肥料代を補助する町の土づくり推進事業! 土壌診断の思わぬメリットとは
全国の農場を渡り歩くフリーランス農家のコバマツです。今回訪れているのは鹿児島県沖永良部島の和泊(わどまり)町。この町の実験農場では、農家の悩みを解決するために土壌診断を行っていると聞いてやってきました。この土壌診断は肥料価格が高騰する今、農家を経済的に支援することにもつながっているんだとか。島の農業の現状に即した事業について、現場に行っていろいろと聞いてきました。
沖永良部島の農業の特徴
沖永良部島は鹿児島県の離島で、鹿児島市から550キロほど南にあります。島には和泊町と知名(ちな)町があり、 島には人口約1万2000人が暮らしています。基幹産業は、夏は観光業、そして冬は農業です。年間平均気温22.3℃と亜熱帯地域です。
鹿児島県の南に位置する島(画像提供元:えらぶ島づくり事業協同組合)
島には赤土の畑が広がっていて、島特産のバレイショ(ジャガイモ)やサトウキビの他、テッポウユリやフリージアなどの球根栽培、キクやグラジオラスなどの花き栽培が盛んです。土壌は、粘土質が高く固まりやすい特徴があります。また、温暖な気候のため有機物の分解速度が早く、保水性に乏しい土壌が多いことが課題です。
沖永良部島はユリの産地としても有名。写真は2022フラワーオブザイヤーを受賞した八重咲きのユリ「咲八姫(さくやひめ)」(画像提供:和泊町実験農場)
今回コバマツが訪れたのは、島の東側にある和泊町。町が運営する「和泊町実験農場」での土壌診断が農家に大変喜ばれているといううわさを聞きつけて、取材にやってきました。
町独自の実験農場ができた理由
和泊町実験農場は、和泊町が国(農林水産省)の補助を受けて1990年に設立した施設です。農業による付加価値の高い活力ある町作りを目指し、人材育成と新技術の開発の拠点として整備されました。
現在は和泊町役場の経済課が管轄し、管理・運営を行っているそうです。なぜ行政主導で運営することになったのか。設立当時から運営に携わってきた大福勇(おおふく・いさむ)さんにお聞きしました。
和泊町実験農場に訪問しました
コバマツ
町が運営する実験農場ってすごく珍しいですよね。そもそもどうして和泊町に実験農場ができたのでしょうか?
沖永良部島は明治時代から1970年代のはじめまでユリの球根栽培が盛んで、海外と貿易をして外貨を稼いでいたんです。それが、円高で輸出が難しくなっていき、さらに1977年の沖永良部台風で島は大ダメージを受けました。
そういったことをきっかけに、当時の町長が新たな栽培品目として目を付けたのが、国内向けの切り花でした。そこで、それまでやってきた農業とは異なる技術や指導が必要になり、1990年に実験農場ができました。
大福さん
コバマツ
どうして切り花に目を付けたんでしょうか? 島の気候などいろんな状況下で、それしか選択肢がなかったのでしょうか?
島の限られた面積の農地では高付加価値の農業をやっていくしかなかったんです。例えば花きだと1反で150〜200万円の収益が上がるところ、ジャガイモだと1反10〜20万円くらいと、同じ面積でも10倍くらいの差があります。
大福さん
コバマツ
高付加価値でもうかる農業を目指して、実験農場ができたんですね!
土づくりの支援で肥料高騰対策も
島で新たに切り花の栽培技術を根付かせるために設立された実験農場。現在は花き栽培だけではなく、幅広い品目の栽培技術の確立や普及に力を入れているそうです。
実験農場の管理・運営を担当している和泊町役場経済課主事の国分紘喜(こくぶ・こうき)さんに現在の取り組みについてお話を聞きました。
国分さんは和泊町に入庁後、実験農場を担当するようになってから、独学で土壌や栽培の勉強をしてきたそう
コバマツ
1990年に設立してから現在まで、実験農場の役割は島の農業にとってどんなものだったのでしょうか?
設立当初は、切り花や花苗の栽培技術を学ぶためにほとんどの農家がここの施設を活用していました。今の島の40~50代の農家のほとんどは、ここの施設を活用してきたと思いますよ。
国分さん
コバマツ
島の農業生産には必須の場所だったんですね! 現在はどんな使われ方をしているのでしょうか?
設立から30年以上たって、実験農場の役割も変わり、現在は土づくりのための土壌診断、担い手育成のための土地の貸し出し、栽培技術の確立のための試験栽培などをしています。
2022年度からは「土づくり推進事業」を実施して、適正な土づくりを推進しています。
国分さん
試験ほ場では、新たな品目の島内での栽培技術を確立するための研究をしている
野菜部会、花き部会などさまざまな部会の勉強会も開催されている
コバマツ
新たに導入した土づくり推進事業とはどのようなものなのでしょうか?
土壌診断した農家が結果に基づく土壌改良資材や緑肥種子を購入した場合、その農家に対して費用の3分の1以内の額を助成するというものです。助成の上限は10アール当たり5000円です。
この事業では、農産物の単収向上や農業経営の安定を目指すだけではなく、地力を高めて化学肥料・農薬を減らして生産コストを削減し、環境に優しい農業を目指しています。
国分さん
コバマツ
今、物価高騰で資材も値上がりしていますから、農家にとってはありがたい事業ですね! どうして事業を実施することになったんですか?
畑に異常が出て土壌診断に来る農家が多いんです。しかし、せっかく土壌診断して対策の方法が分かっても「資材が高騰していて対策できない」「土壌診断をしてもメリットがない」という農家からの声もあり、補助事業を実施するに至りました。
国分さん
コバマツ
確かに、今は土壌診断をしてどんな対策をすればいいかわかっても、必要な資材が高くて買えなかったりしますよね。診断しても対策が打てないなら、わざわざやらなくてもいいっかってなっちゃいそう……。でも、そこに補助があったら、土壌診断する人は増えそうですね!
土壌診断は人間の健康診断と一緒で、どのほ場も毎年やってほしいと思います。
必要のない肥料は減らして、経費を削減して農業経営の改善につなげていく。それが現在の実験農場の役割であると考えています。
国分さん
コバマツ
農業の基盤である土づくりに着目して、町を挙げて支援していこうとしていること、素晴らしいですね!
土づくり推進事業で、土だけでなく農家も変わった
コバマツ
実際に2022年4月に土づくり推進事業を始めて、土壌診断の件数は増えましたか?
件数は前年の630件から1200件と約2倍に増えましたね。
効果としては、今までニンニクを植えても育たたなかったほ場を土壌診断した結果、pHが低いことが分かり、「石灰を入れたら、今年は生育が良かった!」という声ですとか、「土壌診断をして、収量アップした!」という声がありますね。
国分さん
診断は国分さんとパート2人で実施。1件300円で受け付けている
コバマツ
事業1年目から効果が出ていますね! 土壌診断面積が増えることで、島全体の地力向上につながりますし、農家も補助のおかげで実際に対策を打てて、生産力も向上しているんですね!
それだけではなく、勉強熱心な農家が診断結果に対して、何が悪いのか、どう改善していけば良いか、質問しにきてくれるようになりました。結果の作成・改善指導は僕がしているのですが、その場で答えられなかったら勉強して農家に伝えることにしています。僕自身も農家から勉強させてもらっています。
国分さん
コバマツ
現場の生産力向上につながるだけではなく、生産者と学び合えることにもつながっているんですね! 島の農業全体が良くなっていきますね!
今後も引き続き、地域の営農の安定、向上につながる取り組みをしていきたいですね。
国分さん
島の農業を立て直すために設立された実験農場ですが、生産者の現状や声に応えながら、地域の農業の維持発展に貢献し続けています。時代とともに変化する生産現場の課題に応じて対策を打ち出し続けていくことで、地域の農業を守るために必要不可欠な場所になっていくのではないかと感じました。