世界でも例を見ない栽培技術で育まれたホワイトアスパラガス
馬場園芸がホワイトアスパラガスの栽培に着手したのは2014年のこと。水稲や洋菊の収穫が終わる冬季間の仕事を模索している中、冬採りのグリーンアスパラガスに着想を得た馬場さんは、栽培方法に「伏せ込み栽培(※)」を採用することで、岩手なら、本州で最も早くホワイトアスパラガスが収穫できることを知る。
※春から秋にかけて露地圃場(ほじょう)で根株を養成し、冬季にハウス内に持ち込み(伏せ込み)、2~3カ月収穫を行って栽培を終了する短期栽培法(出典:農研機構)
「伏せ込み栽培は本州で冬の訪れが早い岩手の気候があってこその栽培技法なんです。アスパラガスは寒くなるにつれ、茎や葉に蓄えていた養分を根に転流させて翌年の春に向けて休眠します。目が覚める条件は、8度以下の低温に300時間、5度以下に90時間遭遇すること。冬が来るのが早いこの地域は、いち早くアスパラガスが目を覚ますというわけです」
この方法で育ったホワイトアスパラガスは、国産アスパラガスが国内でほとんど流通しない12〜2月に収穫され、その希少性から高値で取り引きされている。
しかしながら、伏せ込み栽培は驚くほど手間がかかる技術だ。馬場園芸では春から秋までは露地でグリーンアスパラガスを栽培しているが、11月中旬からは冬の訪れと共にアスパラガスの根だけを畑から掘り上げ、遮光カーテンで覆った真っ暗なビニールハウスに植え替えてボイラーで加温していく。こうすることでアスパラガスは春が来たと勘違いをし、生育するという仕組みだ。
世界的に見てもこの栽培方法を採用しているのは日本のみである。ホワイトアスパラガスの生産が盛んなヨーロッパでは、土を高く盛ることで日光を遮断する「培土栽培」が主流だ。培土栽培は土の圧力や土中の雑菌に耐えながら生育するため、太く、ほろ苦い味わいを生み出す。
「効率を考えれば培土栽培の方が合理的です。しかし、土に直接触れない伏せ込み栽培にはこの栽培技術にしか出せない味があります。土の圧力を受けないため表面の皮が柔らかく、半分より上は生でも食べられます。また、土の雑菌のストレスを受けないため、サポニンが少なく、苦味が少ないのも特徴です」
ホワイトアスパラガスは光合成をしないため、エネルギーを消費する呼吸を抑えることで甘みを引き出している。呼吸はアスパラガスの中にあるエネルギー(糖)を消費するが、呼吸の量は寒さによって抑制される。冬、夜間にもなるとハウス内が0度〜5度にまで下がる環境下で育つ馬場園芸のホワイトアスパラガスは呼吸が抑えられ、体内に糖が残る。加えて湿度100%の伏せ込みトンネルの中で育つことで、生でも食べられる甘さとみずみずしさを生み出している。
1本1万2000円に込めた思い。世に示したい価値
グリーンアスパラガスとホワイトアスパラガスは同じ品種である。その違いは前述のように光合成の有無のみである。では、1本あたり1万2000円もの付加価値をどのように付けることができたのだろうか。
一つは希少性。通常、アスパラガスは定植後、約10年間は同じ株で収穫ができるが、伏せ込み栽培によって作られたホワイトアスパラガスは栽培1年目の80日間しか収穫することができない。つまり、通常のアスパラガスに比べて10分の1ほどしか収穫ができないということだ。
「グリーンアスパラガスに比べてホワイトアスパラガスは日本での流通はそれほど多くなく、食べ方を知らない人も少なくありません。1本1万2000円の価格をつけた理由は、それほど価値がある作物だからです。価格にはホワイトアスパラガスの産地・岩手県二戸市浄法寺町の認知を広げたい思いも込められています」
もう一つが、徹底的にこだわりぬいた品質だ。「馬場園芸のモットーは『限られた資源で最高のものを作ること』。洋菊用ハウスの活用から始まり、土作りにはブロイラーや畜産が盛んな二戸市の地域性を生かし、牛ふんや鶏ふんの堆肥燃焼灰を使用。化成肥料に頼らない地力向上に努めています」
品質向上のため、昨年は3ヘクタールあった圃場を1ヘクタールに減らした。一本一本のアスパラガスに管理が行き届くようにするためだ。
現在、スタッフ9名で年間約2トンのホワイトアスパラガスを出荷する馬場園芸の販路は首都圏や岩手県内の飲食店が中心だ。ゆくゆくは二戸地域を日本有数のホワイトアスパラガスの産地とし、それをきっかけに地域農業の発展につなげていきたいと馬場さんは展望を語る。
「ここでしか作れないホワイトアスパラガスをシンボルに、世界中から農業を志す人や観光客が集まってくる仕組みを作ることが私の大きな夢です。日本の素晴らしい技術や農作物に出会うことを、誘客につなげていけたら嬉しいですね」
世界の美食家たちが注目。いざ、グローバル市場へ
イタリアンやフレンチのシェフが絶賛する馬場園芸のホワイトアスパラガスは、世界の美食家たちにも注目されている。2022年冬、アメリカ・ロサンゼルスに渡った馬場さんを待っていたのは、ミシュランで星を獲得した日本人シェフだった。
「現在、アメリカへの輸出が具体的に動き出しており、一流レストランで馬場園芸のホワイトアスパラガスを採用してもらえることになりそうです。土作りをはじめ、まだまだ研究の日々ですが、世界中の美食家たちに認めてもらうのが私のもう一つの目標です。その一歩を踏み出した今、日本の農業の底力を世界に知らしめるきっかけになれば幸いです」
売上は初年度から数え、現在は10倍にまでなった馬場園芸のホワイトアスパラガス。それ以上に馬場さんが高みを目指すのが品質だ。1本1万2000円のホワイトアスパラガス・大樹にはそれに見合う価値がある。それを示すのもまた、馬場さんのミッションの一つといえるだろう。
日本が誇る最高級のホワイトアスパラガスの産地化へ。馬場園芸の“価値ある”挑戦から今後も目が離せない。