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学ぶことを諦めずV字回復、環境制御の力でキュウリ反収30トン超え!【ゼロからはじめる独立農家#47】

西田 栄喜

ライター:

連載企画:ゼロからはじめる独立農家

学ぶことを諦めずV字回復、環境制御の力でキュウリ反収30トン超え!【ゼロからはじめる独立農家#47】

宮崎でキュウリ農家を営む山ノ上慎吾(やまのうえ・しんご)さん。2022年度のキュウリの収量は絶好調で、反収30トンのハウスもあったそう。ところがその前年までは絶不調で、廃業も覚悟するほどの収量の落ち込みを経験していました。一度は環境制御による栽培の落とし穴にはまりつつ、それでも環境制御を学び続け、復活するまでの山ノ上さんの道のりとは。スマート農業が普及していく時代、農家にとっての学ぶことの大切さについて聞きました。

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■山ノ上慎吾さんプロフィール
山ノ上農園代表。1984年、宮崎県宮崎市の農家の次男として生まれる。高校卒業後は福岡に出て、グラフィックデザインを学びながら音楽活動をしていたが、2008年に実家に戻り、後継ぎとして就農。先代のタバコ、ダイコン、サトイモ、畜産の多角経営をやめ、キュウリの施設栽培中心に切りかえる。その後、環境制御の技術を活用して収量アップを実現。農家自身が学ぶことで技術を栽培に最大限に生かす取り組みが注目を集める。農林水産省の事業の一環である「農機API共通化コンソーシアム」の事業検討委員会外部委員も務める。

山ノ上さんが配信するポッドキャスト「農業 タノしきラジオ」

スマート農業と環境制御

西田(筆者)

山ノ上さんにはこの連載(ゼロからはじめる独立農家)でも何度か登場してもらっていますが、今回はガッツリと栽培、とりわけ環境制御について聞いていきたいと思います。そもそもなぜ環境制御と出会うことになったんですか?
農家の後継ぎにはなりたくなかったんですが、地元の宮崎に帰ることになり、とりあえず農業をやるかと。親から「今やってる重量露地野菜は大変なので、施設園芸のキュウリか畜産のどちらかに絞った方がいい」と言われ、だったらキュウリかなというくらいのスタートでした。

そんな気持ちで取り組んでいたので、反収もキュウリ部会で当時平均16トンのところ12トンとビリ。さすがに悔しくて。
そんな時に年の近い先輩農家に誘われて、佐賀県のキュウリ農家へ視察に行きました。そこではどうやら炭酸ガスを出す設備を使っているらしいと分かり、その設備を販売しているメーカーの勉強会に参加して導入することにしました。

山ノ上さん

日本一のキュウリ産地となった宮崎県。切磋琢磨が進んでいる

西田(筆者)

悔しさが環境制御を取り入れる原点だったとは、やる気はあまりなかったと言っても、山ノ上さんには負けん気と根が真面目なところがあったんでしょうね。それで、環境制御に関する学びはどんな形で進めたのですか。
地域の中で環境制御の勉強会を立ち上げました。自分たち農家だけだと大変なので、データを部会内でオープンにするということを約束して、農業改良普及センターを巻き込みました。今思うとその頃は環境制御と呼べるものではなかったと思います。なんとなく見よう見まねで、モニターを見て、灯油をたいて二酸化炭素を増やす。それでも反収25トンとれるようになりました。

モニターや炭酸ガスの機械代50万円も1作で元がとれるくらい。そんなイケイケの時に鶴竣之祐(つる・しゅんのすけ)さんが書いてくれたのがマイナビ農業の記事でした。

山ノ上さん

山ノ上さんがイケイケだった2018年の末に取材した記事
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でもこの記事のあと、収量は激減。まさにドツボにハマりました。

山ノ上さん

オランダの技術をまねて失敗。廃業を考えるまでに

西田(筆者)

収量激減とは、そんな時期があったんですね! 山ノ上さんというと、環境制御を使ってからは失敗していないイメージがありました。
なぜ失敗してしまったんでしょうか? そもそもの環境制御の仕組みから教えてください。
環境制御とは簡単に言うと、二酸化炭素濃度や温度や湿度、さらに土壌など栽培環境をコントロールすることです。二酸化炭素濃度や温度を調整すれば、光合成も促進できます。その光合成から野菜内に生み出されるのが糖です。その糖を「転流」と言って実や根や茎にバランスよく回して、収量を上げるんです。転流は温度によって流れ方と流れるスピードが変わります。

環境制御の最先端はオランダです。オランダではスタディークラブ(Study club)という生産者間の勉強会や現地検討会を開催し、現場を見つつさまざまなデータを公開し合うことで発展してきました。

山ノ上さん

西田(筆者)

オランダで環境制御が発展した背景には、生産者の学ぶ姿勢もあったんですね。
環境制御の学びを進めると、オランダのトマトやキュウリ、ナスの栽培では光合成効率や蒸散を意識し、急激な温度変化を避けるため日の出の2時間前の早朝から加温をしていることが分かりました。そこで、うちでも明け方から重油をたいて早朝加温しました。
しかし、苗を植えてすぐの頃はいいのですが、途中から茎やつるばかりが伸びてしまって。そのアンバランスさから病気になってすぐダメになりました。収量は減ってくし、重油代はかかるしのダブルパンチ。

そんな状態が2019年から3年続きました。その間にコロナ禍にもなって需要も減り、単価も下がりの悪循環。あと1年このままだと運転資金も回らず、廃業も考えなければならない状態にまでなりました。

山ノ上さん

西田(筆者)

それは厳しいですね。

学び続ける中で見つけた気づき。成功へとV字回復

西田(筆者)

廃業を考えるほどの状況の中、何か成功への糸口はあったんでしょうか?
実はコロナ禍だからこその救いがあったんです。コロナ禍になりZoomが普及しはじめた頃に、以前講演に行った日本施設園芸協会から、Zoomのミーティングのテストをしたいと連絡が来て。せっかくならとオンライン勉強会をやることになりました。
そこで出会ったのが、静岡大学農学部を経て2003年にダブルエム研究所を設立した狩野敦(かの・あつし)先生でした。狩野先生は生物環境物理学を長く研究してこられた人。先生も理論を現場に活用する人をもっと増やしたいという思いがあり、私が主催となり勉強会を立ち上げました。内心ワラにもすがる思いでした。
その勉強会の中で狩野先生が何気なく「土耕栽培の場合は深くなればなるほど温度変化が少ない」とおっしゃいました。そこでピンときたんです。
環境制御の先進国オランダでは、土耕栽培ではなく地表にロックウールを置いてそこで野菜を育てるのが施設園芸の主流です。
根が地表にあると根の温度は気温と連動します。でもうちは土耕でやっていて、根は地中にあるので、ロックウールの場合とは違います。そこで間違いに気づいたんです。

山ノ上さん

西田(筆者)

大きな気づきですね。でも渦中にいるとなかなか分からないですよね。そして失敗したからこその気づきもあったのではないですか。
まさにその通りです。地表と地下の温度差の気づきは大きいですが、それだけでなく狩野先生から教わった葉からの水分の蒸散やハウスの透過率、空気の流れなどすべてが関係していることが分かりました。

うまく行かなかったからと、以前の栽培方法に戻すだけだったら、その先はなかったと思います。2022年度はコロナ禍の影響もあり生産を抑えたハウスもありましたが、一番収量があったハウスは反収30トンありました。

山ノ上さん

見た目は同じでも栽培環境はそれぞれ違うビニールハウス

西田(筆者)

収量はまさにV字回復したんですね! 収量をコントロールすることで、収益は以前のよかった時よりさらに上がったとも聞きました。それはなぜですか?
環境制御は収量を上げるだけでなく、収量のコントロールと再現性が肝です。実は、もっと収量を上げることはできましたが、収穫量が増加するとその分人手不足にもつながります。またその時に単価も安いとコストとつり合わなくなるので、あえて収量を上げないという選択肢もできました。環境制御の精度を上げると再現性も高まるのでコンスタントな収量を見込めるし、規模を拡大する場合の計画も立てやすくなります。

山ノ上さん

西田(筆者)

それはすごい! しかも以前よりも栽培技術や経営の足腰が強くなってますね。それも途中であきらめなかったからこそですね。また、だからこそ狩野先生との出会いがあったのだと思います。学び続ける大切さ、ひしひしと感じました。

失敗しても学びになる。やり直せる農業界へ

西田(筆者)

山ノ上さんは廃業を考えるほど大変だったそうですが、そこまで行かなくても農家で今、悩んでいる人にアドバイスはありますか。
悩んでいる時こそ、他の農家の視察に行ってほしいと思います。自分ひとりで考えてもマイナス方向にしか行きません。悩みながらも本気で何とかしたいという人には、必ず手を差しのべてくれる人がいます。

失敗を恐れて動けない人が多いというのが日本の、とりわけ農業界の問題だと感じています。失敗することが悪いのではない。失敗しても立ち直れる。そんな農業界になってほしいと思っています。

山ノ上さん

山ノ上さんのポッドキャスト。最近は生物環境物理学のことも積極的に発信

西田(筆者)

最後にこれからの目標をお願いします。
この宮崎を盛り上げたい。都会に出なくても夢がかなう地域にしていきたいと思います。そのための雇用確保という意味で規模も拡大していきたいし、私のところだけでなく産地も発展していければと思っています。

オランダのスタディークラブは情報をオープンにすることで前進してきました。私も情報をオープンにし、他の農家と一緒に学ぶことでさらに進んでいきたいと思います。

山ノ上さん

西田(筆者)

山ノ上さんの話を聞くまで、小さい農家である私にとって環境制御は縁遠いものだと思っていました。でも今回、その認識が変わりました。有機栽培でも自然栽培でも慣行栽培でも、その現象には必ず栽培環境が関わっている。その法則を追求するために環境制御の知識を学ぶのは大切なことだと思います。
環境制御にとどまらず、生物環境物理学を用いて栽培する生産者が増えてくれるといいなと思っています。狩野敦先生と定期的に勉強会を行っていますので、興味のある方は私に連絡をしていただけるとうれしいです。

山ノ上さん

山ノ上さんのTwitterはこちら

西田(筆者)

多くの農家さんが学び続ける場も作っている山ノ上さん、本当にすごいです! スマート農業が普及してくるからこそ、その理屈を知っておくことが必要だと思います。そうしないとイレギュラーに対応できないし、その先に進めないですよね。
今回は山ノ上さんの失敗談を聞けたからこそ、いっそう学び続ける大切さを実感しました。ありがとうございました。
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