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2度の休職を経て農的な暮らしへ。実践者が語る半農半Xのリアル【ゼロからはじめる独立農家#37】

西田 栄喜

ライター:

連載企画:ゼロからはじめる独立農家

2度の休職を経て農的な暮らしへ。実践者が語る半農半Xのリアル【ゼロからはじめる独立農家#37】

「半農半X」という言葉が生まれて約20年。農的な暮らしに興味のある人なら一度は聞いたことがあると思いますが、実際にはどのように農業に取り組み、どんな生活をしているのかなど、イメージがわかないことも多いのではないでしょうか。今回は半農半Xの実践者に話を聞き、そのリアルに迫ります。

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■福島だいすけ(ふくしま・だいすけ)さんプロフィール

イベント事業などを扱う企業で、吉本興業や名古屋テレビなどのイベント・WEBを活用したファンマーケティング事業を担当。退職に伴い埼玉県比企郡ときがわ町へ移住し、ゆとりある暮らしを実践。現在はときがわ町観光協会事務局長、埼玉新聞タウン記者、埼玉トカイナカ新聞編集長などを兼任。2018年8月より古民家を改修してインバウンド向けの宿泊事業を開始。レンタル撮影スタジオとしても活用している。

2度の休職きっかけに、違う人生へ踏み出す

「半農半X」とは、2003年7月に発行された「半農半Xという生き方」の著者である塩見直紀(しおみ・なおき)さんにより提唱された言葉。半自給的な農業と自身のやりたい仕事(X)を両立させる生き方のことです。

福島さんは音声SNSのClubhouse(クラブハウス)で塩見さん公認の「半農半Xroom(ルーム)」を立ち上げ、私がそこに参加したことでご縁ができました。現在も半農半Xを実践する福島さんに、そのキッカケとリアルな事情について聞いていきます。

西田(筆者)

プロフィールだけでもかなり渋滞してますが(笑)、まずは半農半Xを実践するに至った経緯を教えてください。
もともと都内でイベントを活用したファンマーケティングやメディアミックス事業を展開している一部上場企業に勤めていました。そこでの激務の中、ストレスで入退院を繰り返し2度の休職を経験しました。
そんな時にたまたま訪れた古民家カフェのマスターからすすめられた本が「半農半Xという生き方」(ちくま文庫)でした。読んでいくうちに、農の安心感や柔軟さに触れ、こんな世界もあるんだと感じました。実際に行動に移すきっかけとなったのは、そのマスターが次に貸してくれた「減速して自由に生きる ─ダウンシフターズ」(ちくま文庫)という本です。それを読んだら違う人生に踏み出せそうな気になりました。 

福島さん

西田(筆者)

著者の髙坂勝(こうさか・まさる)さんは私の友人でもあり、「減速して自由に生きる」の本の中にも我が菜園生活 風来(ふうらい)のミニマム主義のことが取り上げられています。そこにも縁を感じますが、本との出会いをきっかけに、どのように半農半Xの道へと足を踏み入れたのでしょうか。

「減速して自由に生きる」では、髙坂さんの悩みや弱さも書かれていて、とても共感できました。また当時は「たまにはTSUKI(つき)でも眺めましょ」というオーガニックバーを髙坂さんが開かれていて、直接会って話もできたのが大きかったです。
現在、髙坂さんはバーはたたみ、千葉県の匝瑳(そうさ)市で自給的暮らしを推奨するNPO法人SOSA Project(ソーサ・プロジェクト)を創設し運営しているのですが、このコミュニティーがとてもいい雰囲気で、こんな生き方がしたいと実践する勇気をもらいました。

福島さん


 

今は幻となった伝説のオーガニックバー「たまにはTSUKIでも眺めましょ」

西田(筆者)

気になるのは所得の部分ですが、それまでの仕事はどうしたのでしょうか? また実際に踏み出せたのはなぜだと思いますか?
2度目の休職中にそのまま退職したのですが、その会社から独立した元同僚に仕事を手伝ってくれないかと誘われ、リハビリを兼ねて少しづつマーケティングの仕事に復帰していきました。また前職でお付き合いのあった会社から、直接やってくれないかと依頼も来て。以前ほどの収入はありませんが、直接発注ということで経営効率も良く自由も利くようになり、半農半Xの実践に踏み出せました。
幼少時代は裕福な家庭ではなく、お金がなかったことで、できないことも多々ありました。そんな経験から稼げるようになりたいと頑張ってきて、実際に都心に住み、一部上場企業で思った以上の収入を得ることもできました。ですが、それは本当に心の奥底で望んでいたことではなかったんだということに、体を壊してやっと気づきました。

福島さん

西田(筆者)

病気は大変なことだったと思いますが、現代社会のある意味“上の世界”を見られたからこそ、その限界が見えて踏み切ることができたのかもしれませんね。それでは実際どのように農業を始めたのか、半農半Xを実践しているのかを聞きたいと思います。

マーケティングの知識を生かして養鶏に挑戦

委託の仕事をしながら、まず農のことを知ろうと埼玉県比企郡小川町にある有機農業の研修課程へ通いました。その学校のご縁で、埼玉県中部の比企郡ときがわ町にある7LDK古民家を紹介されて購入しました。その庭で家庭菜園を始め、今も野菜を育てています。
そんな時に民泊の法律が変わり、その古民家を利用したインバウンド向けの民宿を勧められ、やってみたところたくさんのお客さんが来てくれました。以前、外資系の会社に勤めていたことで、言葉的に躊躇(ちゅうちょ)がなくできたのが良かったと思います。

そうこうしている間にコロナ禍になり、インバウンドのお客さんが全く来なくなりました。そんな時に山の方で養鶏をされていた方に声をかけていただき、養鶏をすることになったんです。これが農業への本格スタートです。

ときがわ町は有機野菜を育てている人が多かったのですが、卵と交換となるとみんな目を輝かせて、こんなにもくれるのかというくらい野菜をくれました。そこで農家さんとのネットワークも広がりました。卵の販売はマーケティングの知識を生かしてかなり順調でした。

ただ、その後、鶏舎のある土地から撤退しないといけなくなってしまって……。代替地を探したのですが、なかなか難しく養鶏継続は断念しました。このことで借地の難しさを思い知りました。

福島さん

西田(筆者)

そうでしたか。はたから見てると順風満帆と思えていたのですが、大変だったんですね。コロナ禍でインバウンド客も激減し、養鶏も撤退せざるを得ない状況の中、どうしたのですか?
大変なこともありますが、地域の方とはおおむねいい感じでお付き合いしていて、現在ときがわ町観光協会の事務局長をしているのも受け入れてもらえているからだと思っています。家を購入しているというのも大きい気がします。

インバウンド客はほぼゼロになりましたが、ある時に「古民家を撮影場所として使わせてもらいたい」というオファーがあり貸し出したところ、来られたのがコスプレイヤー。話を聞くとかなりの可能性があると感じ、コスプレイヤーの利用を中心とした撮影スタジオとして、住んでいる古民家と購入した河原を開放しています。

これがかなり好評で、こちらとしても宿泊より気を使うことなく、またきれいに使ってくれるので、収益性も良く大変助かっています。

福島さん

福島さんが運営している古民家撮影スタジオ

西田(筆者)

その切り替え、そして行動力がすごいですね。実際に撮影スタジオとしてのレビューを見てもかなり高評価が見受けられました。その実行力、そして人気の要因などを教えてください。
気をつけているのが期待値調整です。あまり過度な期待はさせない。でも実際に来られたら期待以上のことはする。そのことで好印象が得られリピートにもつながりますし、口コミで広がります。
あとこれからは個体差ケアができる人が残れると思ってます。それぞれの人が何を求めているかを考え、細かく対応する。これは大規模なところでは難しい。期待値調整と個体差ケアができれば、どんなにまねをされても大丈夫だと思っています。

あと続けていけるコツは、自分にとって「快」の方に流されること。西田さんが普段言う「継続にはワクワクが必要」に近いのですが、ワクワクと言うと前向きというニュアンスがありますよね。人によっては挑戦することが「快」なこともあるし、何もせずのんびりするのが「快」の人もいると思います。他人の価値観に合わせず、自分の気持ちいい方向へすすめばいいと思います。

農の部分では現在家庭菜園ぐらいしか行っていませんが、農家のマーケティングをお手伝いすることで野菜のおすそわけをたくさんもらっています。また一度養鶏を実践したことで、いつでもできる自信もありますし、いざという時も物々交換、物と知恵の交換もでき、食べるのに困らないなという確信がもてました。この安心感こそ半農半Xだと思います。

福島さん

半農半Xの未来

西田(筆者)

実践したからこそ感じている半農半X、そしてこれからの半農半Xの未来について聞かせてください。
半農半Xという言葉はとてもキャッチーだと思います。Clubhouseでも「ダウンシフターroom」という名前だとあまり人は集まりませんでした。まずは半農半Xを入り口として、それから深く考えてもらえればと思います。

福島さん

西田(筆者)

半農半Xにおいて農は自給自足の部分だと分かるけど、やりがいのXの部分に悩んでいる人も多いなという印象があります。でも農家としては、命の元である食を育てていることで十分やりがいや生きがいにもなると感じています。なのでXを志のあることや立派なことをしなければならないとは捉えず、気持ち良く農的暮らしをするために現金を稼ぐといった考えもあっていいように思います。

食という現物があることは安心感に直結する

Clubhouseでの「半農半Xroom」が目指したのは、デジタル版の「たまにはTSUKIでも眺めましょ」です。価値観が合う人が集まることで化学反応が起こる場所。たとえばコーヒーの苗を販売しながら田んぼをやっている人、自給型ヒーリング宿を始めた人、農Tuberなど、たくさんの人と出会えました。
半農半Xの農をもっと広い意味に捉え、衣・食・住・エネルギー・医療の自給など、真の意味での生活力を現物で得る手段と考えると幅が広がると思います。

福島さん

ここにきて、日本でも働き方改革、副業推進などと叫ばれ始め、ようやく半農半Xに時代が追いついてきた気がします。個人的には農を生活に取り入れることでとても安心感が得られると思っています。専業農家になるにはハードルが高いですが、半農半Xという考え方を取り入れ気軽にやってみる。福島さんの話を聞き、行動する大切さをあらためて感じました。

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