「農業法人」とは?
農業法人とは、農業を営む法人全般を指す言葉です。農業法人は学校法人や医療法人などのように法的に定められている言葉ではなく、農業を営んでいる法人に対して任意で使われます。
法人とは、法律によって人と同様の権利や義務を持つことを認められた組織のこと。法人として農業を営む場合、その法人形態は「会社法人」と「農事組合法人」の2つに大きく分けられます。また、後述しますが、そのうち農地を持てるのは「農地所有適格法人」に限られます。
「会社法人」と「農事組合法人」の違いとは?
会社法人と農事組合法人は、まず根拠となる法律が別で、目的も異なってきます。会社法人は会社法に基づき、農事組合法人は農業協同組合法に基づきます。
「会社法人」について
会社法人とは、利益を出すことを目的とする法人のことです。
会社という言葉から一般的にイメージされる株式会社をはじめ、合同会社、合資会社などがこれに当たります。なお、2006年以前に設立されていた有限会社(現在の特例有限会社)もこれに含まれますが、現在、有限会社を新設することはできません。
事業 |
制限なし (後述する農地所有適格法人の場合は農業・農業関連事業が売上高の過半を占めていること) |
社員 | 1人以上(合資会社のみ2人以上) |
「農事組合法人」について
農事組合法人は農業生産の協業を図る法人です。組合員は原則として農家です。組合員の協業によって利益を増やしていくことが目的とされています。
農事組合法人は、事業内容によって2種類に分かれます。
事業 |
・共同利用施設の設置、農作業の共同化に関する事業を行う法人(1号法人) ・農業を経営する法人(2号法人) |
組合員 | 農民3人以上 |
「農地所有適格法人」とは?
農業法人であれば、農地が持てるわけではありません。水稲や野菜を育てるためなどの農地を持つためには、一定の要件を満たさなければならず、その要件を満たした法人を「農地所有適格法人」といいます。
農地所有適格法人でなければ農地の売買ができず、これは会社法人でも農事組合法人でも同じです。一方、農地を借りて農業を営む場合には農地所有適格法人以外の法人でも可能です。
農地の売買・借り入れには、農地のある市町村農業委員会から許可を受ける必要がありますので留意しましょう。また、農地を買うと登録免許税や不動産取得税が生じます。ただし、農用地利用集積計画による農地の取得には、それぞれ税率の軽減措置や課税の減額措置があります。
「農地所有適格法人の要件」について
農地所有適格法人と認められるには、いくつかの要件があります。
まず基本的な要件として、農地の全てを効率的に利用し、一定の面積を経営していること、そして周辺の農地利用に支障がないことです。面積は原則50アール(北海道は2ヘクタール)以上です。
そのうえで法人形態や事業内容などの要件を満たす必要があります。その後、実際に農地を取得するために、取得申請を行うことになります。
法人形態 | ・株式会社(公開会社でないもの)、合名会社、合資会社、合同会社 ・農事組合法人 |
事業内容 | 農業およびその事業に関連する事業の合計売上高が売上高全体の過半を占めていること |
議決権 | 農業関係者が総議決権の過半を占めること |
役員 | ・ 役員の過半が農業に常時従事する構成員であること ・ 役員または重要な使用人が1人以上農作業に従事すること |
基本的な要件 |
・農地の全てを効率的に利用すること ・一定の面積を経営していること(原則50アール、北海道は2ヘクタール以上) ・周辺の農地利用に支障がないこと |
この農地所有適格法人の要件から、例えば「新たに農地を取得して農業を営む株式会社を作ろう」と考えて法人を設立する際には、定款の「主たる事業」は農業や農業関連事業となるように定めるなどの留意点があることに注意しましょう。
「その他の農業法人」もある
農業法人の中には、農地所有適格法人でない、その他の農業法人もあります。
養鶏や養豚などの畜産や、山林での原木シイタケなどの栽培、敷地をコンクリートなどで地固めしたうえでのイチゴやトマトの水耕栽培などの施設型栽培などでは、農地を利用しないため、農地所有適格法人でない農業法人でも農業を営むことが可能です。
また、先述のとおり、農地を貸借した場合にも、その他の農業法人でも農業を行うことができます。
農地所有適格法人数の推移について
農地所有適格法人は年々、増加しています。その背景として、まず2009年に農地法が抜本改正(同年施行)され、会社法人の貸借での参入規制が緩和されたことや、農地取得の下限面積が実質自由化されたことが挙げられます。その後さらに、2015年の同法の改正(2016年施行)により、農地を所有できる法人の要件が緩和されました。こうしたことから、特に、農地所有適格法人となる株式会社が増加しています。
2000年には5889社だった農地所有適格法人は、2021年時点で2万45社となっています。
個人経営農家が法人化するメリット5選
個人経営農家の法人化には、経営上のメリットがあります。そのうち、代表的なものについて紹介していきましょう。
経営管理能力や対外信用力の向上
法人化により、個人事業主では一緒になりがちだった家計と経営が分離されます。ドンブリ勘定ではいられず、事業を営んでいることを強く意識することになるでしょう。財務諸表の作成が義務化されますし、経営の視点で事業を見ることになります。
財務状況の管理により、金融機関や取引先からの信用も増します。
また、事業の継続性のうえでも、一般的に個人よりも法人のほうが信用は高く、個人では取引できなかった相手でも、法人化により取引が可能となるケースもあります。
労働環境の改善や人材の確保と育成
法人化は、経営者だけでなく、従業員にとってもメリットが大きいと言えます。
社会保険、労働保険の適用や、労働時間などの就業規則の整備、給与制の実施など、就業条件の明確化や福利厚生の充実は、従業員にとって安心して働ける労働環境にほかなりません。
これらは人材の確保の点でも、有利に働きます。そもそも求職者にとっては、個人よりも会社などの法人のもとで働くことに安心感を覚える人が多いため、法人化は採用にもメリットがあります。安心できる労働環境なら、長く働いてもらえますし、ノウハウの蓄積や、ベテランから若手への教育といった、人材育成の面でも強みになります。
税制上でのさまざまな優遇措置を受けられる
法人税の適用
個人事業主の場合、課税される所得金額に対して5%から最大45%の所得税がかかります。対して、法人税は基本的には定率で20%程度。売り上げによっては、税負担が軽減されるでしょう。
役員報酬や退職金の扱い
法人の場合、役員報酬は給与所得控除の対象となります。また、使用人兼務役員賞与や退職給与を損金算入することができます。例えば、一緒に働く家族について、役員と定めたりすることなどで、こうしたメリットを受けられることもあるでしょう。
欠損金の繰り越し
個人事業主は欠損金(赤字)を3年間しか繰り越せませんが、2022年現在、法人では10年間の繰り越しが可能です(いずれも青色申告をしている場合)。
農業経営基盤強化準備金制度の活用
農地や農業機械などの取得には、農業経営基盤強化準備金制度の活用を検討することも一案でしょう。経営所得安定対策などの交付金を農業経営基盤強化準備金として積み立てた場合、その額を損金に算入できます。ただし、青色申告を行うことや、人・農地プランの中心経営体の認定農業者などであることなどの要件があるため、制度の活用には最新情報を確認しましょう。
融資限度額が拡大され補助金の交付が受けやすくなる
法人化は融資を受けるうえでもメリットがあります。「農業経営基盤強化資金(スーパーL資金)」の貸付限度額が、個人では3億円(複数部門経営は6億円)に対して、法人では10億円(一定の場合30億円)に拡大します。
スーパーL資金は、農地や農業機械、施設の取得から、果樹の新植・改植費用、家畜の育成費、経営安定の資金など使い道が広いことに特徴があります。
事業承継を円滑に進められる
後継者候補が広がる
個人事業主の場合は、子どもやその他の親類などへの親族内継承が主となります。しかし、子どもが既に他の仕事に就いていると、「すぐに農業を引き継ぐよ」という話にはなりにくいでしょう。農業法人であれば、構成員や従業員から、意欲や能力のある後継者に農業を引き継ぐことも可能となります。また、M&Aなど、他社への事業承継も選択肢になり得るでしょう。
資産などの引き継ぎが容易
個人から個人へと事業を引き継ぐ際には、個人名義での取引や契約の締結のため、事業承継に伴う資産や契約関係の手続きが煩雑になりがちです。例えばトラクター一つとっても名義変更の手間が生じます。
農業法人なら、法人名義での取引や契約となるため、代表者が交代しても、そのまま継続することが可能でしょう。
押さえておくべき! 法人化するデメリット
メリットと裏腹に、法人化にはデメリットもあります。法人化の検討の際には、きちんと押さえておくことが重要です。
所得の少ない場合は税負担が大きくなる可能性がある
法人化をしても税負担が軽減されるとは限りません。もし所得が少ない場合は、それまで負担していた所得税よりも、法人税などの税負担が大きくなることもあり得ます。
また、個人事業主では赤字経営になれば所得税や住民税を負担することはありません。しかし法人になると、赤字の場合でも、法人住民税の均等割を支払うことになります。
会計処理が複雑化し、手間が増えてしまう
財務諸表の作成が義務化されるため、それまで財務諸表を作成していなければ、新しく取り組まなければならず負担にも感じることでしょう。一方、自分なりに財務諸表を作っていたとしても、法人になると企業会計ルールにのっとるために、従来のやり方を改めなければならないこともあり得ます。または、農業特有の複雑な勘定科目に悩まされるかもしれません。
こうした課題を解消する方法としては、農業専用の会計ソフトの導入を検討してもよいでしょう。または費用はかかりますが、税理士などの専門家に、決算だけでなく、月々の会計処理を依頼するというのも一つの手段です。
法人設立費用や運営管理・維持費などが必要
法人化には設立費用が発生します。後述しますが、株式会社であれば、定款の作成と公証人による認証、設立登記などを行う必要があります。そのため株式会社の設立費用は最低でも約25万円程度です。なお、電子定款の場合は印紙代の4万円分、安くなります。
また、設立されてからも、法人としての事務所を借りれば、その家賃も発生します。運営管理・維持費についても、どの程度かかるかをあらかじめ想定する必要があるでしょう。
社会保険料の負担が増える
社会保険料の負担も法人にとっては大事なポイントです。
まず、従業員の健康保険と厚生年金保険は強制適用されます。これらの保険料を法人と従業員で折半して負担します。また、従業員が1人以上いれば、労災保険と雇用保険も強制適用されます。法人は、労災保険の保険料の全額と、雇用保険の保険料の約2/3を負担します。
しかし、これらはデメリットというよりは、従業員が安心して働くために必要な、法人の責任だと捉えるべきでしょう。
一度設立すると簡単に解散・廃止することが難しい
法人は、事業を終えようと解散や廃止を考えても、すぐにできるわけではありません。
解散登記や、財産処理のための清算手続きなどを行ったうえで、会社は消滅します。一定の期間がかかることを念頭に置かなければなりません。
逆に捉えれば、解散・廃止の難しさが、法人の事業継続性に対する、取引先からの信用にもつながっているとも言えます。
何が必要? 農業法人設立の手順について
事前準備~発起人会の開催
農業法人を設立するには、いくつかの手順を踏むことになります。以下、主に株式会社の設立手順を例に説明します。
「農業法人を作ろう!」と決意をしたなら、実際にどんな農業法人にするかを整理しなければなりません。
まずは基本的事項を決める必要があります。
第一には、どんな法人形態が適しているかを検討しましょう。家族経営だった場合は株式会社にすることが多いですが、仲間たちと法人化を目指したり、集落営農を法人化する場合には農事組合法人も選択肢になります。
次にどんな商号(法人名)にするか、資本金はいくらにするか、事業内容はどうするか、なども検討します。同じ商号の会社が同じ本店所在地に既にあると登記ができないため、法務局で事前に調べておきます。
これらの基本的事項が決まったら、発起人会を開き、決定事項を発起人会議事録に記して、発起人全員が押印します。
定款の作成・認証
会社の言わば“憲法”とも言えるものが定款です。必ず書かなければいけない5つの絶対的記載事項(目的、商号、本店所在地、出資財産の価額またはその最低額、発起人の氏名または名称と住所)のほか、法的には記載不要ですが記載しないとその効力が認められない相対的記載事項(発行可能株式総数など)を書きます。農地を取得する株式会社は、株式の譲渡制限の定めも必要です。
定款作成には、基本的な書き方がありますので、日本公証人連合会のホームページなどを必要に応じて参考にするほか、中小企業診断士、司法書士などの専門家のアドバイスを受けることも良いでしょう。
定款が出来上がったら、公証人役場にて認証を受けます。
出資の履行~設立時役員の選任・就任
発起人は、出資金を金融機関へ払い込みます。その後、設立時取締役など設立時役員を選任し、発起人の議決権の過半数をもって決定します。
設立登記~諸官庁への届け出
法務局へ設立登記を申請します。株式会社設立登記申請書や定款、取締役の印鑑証明書などの必要書類があり、定款内容により異なります。詳しくは、法務局や司法書士に相談しましょう。
登記が完了すれば、法人は無事、設立となります。ただし、これで全ての手続きが終わるわけではありません。税務署や年金事務所、市町村役場など、諸官庁への届け出があります。
さらに詳しい流れなど、農林水産省のホームページにも紹介されています。
失敗しないために! 農業法人を設立する際の注意点
農業法人の設立は多くの人にとって、慣れた作業ではないはずです。定款の内容や、事業の目的などは、その後の経営に大きく関わってきますし、設立時に注意しておきたいこともあります。
経営上必須になる事務作業の対応方法を考えよう
個人事業主から農業法人になると、財務諸表の作成など、事務作業が増えることは覚悟しておいたほうが良いでしょう。経営者にとっては、それまで農作業に割いていた時間が減ることになるかもしれません。
事務作業の軽減には、近年のDX(デジタルトランスフォーメーション。デジタルによる変革のこと)を踏まえ、会計ソフトの導入は一般的です。また、専門家への依頼など、アウトソーシングすることもあり得ます。これらコストも見極めて、事務作業の対応方法を考えておきましょう。
まずは専門の窓口へ事前に相談しよう
さらに農業法人の設立には、事前に知識や経験のある人に相談することが何よりの参考になるはずです。長年、経営をしている農業法人の経営者の話を聞くことも大事です。
まずは農林水産省の農業経営者サポート事業による各地の農業経営相談所に問い合わせてみることも良いでしょう。さまざまな観点からのアドバイスが期待できます。
農業経営の拡大や継続に向けて
農業法人は、農業経営者にとって、事業の拡大のための選択肢になることは間違いないでしょう。取引先からの信用が増したり、従業員の福利厚生が充実するなど、経営者の周りの人にとってもメリットは小さくありません。一方で負担があることも事実ですから、法人化の検討にはデメリットも念頭に置いておくべきでしょう。
農業経営の目的などとも照らし合わせて、検討してみることをお勧めします。