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日本農業の救世主⁉ 東北初の農林業系専門職大学は、農業大学校などとどう違うのか

日本農業の救世主⁉ 東北初の農林業系専門職大学は、農業大学校などとどう違うのか

2024年4月開学に向けて、山形県が東北農林専門職大学(仮称)の設置認可申請中だ。農業の専門職大学は東北では初、全国では2例目となる。担い手の減少と高齢化、国内外の情勢変化など、農業を取り巻くさまざまな課題に対応できるリーダー的人材の育成をめざして、山形県が開学の準備を進めている。東北農林専門職大学(仮称)とはどのような学校なのか。山形県農林水産部専門職大学整備推進監兼次長で、同大学長予定者の神山修(かみやま・おさむ)さんを取材した。
※ 同大学では「森林業経営学科(仮称)」も予定されているが、本稿では「農業経営学科(仮称)」を中心に解説する。

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■神山修さんプロフィール
早稲田大学政治経済学部卒業。1985年、農林水産省入省。東北大学大学院法学研究科教授、文部科学省大臣官房審議官、農林水産省近畿農政局長、同省農林水産政策研究所長などを経て、2021年4月より現職。

新しい大学「東北農林専門職大学(仮称※)」とは

専門職大学は、質の高い実践的な職業教育を行うことを目的に制度化され、2019年にスタートした新しい教育制度による大学である。

従来の大学は理論や研究をベースとした学術を究めることを重視する教育機関が多いが、専門職大学では学術重視の専門教育に加えて職業重視の専門教育や実習が必須となっている。

その名称から専門学校と混同されそうだが、専門職大学は「大学」の一つであり、卒業すれば「学士(専門職)」という学位が得られる。

※ 2023年5月時点では文部科学省による認可がおりておらず、正式名称も決定していないため、仮称と表記している。

農業大学校との違い

農業の研修機関としては、全国41道府県に道府県立の農業大学校がある。
農業大学校は1~2年間で農業の基礎的な技術や経営を学べる教育機関で、即戦力となる人材育成を重視している。

それに対し、東北農林専門職大学(仮称)は4年制の大学であり、圃場(ほじょう)実習だけではなく土壌・肥料学や農業概論といった専門的な学術教育も行われる。また、生産技術の知識や実践力に加えて、経営や国際農林業情勢といった幅広い見識を身につけられる。

「これからの時代は、生産技術で自分の専門分野の理解を深めるとともに、農業に関する隣接他分野を学ぶことが重要です。経営理論はもちろんのこと、食品の製造加工や発酵醸造、デザイン論、金融、福祉などを学び、実際に事業を進めていく上で応用できるようになっていただきたいのです」(神山さん)

東北農林専門職大学(仮称)学長予定者の神山修さん

ちなみに、山形県に以前からある県立農林大学校は、東北農林専門職大学附属農林大学校(仮称)として残され、これまでどおり2年制での研修教育が続けられる。

高い専門性や経営力を持った農業人材が求められている一方、短期間で基礎技術を身につけた即戦力の人材育成も重要であるため、農林大学校も並行して運営されることとなった。

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大学農学部との違い

農業を学べる大学といえば、大学の農学部などがすでに存在する。
極端にいえば、大学は学術重視の教育研究機関としての色合いが強いのに対して、東北農林専門職大学(仮称)は、授業の3分の1以上は実習・実技であり、生産現場で働くことを前提とした教育が行われるといった違いがある。

大学農学部でも圃場実習やインターンシップはあるが、同大学では、実際の農林業経営体の下での90日間に及ぶ長期の実習を通じて、現場の生産技術から経営まで学ぶカリキュラムが用意されている。

また、神山さんは次のようにも語る。
「大学農学部の学生は、卒業後に農業・食品関連の企業や公的機関に就職するケースが多く、生産現場で担い手となる人は少数です。一方、東北農林専門職大学(仮称)は、生産現場の担い手として農業経営体で働くことを想定していて、そのための教育体制が敷かれています」

大学と専門職大学の違い(出典:文部科学省「専門職大学・専門職短期大学」パンフレット)

東北農林専門職大学(仮称)の特徴とは

東北農林専門職大学(仮称)は、豊富な実習による生産技術、生産・経営などに関する理論、加工・販売などの関連分野といった科目を、専門的かつ総合的に学ぶことのできる教育機関である。

これからの山形、東北、日本をけん引する農業経営者を養成することを目的に、2024年の開学を目指して準備が進められている。

学部は農林業経営学部(仮称)の一つで、学科は農業経営学科(仮称・定員32人)と森林業経営学科(仮称・定員8人)に分かれる。

同大学では、主な特徴として次の10点を挙げている。

    (1)生産管理と経営管理の両方が学修可能
    (2)加工・販売、発酵・醸造など、農業に関連する幅広い分野の学び
    (3)農業法人など農業経営体での長期の実践的な学外実習(臨地実務実習)
    (4)研究者教員に実務家教員を加えた教員体制
    (5)1学年40人の少人数制
    (6)ビジネス英語やSDGs、国際農業論など国際化に対応した学び
    (7)県内自治体、産業界など「オール山形」で学びを支援
    (8)東北各県に実習先を確保
    (9)地域住民にキャンパスの一部を開放し交流促進
    (10)新築の校舎や学内圃場など充実した学びの環境

中でも、特に大きな特徴である臨地実務実習、実務家教員、地域交流の3点を解説する。

現場での学び:臨地実務実習

2年生から4年生までの間に、東北6県の農林業経営体の下で実践的な農業経営を学ぶ。
2年生で生産管理、3年生で経営管理を中心に学び、4年生では経営課題の解決などをテーマにした卒業研究に取り組む。

各年30日間を実習先で過ごすが、原則として3年間の実習先は同じ農業経営体とする考えだ。農業経営の理解をより深めるとともに、その地域に溶け込むことも目的としている。

農業の担い手を増やしていくに当たって、学生は必ずしも農家の子弟だけを想定したものではなく、卒業後に雇用就農や独立就農する非農家出身者も考えている。

そうした農業経営基盤を持たない学生が就農しやすくなるよう、実習先地域での受け入れ環境を整える狙いがある。

臨地実務実習で学生を受け入れる農業経営体は、山形県内で285、県外で34を予定している。実務経験5年以上の指導者がいる農業経営体を対象に、各県から紹介・推薦を受けて選定している。

実践的な教育者:実務家教員

同大学では、稲作、果樹、野菜・花き、畜産の各分野に、研究者教員と実務家教員を各1人以上配置して、理論と実践をまたいだ教育体制を敷く。

実務家教員とは、農業現場における普及指導、品種改良や生産技術の開発など、研究機関などで5年以上の実務経験を持つ専門家をいう。農業経営学科(仮称)の約20人の教員のうち、ほぼ半数を実務家教員とする方針だ。

「理論だけで現場がわからない。あるいは、技術だけで理論などの専門知識がない。そういったことのないように、理論と実践をバランスよく学べる体制にしていくということです」(神山さん)

社会に参加して広い視野を:地域交流

同大学は、「オール山形」で学びを支援するなど、地域を挙げて学生と関わりを持てるよう、各方面へ働きかけている。

特に大学が立地する最上地域において、アルバイトや地元イベントへの参加など、地域住民との交流をしてもらいたいと神山さんは言う。

「ですから、本校では、学生に地域に溶け込んで一緒に活動してほしいと考え、あえて学生寮をつくらないことにしました」

既存研修教育機関の山形県立農林大学校は全寮制だが、東北農林専門職大学(仮称)の学生には地域に住んでもらいたいとしている。周辺の一部自治体も、大学の学生が割安で借りられるアパートの準備を進めているようだ。

学内一部施設は地域住民も利用可能(出典:東北農林専門職大学(仮称)ウェブサイト

多様な人材育成めざしたカリキュラムを用意

東北農林専門職大学(仮称)では、基礎的な生産技術だけではなく、スマート農業などの最新技術や、社会の動向・世界情勢などの変化にも対応できる人材育成を目指している。そのため、募集する学生も工学系、商業系と幅広い分野から集まってもらいたいと神山さんは言う。

また、昨今は非農家による就農者も増えていることから、必ずしも農家子弟を想定しているわけではない。非農家であっても卒業後に新規就農できるように、在学中から大学としてサポートをしていく。

カリキュラムとして科目は大きく4つに分かれ、多様な講義が用意されている。

基礎科目

一般教養などを身につける科目(20単位)。

講義例

    ・ビジネス英語
    ・気象・気候学概論
    ・統計学
    ・経済学入門
    ・情報活用

職業専門科目

生産技術や経営管理など、農業経営に直結する専門知識を身につける科目(79単位)。

講義例

    ・土壌・肥料学
    ・圃場実習
    ・先端農業技術論
    ・国際農業論
    ・農業経営分析・計画
    ・農山村活性化論

展開科目

農業経営者として応用的・創造的能力を身につけるために農業に関連する他分野を学ぶ科目(24単位)。

講義例

    ・食品製造・販売
    ・デザイン論
    ・発酵学・醸造学
    ・栄養学
    ・社会福祉論

総合科目

1~3年生で学んだことのまとめとして4年生で卒業論文に取り組む科目「経営分析・計画演習」(4単位)。

日本の農業の課題解決に向けて開学

生産技術の急速な発展や、農業の担い手の減少と高齢化、国際情勢の変化など、農業を取り巻く環境は目まぐるしく変わっており、これからますます加速することが考えられる。

そんな状況の中で必要なこととして、東北、日本の農業をけん引できる力を身につけた人材が絶対的に求められるとの考えから、東北農林専門職大学(仮称)設置という構想が生まれた。

さまざまな課題を抱える現役の農業者にとっても、地域をけん引する若い人材が毎年輩出されることによる恩恵は少なくないだろう。

2024年の開学と、その後に続く農業の担い手の活躍に大いに期待したい。

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