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農村にプライバシーはない⁉ 個人情報ダダ漏れる異世界の謎【転生レベル4】

平松 ケン

ライター:

連載企画:就農≒異世界転生?

農村にプライバシーはない⁉ 個人情報ダダ漏れる異世界の謎【転生レベル4】

実家近くの農村で新規就農を果たしたものの、農村という異世界でそのルールにもまれながら、妻と二人の子供と一緒に暮らし始めた僕。しかし、異世界ルールはまたもや僕に襲い掛かる! 社会では保護されて当然と思っていた個人情報やプライバシーが、なぜかこの異世界ではダダ漏れに⁈ 僕はこの異世界で精神的ショックとも戦う羽目になったのだ。さて僕の異世界への挑戦はどうなるのか……!

本記事は筆者の実体験に基づく半分フィクションの物語だ。モデルとなった方々に迷惑をかけないため、文中に登場する人物は全員仮名、エピソードの詳細については多少調整してお届けする。
読者の皆さんには、以上を念頭に読み進めていただければ幸いだ。

前回までのあらすじ

前回、「懇親会は夫婦で参加が絶対!」という異世界ルールに抗えず、しかたなく子連れで参加した結果、地域の先輩農家から大変な顰蹙(ひんしゅく)を買った新規就農者の僕、平松ケン。しかし、異世界ルールを守ろうとするといろいろと不都合があることも、この農村のラスボス・徳川さんのはからいで周囲に理解してもらえるようになり、どうにか地域になじめてきた。

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ところが、これまでの農村の外での社会人生活の常識が通用しない出来事が、再び僕の前に現れたのである。

初対面の人が僕の全てを知っている?

ある日、いつものように畑で作業をしていると、見知らぬ高齢の男性が畑のそばを通りかかった。身なりからして、どうやらこの地域の農家らしい。先日の部会の懇親会では見かけていないので、別の作物を作っている人のようだ。

「どうも、朝早くから精が出るねぇ」
男性は畑の脇に立って笑顔で親しげに話しかけてくる。どなたですか、と聞くわけにもいかず
「ありがとうございます。新人なんで、皆さんよりも要領が悪くて……」
当たり障りのない返事をすると、思いがけない言葉が返ってきた。

「そういえば平松くん、娘さんが来年、今川保育園に行くらしいね」 
え? 僕の名前を知っているだけでなく、娘のことも知っている? 返事に窮して
「あ……まあ、はい」
と小さな声で答えると
「そりゃかわいいだろうね。じゃあ、頑張ってね!」
と少しの悪意も感じさせない満面の笑みを残して去っていった。僕は戸惑いながら「……ありがとうございます」と彼の背中に答えるだけだった。

どこかでお会いしたっけ? 一生懸命に記憶をたどったが思い出せない。全くの初対面なのに、何で僕に娘がいて、しかも来年保育園に行くことを知っているんだろう。

僕はもやもやしながらも、いつの間にか作業に没頭してしまっていたらしい。もうお昼の時間が近づいていた。
午前の作業を終え、食事を取りに自宅へ戻ろうとしていたところ、また知らない男性が寄ってきた。

見たところ年齢は50歳くらいか。つなぎを見ると「黒田農機」と刺繍してある。どうやら農機具屋さんのようだ。

「どうも、おたくが平松さんですか。黒田です。いつも徳川さんにはお世話になってまして」

つなぎの男性

イメージ画像

そういえば徳川さんが言っていたな。この地域の農家は、この黒田農機で機械を購入している人が多いらしい。徳川さんに話を聞いて、僕のところに挨拶に来たようだ。

僕は帽子を取って頭を下げた。
「初めまして、お世話になります。平松です」
すると黒田さんは、僕が顔を上げきる前に

「平松さんは江戸大学を出たんだって? すごいねぇ」
と、僕の出身大学を口にした。僕は息をのんでしばし絶句した後、
「……まあ……農学部とかじゃないんで、農業は全くの素人で」
と的外れな返答をして話をそらそうとしたのだが、さらに黒田さんは続ける。
「しかも、以前は毛利物産に勤めていたらしいじゃない?」
今度は僕の前職まで? 知らない人がそんなことを知っているってどういうことだろうか。
「はあ……」
僕はもう笑顔をキープするので精一杯だった。
「徳川さんも期待しているみたいだから、頑張ってくださいね。何かあったらいつでも声を掛けてください」
「……ありがとうございます、よろしくお願いします」
黒田さんは悠然と去っていったが、僕はショックでしばらくその場に立ち尽くしていた。

昼食を取った後に戻ると、今度はスーツ姿の年配の男性が畑を見まわしながら立っていた。僕が「こんにちは」と挨拶すると、すかさず胸ポケットから名刺を差し出してきた。
「いつもお世話になっております。細川食品と申します」

名刺を差し出す男性

イメージ画像

細川食品といえばうちの農家グループの取引先だ。
「ご丁寧にありがとうございます。新人の平松です」
僕は名刺を受け取りながら頭を下げた。

男性は、僕の畑を見ながら続ける。
「結構な広さがありますね。これから大変ですね。頑張ってください」
「ありがとうございます。ご期待に添えるように頑張ります!」
取引相手なのでやる気を見せようと、僕は新人らしく元気に返事をした。しかし、相手から返って来たのは、またもや意外な言葉だった。
「それにしても、毛利物産にいらっしゃったなんて、うらやましい。年収1000万円もあったんですって? そこから農業の世界に飛び込んでくるなんて、サラリーマンの方がよかったんじゃないですか?」
今度は年収まで? 彼の口調は本当にうらやましいと思っている感じではあった。しかし、こんなプライベートなことまで知られていると思うと、 嫌になる。
「いやいや……、そんなことはないですよ。ちゃんと農業で家族を養えるように頑張ります! もう作業に戻らないといけないので、すみません」
これ以上話をしていると、僕の不愉快な気持ちが相手に伝わってしまいそうなので、早く会話を切り上げようと、忙しいふりをした。
細川食品さんは「お邪魔してすみません。ではまた」と、すぐに社用車に乗り込んだ。
僕は男性が運転する車を見送りながら、もやっとした気持ちを抑えきれずにいた。

移住者かつ新規就農者ともなれば、どうしても地域で目立つ存在になる。何かと噂にもなりやすいだろう。それは、農機具の貸し借りの時に学んだはずだったが、「なんでだよ! 個人情報ダダ漏れじゃん!」と叫びたい気持ちになった。

個人情報漏洩の犯人は?

履歴書

イメージ画像

「僕の個人情報は、どこから漏れているんだ?」

僕の履歴書を見たのは、就農の時にお世話になった徳川さんと、自治体の窓口の人など数人しかいない。さすがに、行政の人が個人情報を漏らしているとは考えにくい。犯人はやはり……。

僕は、徳川さんにそれとなく聞いてみることにした。

翌朝、徳川さんが管理する畑に向かうと、鍬で熱心に畝を立てている姿が見えた。どうやら野菜の苗を定植するところらしい。

「おはようございます、徳川さん!」
「おお! ケンか。朝早くからご苦労さんだな」

額の汗をぬぐいながら笑顔を見せる徳川さん。僕は、昨日の出来事を振り返りながら話し始めた。

農作業中の徳川さんイメージ

イメージ画像

「昨日、いろんな方がうちの畑にお見えになったんですけど、初対面なのに、僕のことをよく知っている人ばかりで……」

そう話すと、徳川さんは得意げな笑みを浮かべた。
「そうだろそうだろ。俺がみんなにケンに声かけてやってくれって言っておいたから」
「……そうだったんですね、ありがとうございます。でも、娘のことまでご存知だったんで驚いちゃって」
「俺らは家族みたいなもんだからな。みんなにケンのことを話しておいてやったよ! いい大学も出てるし、立派な会社にも勤めてたし、かわいい子供もいるから、ちゃんとした信用できるやつだって」

やっぱり犯人はこの人だったのか……。
でも、徳川さんの話しぶりからは、全く悪気がなく、むしろ「いいことをしてやっただろ?」という雰囲気が伝わってくる。どうやら、本当に良かれと思って僕の個人情報を周囲の人に話したようだ。
僕はとても「僕の個人情報について話すのはやめてください」とは言い出せなかった。

農村という異世界での個人情報の扱いとは

「他人の個人情報を漏らすのは罪」

確かにそういう時代だが、杓子定規に「個人情報を漏らすのはダメ」という態度を取るのは、農村では到底通用しなさそうだ。「ここは異世界。常識が違うんだ」と自分に言い聞かせるしかない。でも、この状態でずっと生きていくのは、辛いものがある。

問題が厄介なのは「漏らしている側に悪意がないこと」。同じ地域に住む人は「家族同然だからお互いのことを知りたい」と考え、「仲良くするための情報共有」をしているだけで、個人情報を漏らしているという意識はない。だから「やめてください」とも言いにくい。

その後も知らない人が僕の個人情報を口にするような状況に何度も出くわした。そして、僕自身はほとんど何も話していないにもかかわらず、細かな家族構成から出身高校、中学などなど、僕についてのあらゆることをみんなが知るようになった。丸裸にされたような気持でどうすればいいのかと悩みつつも、解決策がないまま、時間が過ぎていった。
しかし、1年ほど経った頃には、地域の農家やその周辺の人たちのほとんどと顔見知りになり、初対面の人が僕の個人情報を話題にして声をかけてくるようなことはほぼなくなった。

どうやら個人情報が漏れ出す範囲は、地域の農家と関係者、同じ町内の人ぐらいまでのようだ。しかも、構成員は高齢者がほとんどであるため、インターネットで情報が拡散されるような心配は、限りなく低い。SNSに僕の個人情報が晒されるといった「今どきの情報拡散」の危険性はほぼないといって良さそうだ。

「個人情報ダダ漏れ問題」は根本的に解決したわけではない。それでも、小さな農村全体に情報が広まりきったおかげで、その後の拡散の心配がなくなり、ひとまず一件落着となった。

レベル4の獲得スキル

「農村では個人情報は必ず漏れる。その前提で生活すべし!」

一般社会では「個人情報は保護されて当然」である。本人の承諾なく個人情報を漏らすようなことがあれば、プライバシーの侵害だ。ただ、農村という異世界では、こうした杓子定規な態度を取っていると、馴染むのは難しいと言わざるを得ない。地域で暮らす人たちは「家族同然」であり、互いの情報を共有することが「善」「良いこと」とされている部分があるからだ。

高齢者が集まる地域では、そもそも「個人情報保護」という概念すら浸透していない。だから、どこから情報が漏れるか分からない、むしろ「漏れて当然」という態度で接するのが正解だ。そのうえで、どうしても知られたくない情報があれば、誰にも話さず伏せておくのが賢明だろう。

諦めるしかない部分が多いが、最近、異世界も徐々に変わりつつある。世代交代が進み、年数を重ねるごとに「プライバシーには立ち入らない」という雰囲気が漂い始めてきたのだ。僕と同じ40代くらいの農家では、そのあたりをわきまえている人が多数派である。もうしばらく我慢すれば、異世界も大きく変わりそうである。

思いがけない「個人情報ダダ漏れ問題」は、これ以上広がる心配がなくなり、ひとまず安心だろう。引き続き「異世界」で孤軍奮闘する僕だったが、徐々に明るい兆しも見え始めてきた。この世界で「心強い仲間たち」を手に入れたのである……【つづく】

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