「農家になりたい子どもがいない」に危機感
アグリバトンプロジェクトは2020年にスタートした。代表は茨城県龍ケ崎市の稲作農家の横田祥(よこた・さち)さん。知人が県内のいくつかの中学校の特別授業で調べた「将来なりたい職業」のランキングについて知ったのがきっかけだ。「農業」と答えた人が1人もいなかったのだ。
横田さんは「農業をやりたい子どもを増やすため、何かできることはないか」と思い、同じ地域の2人の農家に相談してみた。ブルーベリー農家の本多恭子(ほんだ・きょうこ)さんと、ネギを栽培している井堀美香(いほり・みか)さんだ。
どうすれば農業を子どもたちの憧れの職業にできるのか。話し合った結果、3つの点で考えが一致した。まず「このままでは農家になろうとする子どもがいなくなる」。でも「諦めず、女性の立場でできることをやってみたい」。そのためには「農業を身近に感じてもらうことが大事」。そこで選んだのが絵本の製作だった。
製作にあたり、発起人の3人とは違う作物を育てているさまざまな農家にウェブを通してインタビューした。3人の農場の宣伝のためではなく、農業の魅力を幅広く伝える絵本にしたかったからだ。
タイトルは「おいしいまほうのたび あさごはんのたね」。コメやブルーベリーだけでなく、イチゴやトマト、ナスなどの作物が季節の移り変わりにそって育つ様が、美しい農村風景の中で描かれている。3人がつくった原案をもとに、絵本作家の小林由季(こばやし・ゆき)さんが文と作画を担当し、2021年に出版した。
製作にあたってはクラウドファンディングを実施し、集まった資金で製作費の一部をまかなった。資金面で応援してもらいたかったこともあるが、目的はそれだけではない。取り組みの意義をたくさんの人に知ってもらいたかった。
横田さんたちが茨城県の教育委員会に働きかけたところ、この取り組みに共感してくれたことで、子どもたちに手に取ってもらう機会が増えた。県内の小学校や幼稚園、保育所への寄贈が実現したのだ。寄贈に際しては、農林水産省が資金の一部を支援した。
すでに初版の4000部を完売し、増刷した。農機具メーカーなど取り組みに協賛してくれる企業も集まっている。プロジェクトを立ち上げたとき、横田さんたちは「2030年に農業を子どもたちの憧れの職業にする」という目標を掲げた。その挑戦を応援したいという人の輪が広がっている。