◆久松完さんプロフィール
国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)にて、 野菜花き研究部門で花き類を主な対象に生育・開花の仕組みの理解と科学的根拠に基づいた生育開花調節技術の開発に従事。近年は研究者の視点で花きの生産、流通、販売の現場を解析し、生産と流通の効率化と計画生産・安定供給体制の構築を目指した活動にも取り組む。 |
◆桐生進さんプロフィール
株式会社大田花き花の生活研究所代表取締役。同社は花き業界唯一のシンクタンクとして、コンサルティング事業、調査事業、情報発信事業を行っている。 |
◆山本大介さん(聞き手)プロフィール
株式会社日本総合研究所(以下、日本総研)でコンサルタントとして事業戦略・組織戦略策定、新規事業開発、地域金融機関支援に従事。農業分野では官民のプロジェクト実務に15年以上携わり、新技術や新規格の産地導入に向けた経済性評価や関係者の取り組み課題について研究してきた。 |
卸売市場を起点に見る、取引データ活用の現状
山本さん:花きの生産・流通に市場データを活用して、産地・生産者を支援していくには、いくつかの方法があると思います。特に「スマートフラワー規格」(※)の提唱は、データを活用してターゲットとなる用途に向けて作り込むことで計画生産するチャレンジですが、技術支援をしてきた久松さんから取り組みの背景を聞かせていただけますか。
※ 花束などの加工済み商品を扱う実需側が使いやすいサイズ規格を設け、商品を作る前に加工用切り花(スマートフラワー)の需要の数量と規格を合わせることで無駄なく効率的に花き生産をする活動。
久松さん:花きはバブル期をピークに出荷量、産出額ともに減少傾向が続いています。単価については、長く・太く・大きいものが高く売れ、例えば輪菊であれば茎の長さ90センチが必須であり、重さのあるものが優良とされ、現在も業界全体に大きなサイズがよいものとする考えが根強く残っています。一方で花きの販売チャネルとしては近年、スーパーなど量販店の割合が増え、長さ60センチ以下の花束の形で販売されることが多くなるなど、需要とのミスマッチが生まれつつあります。
量販では高単価は期待できないために、生産者が一本一本を一生懸命作り込んでも手取りが増えないことも課題でした。そこで、量販ニーズにマッチしながら生産性を高めることに重きを置いた考えの中でたどり着いたのが「スマートフラワー規格」です。関東では大田花きさんを事務局とする生販連携の取り組みとして、いくつかの地方市場、産地、出荷団体が協議会を構成して活動しています。関西では、なにわ花いちばさんを事務局に「アジャスト規格」という呼称で同様の取り組みをして約10年になります。
サプライチェーン最適化は、即時性と産地への浸透がカギ
山本さん:産地側では、市場ニーズに向けて生産・出荷のタイミングを合わせた開花制御や鮮度保持の技術研究が進んでいますが、その一方で市場分析データの共有・活用がまだ十分にできていないようにも見えます。
桐生さん:そうですね。いつ、どの品種が、どの程度のクオリティーで、いくらで取引できるのか、詳細なデータがあれば、出荷側は計画が立てやすく、卸売会社は物流や現場作業を調整しやすく、小売も計画的に販売できますが、今のところは全部がタイムリーにはつながっていないのは確かです。
山本さん:ユーザーがより幅広い市場情報にアクセスする場合は、どういう方法があるのでしょうか。
桐生さん:東京都の場合は、東京都中央卸売市場が合算したデータを公開していますが、品種まではわかりません。また、日本花き卸売市場協会が統計データを公開していますがタイムリーではありません。どちらも、おおよその流れを見るには有用だと思いますが、実際に生産する際、品種まで分解された月別のデータでないと計画が立てにくいのが問題です。
山本さん:こうした状況の中、スマートフラワー規格は、ターゲットとなる用途に向けてあらかじめ商品規格を作り込んで、データも活用して計画生産・販売するチャレンジですが、久松さんが課題として感じることはありますか。
久松さん:どんなチャレンジにも言えることですが、特にスマートフラワー規格は、産地が仕組みを受け入れてくれないと始まりません。例えば、日本一の小菊産地である沖縄が2022年秋から規格を短くして最長70センチと、スマート規格・アジャスト規格に必要十分な長さに短縮していくことになりました。隣の鹿児島県・沖永良部島のスプレー菊の産地では、以前の80センチから70センチに規格変更して流通させるスタートを切ってくれました。これによってダンボール箱のサイズを小さくでき、産地試算で物流を20%効率化できました。また、日本一のスプレー菊の産地、愛知県・渥美の出荷団体でもこのカテゴリーでの出荷の試行をはじめてくれています。
これは、市場関係者と共に川下(販売)側からも情報発信をしていただいて産地に声を届け続けていただいた成果です。加えて、コロナ禍でホームユースへの意識が高まったこと、そこへ資材高騰、物流問題があっての一歩だと思います。情報と数字が客観的に示され、何かの巡り合わせがあって、保守的な農業界がようやく変わるのだろうと思います。流通の川上と川下では文化は違いますが、全体で最適なサプライチェーンを組んで動けることが理想です。
デジタル化の足並みはそろわなくて当たり前、だから歩み続ける
山本さん:業界全体で言えば生販連携や市場間連携という話になるかもしれませんが、お二人はどのようなステップの踏み方が、サプライチェーンの最適化に寄与すると思われますか。
桐生さん:卸売市場の川下ではデジタル化が進んでいる事例もありますが、生産者から市場にかけては、いまだに手書きのFAXで得た出荷の事前情報と入荷した現物との最後の擦り合わせが必要です。ここが整理されることで大きく展開が変わるのではないでしょうか。花きは市場経由率が高いので、卸売会社を起点にビジネス・産業を盛り上げていこうと思います。
久松さん:ある出荷団体で、生産者側でデジタル技術を使って作付け、収穫見込み情報を集約するチャレンジをしましたが、生産者それぞれに事情があって、現時点で一斉に導入するのは難しいと感じました。新しい技術の導入にはハードルがありますが、絶対にできないわけではありません。花業界にフィットするDX(デジタルトランスフォーメーション)であれば、時間はかかるにせよ、徐々に浸透していくので、活動を止めてはいけないと思っています。
桐生さん:デジタル化は一回モデルを作って実例を出しておくことが大事です。最初は拒否反応もありますが、やって成功した人が出てくると、いい方向に向かっていくのではないでしょうか。
山本さん:農産物は病気や天候不順の影響を受けますが、それを補完できるのが市場流通のよさで、そこにビジネスモデルを追加したチャレンジの一つがスマートフラワー規格だと思います。デジタル技術の進歩をさらに活かせるよう、歩みを続けることが大事ですね。本日はありがとうございました。