「冷害」とはどのような災害? 原因は? いつどこで起こるのか
冷害とは、夏などに気温が下がることで、農作物に起こる災害です。暖かいはずの時期に、平年よりも低温となることで、農作物の生育に影響を及ぼしたり、病気が発生しやすくなったりして、収穫量が少なくなります。特にイネへの被害は、昔からの課題です。イネは本来熱くて雨の多い地域で育つ植物のため、低温に強くないからです。冷害の記録は江戸時代からあり、後に詳しく紹介しますが、平成という比較的最近になっても大きな冷害は起こっています。
冷害は、日照不足や、低温の日が続くことが原因となって起こります。日本では特に、東北地方が冷害の被害を受けやすい地域です。東北地方では7~8月の平均気温がおおよそ22℃以下(平年との差が約-1℃)となると、イネに被害が現れるといいます。
東北地方の特に太平洋側には、夏に「やませ」という冷たく湿った風が吹くことがあります。この、やませは冷害を引き起こす原因の一つです。
「やませ」とは?
やませとはどのような風なのでしょうか。
やませは北東から海を渡って吹いてくる風で、「山背」とも書きます。
夏になっても、日本の北の海上にオホーツク海高気圧が居座ることで、北日本の太平洋側に、冷たく湿った風が送り込まれます。この風は冷たい親潮の上を吹いてくるうちに冷えて、霧を発生させ、低温と日照不足を生じさせます。これによって、冷害を引き起こすことになるのです。東北地方が中心ですが、北海道や関東にも、やませは吹きます。
やませは「冷害風」や「餓死風」とも呼ばれ、いかに恐れられていたかがわかるでしょう。
米作りにおける冷害|遅延型や障害型との違いについて
冷害は特に稲作に顕著に現れます。冷害には大きく分けて、遅延型と障害型の二つがあります。まず、遅延型はその名の通り生育が遅れることにより収穫量が減る冷害です。田植えをして、幼穂が作られるまでに低温に遭うことで生育が遅れ、穂数が少なくなります。開花受精はしても、十分に登熟する前にすぐに秋に入り気温が下がることで減収してしまいます。
次に障害型の場合は、穂ばらみ期から開花受精期にかけて低温に遭うことにより冷害が生じます。この時期は低温に対する抵抗力が最も弱くなっています。そのため、花粉の発育・受粉に影響を及ぼし、不稔が多発してしまいます。
いずれも収穫量が減少してしまうので、農家にとっては頭の痛い問題です。さらに、遅延型と障害型が併発される場合もあり、これは混合型と呼ばれます。
また、日照不足によって、イネのいもち病が増えることによるいもち病型冷害もあります。
稲作と冷害の歴史
昔から日本は冷害に悩まされており、これによる飢饉(ききん)が歴史上、何度も起こっています。いかにその被害が大きかったかなど、いくつか紹介していきましょう。
江戸時代の飢饉(享保・天明・天保の冷害)
江戸時代にはいくつかの飢饉がありました。そのうち、三大飢饉ともいわれる「享保の飢饉」「天明の飢饉」「天保の飢饉」は冷害によるものでした。
享保の飢饉は1732年に長雨や低温が続き、イネの害虫であるウンカなどが大量に発生して不作となったことで起こりました。幕府が把握しているだけでも1万2000人が餓死したといわれますが、実際はさらに多くの人が死んだと考えられています。
それから半世紀ほど後に、天明の飢饉が起こりました。天明の飢饉も1782年の夏の天候不順と冷害により始まります。、さらに1783年の浅間山の噴火による火山灰が農作物に被害をもたらし、飢饉を深刻化させました。犬や猫、さらには人の死肉まで食べる姿が見られたなど悲惨な飢饉だったことが古文書により伝えられています。
さらにまた半世紀ほど後に起こったのが天保の飢饉です。これも冷害により、引き起こされています。天明の飢饉、天保の飢饉は、それぞれ5年以上にもわたる飢饉であり、非常に苦しい時代だったことが想像できるでしょう。
一方で、こうした飢饉を乗り越えるために、サツマイモの栽培が広がっていくなど、農業においてはさまざまな対処法がとられました。
平成5年の大冷害
こうした江戸時代の飢饉ほどの被害はなくなったものの、現代でも冷害が悩みのタネであることには変わりありません。
比較的近年では、1980年、1993年、2003年にも冷害がありました。コメの出来具合を示す指標「作況指数」(100を上回るほど豊作)はそれぞれ、87、74、90と不作でした。この数値が示す通り、とりわけ著しい冷害に見舞われたのが1993年でした。この年は、前年産を274万トンも下回る783万トンしか収穫されず、在庫も大幅に不足していたため、タイなど、海外から約259万トンを緊急輸入しました。しかし、輸入した長粒米が多くの日本人の嗜好(しこう)に合わなかったこともあり、混乱を来しました。この一連の出来事は「平成の米騒動」とも呼ばれ、記憶している人もいることでしょう。
当時、宮城県を中心に栽培されていた「ササニシキ」は特に大きな被害を受けた品種です。宮城県では、コメの収穫量が前年比62%減になりました。
冷害に強い米の品種
イネの低温への抵抗を示す強さを耐冷性といいます。イネは品種によって耐冷性が異なります。特に冷害に遭いやすい東北地方では、昔から冷害の中でもうまく実ったイネを選び、そのタネを増やしていったそうです。現在でも、耐冷性の高い品種の開発に力を入れています。新しい品種の開発では、あえて冷たい水を田に流し込み、冷害の環境に近づけて、それに耐えるイネを選び、掛け合わせながら作ります。
このような品種の一つが「ひとめぼれ」です。宮城県の古川農業試験場で1991年に生まれました。しかし、当初は地元宮城でもあまり広がっていきませんでした。「ササニシキ」の人気が高かったからです。転機が訪れたのが、先述の1993年の冷害です。冷害による被害の大きさに、耐冷性の高い「ひとめぼれ」に注目が集まり、宮城県ではわずか3年で「ササニシキ」の作付面積を超えました。
他にも、こうした耐冷性の高い品種としては「コシヒカリ」「はえぬき」「はなの舞」などが知られています。
「さまざまな冷害対策」私たちにできることは?
自然により左右される冷害ですが、何か打てる対策はあるのでしょうか。これまで紹介してきた内容も踏まえて、特に稲作農家の場合について整理していきます。
品種による対策
まず、先に紹介したように、イネの耐冷性には品種により差があります。ですから、耐冷性が高いものを選ぶことで、冷害対策になります。紹介したような、「ひとめぼれ」、「コシヒカリ」をはじめ、地域によって適した品種があるでしょう。
例えば遅延型の冷害については、早生品種を導入することも一つの手。ただし、出穂の時期が早ければ障害型の冷害に遭う可能性もあります。また、晩生種は栽培期間が長いため冷害を受けやすいということも頭に入れておきましょう。農研機構の「イネ品種データベース」で調べることもできます。
土作りや栽培方法による対策
栽培方法による冷害対策もあります。昔から堆肥(たいひ)を用いた水田は冷害でもあまり減収しないといわれます。地力を高めることで、イネの生育を助け、被害を軽減することができるでしょう。堆肥はよく完熟しているものを選ぶことが大事です。
また、リン酸やケイ酸資材の施用によって、低温下でも丈夫に育つことが期待されます。リン酸は初期成育や登熟が遅れることを防ぎ、ケイ酸は根・茎・葉を丈夫にし、後述するいもち病の軽減や、倒伏防止に役立ちます。
また、水管理は低温時には、かけ流しかんがいは地温を下げてしまうため、止水かんがい(止め水かんがい)のほうがいいでしょう。障害型冷害への対策には、深水管理もあります。
病害虫への対策
病害虫への対策も怠らないようにしましょう。冷害時には、いもち病が発生しやすくなります。また、北海道や東北、北陸地方などの寒冷な地域で発生することのあるイネヒメハモグリバエなどの害虫もいます。しっかり巡回して、適切に防除を行うなどの対策を取りましょう。
早期発見による対策
何より被害を早期発見することで対策もとりやすくなります。低温の日があるか、それがどれだけ続くかなど気象予測情報などを確認します。気象庁の2週間気温予報なども参考になることでしょう。
遅延型の冷害は、地域ごとに平年の出穂時期の目安と比べて、どの程度遅れているのかを見て、減収の程度を予想することもできるでしょう。
いつどこで起こるか分からない冷害
冷害は、自然が引き起こすため、いつどこで起こるのか分かりません。日本の歴史上には、悲惨な冷害の事例が数多く記録されていますし、21世紀以後になっても冷害発生の年がありました。品種改良の積み重ねにより、寒さに強い品種が生まれ、冷害の影響を抑えることができるようになってきた現代でも、いまだに頭の痛い問題であることに変わりはありません。耐冷性のある品種を選んだり、栽培品種を組み合わせたりすることでリスクを分散するというのも対策でしょう。
また、被害が出てもそれを補えるように、収入保険や農業共済、相互扶助の制度を利用するというのも有効な手段です。経営上の負担を和らげられるように、知識を備え、十分な対策を講じておくようにしましょう。