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酪農家と歩む食品メーカーが、需要増に活路を見いだす消費者ニーズとは

山口 亮子

ライター:

連載企画:需要から見た農業

酪農家と歩む食品メーカーが、需要増に活路を見いだす消費者ニーズとは

牛乳・乳製品の自給率は、重量ベースで61%(2020年度、農水省調べ)。その原料となる生乳の生産量は、1996年度をピークに減少傾向が続いてきた。この状況に「このままでは日本から酪農家がいなくなり、牛乳・乳製品をみなさまにお届けできなくなる日が来るかもしれない」と危機感を強めたのが、食品大手で乳業メーカーでもある株式会社 明治だ。酪農家に寄り添い、持続可能な酪農経営を共に考え続けている。

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食品メーカーが酪農家の経営を分析

明治が酪農家の経営支援をしていると聞いて、取材に訪れた東京都中央区京橋の本社。取材対応をしてくれる林陽一(はやし・よういち)さんが差し出した名刺には、「酪農部生産グループ長」の肩書があった。明治といえば、ミルクチョコレートや「きのこの山」といった菓子に加え、牛乳・乳製品の製造販売などを手掛ける食品メーカーだ。その社内に「生産グループ」があるって、いったいどういうことなのだろう?

そんな記者の疑問に先回りして、林さんが「生産グループは2015年に設置された比較的新しい部署なんです」と教えてくれた。設置のきっかけは、2014年に全国的な問題となったバター不足だ。

「生乳の生産量が減少しており、それを象徴するようなできごととして、スーパーからバターが消えたバター不足が起きました。このままではいけないと、2015年に当社酪農部内に『生産グループ』を立ち上げました」(林さん)

そして林さんたちは、グループ会社で飼料メーカーの明治飼糧株式会社(東京都江東区)と共に酪農家を訪ねて、なぜ生乳の生産量が伸びないのかを分析していった。

酪農部生産グループ長の林陽一さん

課題は技術面より人の働き方にあった

その結果、生産グループはある答えにたどり着く。それは「根本的な原因は、エサのあげ方や牛の飼い方といったテクニカルなものではなく、『働く環境』や『働き方』など、人に起因するもの」(林さん)ということだ。そこで、酪農の先進国であるデンマークから講師を招き、酪農経営における働き方を学び、ノウハウを蓄積していった。

デンマークといえば、酪農の先進国。環境や衛生、家畜福祉(アニマルウェルフェア)に配慮した農業コンサルティングを手掛ける農業研究機関・SEGES(セゲス)がある。このセゲスが採用しているのが、「リーン生産方式」。生産工程の無駄を徹底的に排除し、効率性を高める手法なのだが、実はその起源はトヨタ生産方式にある。

そんなリーン生産方式に基づき、明治は「3つのカイゼン」を指導する具体的なプログラムを作り、2018年に「Meiji Dairy Advisory(メイジ・デイリー・アドバイザリー、以下MDA)」を開始した。

酪農家の課題と、どうカイゼンしたか

3つのカイゼンとは、①日常カイゼン②目標設定カイゼン③仕組みカイゼン――をいう。

「日常カイゼン」は、農場スタッフの成長を目指す日常的なカイゼンで、全員参加で問題を見つけカイゼンする。ミーティングの場を設けたり、作業手順書を作って共有したりすることで、無駄を見直したり、スタッフごとに生じていた作業のばらつきをなくしたりする。

「目標設定カイゼン」は、経営陣やリーダー、後継者の成長を目指す目標設定型のカイゼンで、ありたい姿を描き、カイゼンを進める。「農場の理念づくりや、今年は何を目標に活動するかを経営者と従業員で共有する『キックオフミーティング』を年に一度開くことで、経営目標を決め、達成するよう支援します」と林さん。

「仕組みカイゼン」は、組織の成長を目指す仕組みのカイゼンだ。たとえば「人事評価制度を導入し、それに沿って従業員を適正に評価します」。農場で永続的な人材育成ができるようにするものだ。

牧場での打ち合わせ風景(画像提供:株式会社 明治)

「私たちは最初、『ティーチャー(先生)』として農場に関わり、次第に仲間である『メンバー』になり、最終的には伴走者である『コーチ』となることを目指しています」(林さん)

MDAは無償で行っている。その対象は、明治飼糧の取引先や、明治に生乳を出荷している農家に限らない。2022年12月時点で、全国で42戸の酪農家に対し取り組んでいる。

「国内の農家がどのような環境下にあっても経営を持続していくことが大切。目の前のことだけでなく、将来を見据えて、起きうる課題を想定しながら、問題解決に向かっていく。それが、MDAという経営支援」。林さんはこう言い切る。

人口減少の時代。人手不足にどう対応するか

人口減少が酪農の生産現場に与える最大の影響は、人手不足だ。酪農では、ロボットをはじめとする新技術で不足を補う方法が広がりつつある。人手をかけずに自動で搾乳できる搾乳ロボットは、北海道を筆頭に普及が進んできた。牛が食べやすいようにエサを移動させるエサ押し機のロボットもある。

MDAで支援している最新技術を取り入れている北海道の農場。哺育用ミルクを自動で給餌するシステムを導入している(画像提供:株式会社 明治)

もう一つ、以前からある有力な手段に、外国からの労働力の受け入れがある。全国的に受け入れが進んでいるが、言葉や文化の違いが壁となって、技術をうまく習得してもらえていない場合もある。そのため、MDAでは外国人労働者を対象に「外国人技能実習生勉強会」を開き、人材育成に努めている。

外国人技能実習生勉強会の様子(画像提供:株式会社 明治)

人口減少でも増えるチーズの需要

牛乳の生産量は近年回復傾向にある。しかし、牛乳・乳製品の自給率は、輸入量の拡大により徐々に下がってきた。輸入している469万トン(2021年度、生乳換算)のほとんどを占めるのが、チーズだ。

チーズの総消費量は、人口減少をものともせず、2020年度まで6年連続で過去最高を更新してきた(農水省調べ)。21年度は、0.3%減で20年度並みの約35万トンだった。食の洋風化と、健康志向の高まりで消費を伸ばしている。「そのようなチーズの需要を取り込むことで、国産チーズの消費拡大につなげていきたい」と林さんは言う。

酪農部開発グループ長の橋口和彦(はしぐち・かずひこ)さんもこう話す。
「国産の生乳を余すことなく、やっぱりお客さまに届けたいですよね。海外産に負けることなく、より多くの方に日本で作った乳製品を広めていきたい。需給の波もあって酪農業が逆境に置かれているからこそ、食べてもらえるようなチャンスを見いだしていきたいと考えています」

健康志向の高まりに応える商品開発

人口減少が消費に与える影響で、同社が注目するのは、健康志向の高まりだ。2021年6月には「健康にアイデアを」というグループとしての新たなスローガンを打ち出した。「グループ内外の食と医薬の知見を融合させ、新しい価値を創造していき、特に『健康』というフィールドでこれまで以上に大きな役割を果たしていくことを目指します」と宣言している。

同社広報部の大出祥弘(おおで・よしひろ)さんはこう話す。
「当社は『栄養報国』、つまり栄養をもって国に報いるという創業の精神から始まっています。少子高齢化が進み、健康への意識が高まっていくなかで、健康課題の解決に役立つ食品が必要性を増してくるはずです」

いま社会的な課題となっているのは、健康寿命の延伸や、自立した生活の維持、フレイル(※)の予防など。

「長年培ってきた乳酸菌やカカオなど素材の持つ力を生かす技術で、機能強化を図った商品開発を目指しています」(大出さん)

消費の変化に柔軟に対応していくメーカー。その動向を把握し、より求められる農畜産物を作っていくことが、今後の農業には欠かせない。

※ 加齢により、心身の機能が低下した状態のことで、健康と要介護状態の中間に位置する。

MDA(Meiji Dairy Advisory)
https://www.meiji.com/sustainability/dairy/meiji_dairy_advisory/

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