伝統品種の復活栽培から効率的な栽培へ
猪俣さんは2018年にも当媒体に登場している。親元で就農してキュウリとコメの生産を手掛けた後、自前のハウスを建ててキュウリを生産してきた。
2018年当時は、希少な伝統品種のキュウリを育てる農家として紹介されていた。その後曲折があり、猪俣さんが目下挑んでいるのはスマート農業を生かした効率的な栽培だ。
「当時は14アールでふつうのキュウリと伝統品種を栽培していました。ただ、伝統品種で一番売れる可能性のあった半白(はんじろ)キュウリ(半分が白っぽい色をしているキュウリ)の日持ちが悪く、輸送に向いていなかったんです。僕のようなキュウリだけを作る経営だと、ふつうのキュウリの反収を上げていくのがいいと身をもって学びました」
猪俣さんは伝統品種の栽培をやめ、ふつうのキュウリのみ栽培するようになった経緯をこう振り返る。

ふつうのキュウリの効率的な栽培にかじを切った(写真提供:猪俣太一)
規模拡大を見据えてハウスにシステム導入
2019年に新たにハウスを建て、面積は30アールまで広がった。新しいハウスには統合環境制御システムを導入した。光や温度、湿度、二酸化炭素濃度、養液など、さまざまな環境因子を統合的に制御するもので、宮崎県内のメーカーのシステムを使う。
システムの導入費は120万円ほどかかった。導入によって収量は20%ほど向上した。ただし、猪俣さんは統合環境制御システムについて「なくてもやっていけるんですよ。あったら絶対に収量が上がるわけではないし、なくても収量が上がる人もいるし。何を目標として導入するかがすごく重要なところ」と話す。導入を決めたのは、将来の規模拡大のためだ。
「将来1ヘクタールくらいは栽培したいので、そうなったときにすべてのハウスにこのシステムを導入しておけば、同じ時刻に水を流すといった管理がしやすくなるじゃないですか。1ヘクタールといっても、1カ所にまとまらずに5カ所くらいに分散するはずなので、そんな将来を見越して導入しました」
将来、法人化し社員を雇用することも考えている。

猪俣さんが生産したキュウリ(写真提供:猪俣太一)
資材費の高騰がネック
規模拡大を視野に入れている猪俣さんにとって足を引っ張るのが、資材費の値上がりだ。特に冬場のハウスの加温に欠かせない重油の値上がりが手痛い。
「1軒の農家で1万リットル、2万リットルといった量を使うのが、ここ2、3年は毎年リットル当たり10円とか20円値上がりしているので、それだけで10万円とか20万円の出費増。特に2021~22年にかけての冬はダメージが大きかったですね」(猪俣さん)
ハウスのビニールを二重にするといった、できる対策は講じているものの、どうしてもコストが高くついてしまう。段ボールや梱包材も値上がりしており「ここ2、3年であらゆる経費が上がっている」と猪俣さん。その反面、上がらないのがキュウリを含む野菜の価格だ。タマネギのように不作が原因で高騰する作物もあるが、多くの野菜は資材費が上がっても消費者価格は据え置かれたままだ。
「父親が若いころ、重油代は今の半額くらいだったと聞きます。それ以外の資材費も確実に上がっている中で、野菜の価格はむしろコロナ禍の影響もあって下がっていますね」
猪俣さんは規模拡大を近々に進めるのはリスクが伴うため、今はさらなる収量の改善を目指し、法人化のために経営の基盤を固めようとしている。
圃場を収穫ロボット開発の実験場に
スマート農業の技術開発にも協力している。やはり新富町に拠点を置くAGRIST(アグリスト)株式会社がキュウリの自動収穫ロボットを開発しているのだ。猪俣さんいわく「アドバイザーのような立場」で、圃場(ほじょう)を開発のための実験の場として提供してきた。同社は今では茨城県つくば市にも研究拠点を設け、開発を続けている。
「早くロボットができて、実際の圃場で実証することで『これくらいの効果がある』と分かるようになってほしい。今は農家にどこまでの恩恵があるのか、どんなデメリットがあるのかまだ分からない状態ですが、メリットが生まれると信じて開発に協力しています」(猪俣さん)

AGRIST株式会社のメンバーと猪俣さん(左)
猪俣さんは34歳と若手ながら、新富町の認定農業者の一部でつくる新富町認定農業者連絡協議会の会長を務める。会員の平均年齢は60歳を超えている。本来なら農家の中でも年齢が高い重鎮が就く役職に町内きっての若手が選ばれたのは、町の農業を引っ張る存在として期待されているからだ。
「僕たちが儲かる農業を実現することで、子どもたちが農業をやりたいと思えるような環境を作りたい」
猪俣さんはこう意気込んでいる。