耕している

アグリードなるせは、東松島市野蒜(のびる)地区にある農地を、条件の有利不利を問わず余すところなく守ることを使命にしている。なかには東日本大震災で住宅が津波にさらわれた跡地もある。被災した住民の多くは高台に移転しているため、宅地だけが点在して残っている。それらは、農地として活用しなければ荒れるだけなので、同社が耕作している。会長の安部俊郎(あべ・としろう)さんは「効率が悪くても、地域の景観を維持することが自分たちの役割」と主張する。

同社は、地域で耕作されない農地を引き受けながら、震災前に40ヘクタールだった経営面積を100ヘクタールにまで増やしてきた。ただし、安部さんは「これ以上は引き受けない」ときっぱり。野蒜地区以外から委託したいという声は届いているものの、「これ以上受託すれば、地元の農地の管理が追いつかない」からだ。

アグリードなるせの安部さん

もたもたしていられない

100ヘクタールのうち85ヘクタールでは主にコメと麦、大豆の2年3作体系、15ヘクタールではそこに飼料用の子実トウモロコシを入れた3年4作体系を組んでいる。安部さんは、現状の経営課題についてこう語る。

「経費を1円でも切り詰めると同時に、省力化を図ること。うちは一つの作物の収穫を終えたら、すぐに次の作物の播種(はしゅ)に移らなくてはいけないから、とにかくもたもたしていられないんです」

1俵の生産費を9300円から7000円以下にしたい

アグリードなるせのロボットトラクター

そこで導入したのがスマート農業だ。「スマート農業実証プロジェクト」に2019~20年度で採択され、稲作の低コスト化と省力化を目指すことにした。
同社の場合、プロジェクトを始める前年の生産費は9300円をわずかに切るくらいだった。2020年産で見た場合、全国平均は経営面積を問わなければ1俵当たり約1万5046円、50ヘクタール以上の階層に限れば約9245円である。全国平均よりは低く、50ヘクタール以上の経営体とはほぼ同等だったわけだが、「さらに削れるところは削りたいと思った」(安部さん)。

そこで目標として設定したのは、1俵当たりのコメの生産費を25%減らすこと。つまり1俵当たり7000円以下である。これは、国内でも最低水準であり、高い目標だ。

目標達成のために試すことにしたのは、大型農機では自動直進する田植え機とトラクターのほか、無人で走行するトラクターとコンバイン。ほかにはラジコン式除草機と田んぼの水管理の機器、ドローンといった管理作業向けの機器類である。

大型農機のうち、安部さんが高く評価するのは、自動で直進するトラクターだ。「辺りが暗くなっても、まっすぐ正確に走るからね。晴れの日だと、一日の作業の始まりと終わりは1時間でも2時間でも長く作業できるように引っ張りたいので、それができる技術として満足しています」

無人で走行するロボットトラクターは、条件付きで評価する。「圃場(ほじょう)間移動はできないし、毎回作業に入る前に外周を走行して田んぼの形状を覚えさせないといけない。それに、いまのところ有人機との協調作業が欠かせない。だから、ある程度広い田んぼでないと、なかなか効率化は望めないと思います。少なくとも1ヘクタール以上は必要ではないでしょうか」

管理作業で省力化できず、労働費削れず

以前から利用している無人ヘリ

一方、管理作業に必要な機器はどうだったか。安部さんは「あくまでもうちの場合における評価」と断ったうえで、次のように説明する。

ラジコン式除草機は「エアコンが効いた車内で操縦するだけなのはありがたい」。ただし、平場しか刈れないそうで、畦畔(けいはん)には対応できなかった。「うちは急傾斜の畦畔管理が多いので、その草刈りが大変。本当に苦しいところをやってくれる作業機であればいいけど」

スマートフォンのボタン一つで水門や給水栓を開閉できる装置にもいくつか難点があった。台風による豪雨で水没した際に故障したり、電波障害に弱かったりした。そのために見回りする回数は減らなかった。

ドローンについては、センシングによる圃場データ収集と農薬散布のために使う予定だった。誤算だったのは、農場の近くに航空自衛隊があることだ。ドローンを飛ばすにも高度で制限がかかり、センシングが難しかった。農薬散布についても住宅付近では使いにくく、結局は従来通り、住宅から離れた水田では自社で無人ヘリを飛ばすほか、住宅付近では動力噴霧器で対応した。

「できることはやってきた」と自信

以上の結果、コメの生産費はほぼ減らなかった。生産費に占める割合が大きい管理作業で省力化ができず、労務費が減らせなかったためとみている。
ただ、これは移植栽培での話。乾田直播(ちょくはん)では、反収で600キロ以上を挙げることで、1俵当たり7000円を達成できたことを付け加えておく。
安部さんは「できることはやってきた」と、これまでの努力の積み重ねに自信を持っている。生産費を減らすという意味では別の取り組みも始めているが、それはいずれまた紹介したい。

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