本記事は筆者の実体験に基づく半分フィクションの物語だ。モデルとなった方々に迷惑をかけないため、文中に登場する人物は全員仮名、エピソードの詳細については多少調整してお届けする。
読者の皆さんには、以上を念頭に読み進めていただければ幸いだ。
前回までのあらすじ
農村という異世界に足を踏み入れてからというもの、年の離れた先輩農家に囲まれて気が抜けない日々を過ごして来た僕、平松ケン。しかし、若手農家のグループに入ることで、やっと信頼できる同世代の仲間を得ることができた。
そんな時、地域では、僕に関するあらぬ噂が立っていることを知る。なんと「ケンは、いつも畑にいない怠け者だ!」というのだ!
農家は自営業。「働き方や働く時間は自分で決める」はずだったが…
僕は就農のタイミングで、3カ所の点在する畑を借りることになった。仕事をする時間は会社員時代と同じ、だいたい朝9時から17時頃まで。子供が小さいこともあり、なるべく“時間外労働”はしないようにしていた。

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もちろん、9時から17時まで、常に畑で作業をしているわけではない。新規就農者向けの手続きに必要な書類を作成したり、馴れない資材の発注や経理に時間を割いたりと、自宅での事務作業もいろいろとこなさなければならない。ずっと畑に張り付いているわけにもいかないのだ。
畑も3カ所に分かれているため、どのように時間を割り振るのかは、その日の都合や効率を考慮しながら考えて取り組んでいた。
ところが、会社員時代と変わらず、いや、それ以上に頑張っているはずの僕の耳に、思いがけない噂が届いたのである。
ある日、取引会社の担当者である森さんが、作業中に声を掛けてきた。
「こんにちはケンさん、今日は精が出るねぇ。いつもは畑に居ないらしいけど」
予想もしない言葉に一瞬耳を疑ったが、どうやら冗談という雰囲気でもなさそうだ。
「え? ほとんど休みなく仕事をしてるんですけど、誰かが言ってたんですか?」
「徳川さんが、『ケンはちっとも畑にいない。アイツはサボっている』と言ってたよ」
僕は愕然とした。新規就農時から僕に何かと世話を焼いてくれていた徳川さんがそんなことを言うなんて!
しかも、地域の重要人物である徳川さんがそう言っているということは、この噂はすでに地域中に広まっていると思って間違いなさそうだ。

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「ま、これから頑張ればいいよ。じゃ」
と言い残して、森さんは去って行った。僕は何も言えず、悔しい思いをこらえながら森さんを見送るしかなかった。
畑にいなければ「サボっている」とみなす先輩農家たち
悶々とした思いを抱えながらも農作業をしていると、不思議と冷静になれる。僕の怒りも、疑問に変わってきた。
「ちゃんと仕事をしているのに、どうしてサボっていると思われるんだ?」
僕は、これまでの作業を改めて思い返してみた。もちろん仕事はしている。けれど、徳川さんが噂しているように、「畑にいる時間だけ」を見ると、先輩農家より明らかに短い。しかも、徳川さんがいつも農作業をしているのは、早朝からお昼にかけてが多く、畑で出会う機会はほとんどない。
3カ所の畑のうちの1つは、徳川さんの畑の近くにある。だが、自宅から遠いこともあって、ほとんどが昼からの作業になっていた。
「もしかしたら、徳川さんは、早朝に僕の畑を見に行くから『ケンはいつも畑にいない』と思っているのではないか?」
そう考えた僕は、ある秘策を考えた。それは「早朝に作業を開始し、圃場を回る順番を変えること」。これまで午後に回していた徳川さんの畑の近くの圃場で、早朝から作業することにしたのである。
次の日。夜が明けたばかりの朝早くから畑作業をしていると、案の定、徳川さんが現れた。どうやら自分の畑に行く前に通りがかったようだ。

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「おはよう、ケン。今日は朝から精が出るじゃないか!」
「おはようございます! 徳川さんもお早いですね」
狙い通り、徳川さんと遭遇できた。ひと通り作業を終えると、次は、これまで朝に作業していた圃場へ。順番を入れ替えることで、徳川さんとのすれ違いを防ぐことに成功した。
働く時間を変えるだけで「アイツは頑張っている」
この日を境にして、僕は徳川さんと作業をしているときに頻繁に出会うようになった。そして気づけば、「ケンはサボっている」という噂も、全く耳にしなくなっていた。
「おはようケン、今日も頑張ってるな!」
今朝も、徳川さんが上機嫌で話しかけてきた。話が長いことがあるのは玉にキズだが、それに付き合うのも信頼関係を作るうえで重要なことだ。
また、働く時間を変えたことは、思わぬ副産物ももたらしてくれた。徳川さん同様、早朝から農作業をする先輩農家は多く、顔を合わせる機会が増えたのだ。
ある時は、たまたま通りかかったベテラン農家からダイコンの生育が遅れていることを指摘され、その原因や対策を詳しく教えてもらえたこともあった。

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先輩農家からは、自分が気づかない点をアドバイスされることも多い。もし気になっていたとしても、先輩農家の方から電話をしたり、家まで来て助言してくれることはまずない。現場で出会うからこそ聞けるアドバイスは、その後の収量アップに繋がっていったのである。
先輩農家とのつながりが増えて信頼を得ることで、さらに良い効果があった。「あの新人は本当に頑張っている」という噂が広がり、農地を貸してくれる地主も増えていったのだ。
レベル6の獲得スキル「早起きして信頼を得る方法」
「朝早くから作業して、先輩農家との接点を増やせ!」
「農家は自営業者。好きな時間に仕事ができる」。そう考えがちだが、高齢者が多い先輩農家との接点を持つためには、相手のスタイルに合わせることも重要である。古い体質が残りがちな農村では「常に畑にいる=頑張っている」という考え方の人も多い。畑が点在していたり、事務作業などに時間を割いたりして、先輩の目が届く範囲の畑にいない状態が続けば「アイツはいつも畑にいない=サボっている」というレッテルを貼られる可能性もある。
異世界の朝はとても早い。会社員時代には9時出勤が当たり前だった人でも、周囲の農家との接点を増やすためには、頑張って早く起き、早朝から作業に繰り出すのが得策だ。特に先輩農家が見に来る可能性が高い畑は、早い時間帯に足を運ぶのがいいだろう。そうすれば「早くから畑にいる=頑張っている」という評価を受けやすいはずだ。
接点が増えれば、自然と質問もしやすくなる。現場を見ながらアドバイスが聞けるため、自分が見落としていたミスなども発見できる。周囲からの心証も格段にアップし、収量アップにも繋がる。「農家の早起き」は、得なことばかりが待っているのだ!
「早起き」の効用を実感しながら、少しずつ先輩農家の栽培技術を身に付けていく僕。徐々に収量も上向き、いよいよ異世界を攻略し始めた!と思いきや、まだまだ苦難の道のりは続くのであった……【つづく】