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農村の衰退招く野生鳥獣被害。ジビエビジネスの成功例に見る、地域振興の一手

農村の衰退招く野生鳥獣被害。ジビエビジネスの成功例に見る、地域振興の一手

農村の維持発展の課題のひとつに、野生鳥獣害への対策があります。畑を荒らすシカやイノシシを狩猟し、ジビエ肉として加工・販売することは有効な手段ですが、ビジネスとして収益化していくにはさまざまな工夫が必要です。ビジネス化のヒントを探るべく、野生鳥獣の食肉流通やコンサルティングを行う株式会社クイージの石﨑英治(いしざき・ひではる)さんに話を聞きました。

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◆石﨑英治さんプロフィール

株式会社クイージ代表取締役。
1978年生まれ。北海道大学大学院農学研究科で林学を修めるが、研究フィールドの天然林がひと冬でエゾシカに食いつくされたのを目の当たりにし、研究対象を森林からシカに変える。国内狩猟肉の製造や卸売業を営むかたわらで、シカやイノシシなどの野生獣肉を「伝統肉」と再定義した「NPO法人伝統肉協会」理事長として、獣肉食文化の普及啓発にも尽力中。

研究林のエゾシカ被害が原点、野生鳥獣被害をビジネスのテーマに

株式会社クイージ(東京都日野市)は、野生鳥獣に関するコンサルティング会社。鳥獣被害対策の一策として、島根県美郷町にある60%出資子会社「おおち山くじら」でイノシシ肉を、北海道新冠(にいかっぷ)町の関連会社「北海道食美樂(しょくびらく)」でエゾシカ肉を加工・販売しています。主に精肉を消費地のレストランに卸しているほか、レストランシェフ監修の調理済み高級缶詰やレトルト商品を製造して地域の道の駅などで販売。無印良品の一部店舗でも取り扱われています。

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「おおち山くじら」が販売するイノシシ缶詰(画像提供:おおち山くじら

石﨑さんと野生鳥獣の最初の接点は、約20年前の大学院時代。研究対象の天然林がエゾシカの食害に遭い、諸先輩が約100年かけて育んできた生きた記録が、わずかひと冬で失われてしまったといいます。「当時の野生鳥獣対策といえば捕獲するのみで、食肉は加工技術が未発達でビジネスになる見込みはなかったのが実情でした」(石﨑さん)。

こうした課題感を抱きシンクタンクに就職した石﨑さん。捕獲した野生鳥獣の有効活用として食材化する気運の高まりを受け、北海道がほかの自治体に先駆けて加工処理のルールを整備したことを機に2010年、独立起業に至りました。鳥獣被害に悩む地域の要請もあってのことです。

ジビエ肉は付加価値化の手段、捕獲量と需給のバランスが課題

野生鳥獣被害の現状について石﨑さんは「被害額だけを見ると、日本の農業生産額の0.2から0.3%ですが、本当の問題は農地の一番外側(境界線)が被害を受け続けること。例えるなら、タマネギの皮を剥ぐように人間が管理していた土地が縮小しています」と説明します。

その上で、こうした農業での野生鳥獣対処の手だては、石﨑さんによると三つあるといいます。
一つ目は、オフェンス(攻撃)。狩猟・捕獲して減らすこと。
二つ目は、ディフェンス(防御)。柵を作るなどして忌避すること。
三つ目は、撤退。農業をやめるという選択を指します。

これらを戦略的に組み合わせて対策する中で、オフェンスとして捕獲したものに付加価値を付けて地域に還元するモデルが、同社らが取り組む食肉の加工・販売です。一方で、ビジネスとして成り立たせるには、地域に処理場を作り、人材を教育するなど、大がかりなインフラ整備が必要です。

これらの投資を相殺するには、通年での捕獲量を確保しなければなりません。とはいえ、処理場に持ち込まれたものは、捕獲時の損傷や運搬中の劣化などの理由で、すべてが食肉加工できるとは限りません。現に、北海道食美樂には年間計約6000頭が運ばれてきますが、そのうち食肉加工できるのは約2000頭にとどまるそうです。

また、ジビエ肉の需要は増えているものの、野生鳥獣は牛や豚などの家畜とは異なり、生産調整が利かないことも、ビジネスとしては課題です。野生鳥獣は毎年増えた分を捕獲しなければ対策にならないため、牛乳のように需要が減少しても一定量が生産されます。コロナ禍で外食需要が落ち込んだ際、同社ではペットフードに加工するなどして単価を下げる代わりに量をさばいて対応しました。また、逆に生産余力がないため、忘新年会などの需要期に供給を集中できないことも悩みです。しかし、「根幹的な課題は地域の衰退にあります」と石﨑さんは語ります。

農村の課題も、ビジネス課題も、地域ぐるみで乗り越える

野生鳥獣被害の対処法として前述したオフェンス・ディフェンス・撤退の3策のうち、農村部では撤退の選択肢を取るケースがほとんどなのが実情です。「被害が大きくなって農業をやめてしまう。守るべき農地がなくなると集落もなくなってしまう。今、我々が闘っている理由はそこにあります」と石﨑さん。高齢化や少子化など、農村部が抱える問題と並列に鳥獣被害があり、今後複合的な要因で地域が守れなくなってくると見ています。

そこで、石﨑さんがジビエビジネスで重視しているのが、地域ぐるみで事業を手掛けていくこと。例えば、ジビエ肉料理の高級缶詰を道の駅で販売するのもそのひとつ。高付加価値商品が地域内外で売れていることが、地元猟師のプライドにつながり、農業へのモチベーションや移住・定住にも結びつくといいます。

また、食肉処理場がある集落の住民で構成される婦人会では「おおち山くじら」から提供を受けたイノシシ皮を利用して、同社ブランドロゴ入りの名刺入れなどレザークラフトの製造を行っているといいます。この地域ではもともと養蚕が有名で、高齢女性たちが裁縫技術を若い世代に伝承する場になっています。レザークラフトを目当てに町を訪れる人が増えることが自信やモチベーションになり、ハンターをしている家族に狩猟を促すキーパーソンにもなっているそうです。

「こうしてビジネスが地域に根差してくると、捕獲した鳥獣の回収率が高まり、いいイノシシやエゾシカが入ってくるようになります」と石﨑さん。こうした取り組みによって地域の雇用や定住者も生み出しています。美郷町4人、新冠町3人の正社員は、地域おこし協力隊や東京で採用した20~30代のメンバー。高齢者を中心にパート・アルバイトで従事する住民もいます。

地域の深掘りと横展開。農村地域とともに生き残っていくための活路

鳥獣害対策と高齢化や離農などの課題を横串に通して、地域の人や経済が回っていくモデルケースともいえる同社の取り組み。しかし、今後のビジネス展望は楽観視できない状況です。美郷町や新冠町は辛うじて他の農村部と比べて衰退度合こそ低いものの、人や農地が減り続けている事実には変わりないためです。人が定着し根付く農村、人が離れ衰退する農村と明暗がくっきり分かれている状況の中、石﨑さんは「いかにして生き残る側になるかを考えている」と語気を強めます。

クイージが農村地域とともに生き残るための手法について石﨑さんは「既存の加工所や販路を活用した地域の深掘り」「ノウハウを活用した他地域への横展開」の2軸で進めていくと話します。前者でいえば、地域のジビエ肉関連商品の製造、販売拡大と併せて、その他の地元産品を発掘し、それらの加工品を製造、販売する地域商社兼加工施設のイメージ。後者でいえば、島根県美郷町のイノシシ事業と北海道新冠町でのエゾシカ事業の技術交流や人材交流から始まり、そのほかの地域でも同様に交流を行い、より効率的なジビエ生産のグループ会社を作っていくイメージです。こうした石﨑さんの言葉の端端から、野生鳥獣ビジネスは常に農村と共にあることを改めて感じる取材でした。

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