供給不足で国内業者は大変
ある日、兼業農家である筆者のところに、食品加工業者からこんな連絡がありました。
「山椒をつくってくれたら、1トンでも2トンでも言い値で買い取る」
話を聞くと、業者が仕入れていた生産グループが高齢化で解散してしまったそうです。最近は実山椒を昔からつくっていた主要産地の出荷量も減ってしまい、佃煮加工に使う実山椒がなかなか入手できず、業者同士で奪い合いになっているのだとか。それにしても「いくらでも言い値で買う」とは……。
この話を聞くまで、山椒といえば田舎の家であれば庭や山の片隅に数本植わっているのが当たり前だという印象でした。ありふれたものが、まさか供給不足に陥っているとは、驚きました。「足りないからつくってほしい」と言われると農家として燃えるものがあります。
さっそく、知り合いの農家たちにもこの話をし、みんなで山椒を栽培することにしました。
山椒栽培の基礎知識
身近にあるけど、知っているようで知らない山椒。苗を定植する前に、近所の人にも相談しながら、基礎知識から勉強することにしました。
山椒の種類
山椒は雌雄異株で、雌木と雄木に分かれています。ホームセンターなどで販売されている「実山椒」は雌木、「花山椒」は雄木です。雄木には実がなりませんが、咲いた花は香り高く、高級食材として流通しています。
実山椒のなかで多く流通している品種が「朝倉山椒」と「ブドウ山椒」です。朝倉山椒はトゲがない品種です。5月下旬頃から採れはじめ、まだ青く果実の香りがよいということで、佃煮に使う生果として販売されています。
一方、ブドウ山椒は果実が大粒で、果実が赤く熟したあとに乾果として出回ることが多い品種です。乾果は七味の材料の一つになります。
山に自生している山椒は、性質が強く台木にされるほか、芽が多いために「木の芽」(山椒の若葉)を採るのにはうってつけだそうです。
どの品種にも向き不向きがあるものの、春には木の芽を、晩春には花、初夏には生果、夏には乾果を収穫できるため、周年で楽しめます。また、不要になった山椒の木も、すりこぎに使う木材として利用されるという、まさに捨てるところのない植物です。
少量栽培の場合はアゲハチョウに注意
山椒はミカン科の落葉低木です。そのため、柑橘類を好んで食べるアゲハチョウの仲間がよくつきます。
アゲハチョウはモンシロチョウ(いわゆるアオムシ)などのように集団生活しないので、たくさんの本数を栽培している場合はそれほど大きな被害にはなりません。
一方、ベランダや庭などで数本育てている場合は、数日で丸裸になることもあります。大きくなった幼虫は「エメラルドグリーンで、触るとツノを出す」という見つけやすい姿をしていますが、若齢幼虫は「鳥のふん」のような見た目をしています。1本の木に数匹いるだけなので、あやしい食害痕を見つけたら探して駆除しましょう。
「歌いながら収穫すると枯れる」という逸話
近所の人に山椒の話をすると、ほぼ必ず教わる逸話が「山椒を、歌いながら収穫すると枯れる」という話です。これは山椒の根が浅くてもろく、切れやすいことを例えた話です。他の果樹と比べて根は浅く、細根は地下50センチメートル付近に多くあるといわれています。その根はデリケートで、乾燥しすぎても、通気性が悪くなっても枯れてしまうそう。
また、地上部も繊細で、他の果樹のように大胆な切り戻しはできません。刺激の強い化成肥料も使わない方がよく、ゆっくり効く有機質肥料を使え、という人もいます。
したがって、毎年の軽い剪定(せんてい)と、幼木の時点での仕立て、施肥以外はできることが少なく、ある意味で手間の掛からない果樹だといえます。
もっとも手が掛かるのは収穫
ただし、収穫には非常に手間が掛かります。実山椒の価格は1キロ3000円程度と高価ですが、実山椒1房の重さは1グラム程度。低樹高に仕立てられた、1房に立派な実がたくさんついている朝倉山椒で、1人で1時間当たりに収穫できるのは1〜2キロほどだそう。
また、実山椒(青果)の場合、収穫適期はおよそ10日ほどと極めて短期決戦になります。適期の見極めは、粒が太っており、中の種子が白い時。この種子が茶色くなると、皮も硬くなり、価格は下がってしまいます。しかも、収穫時期は一部、田植え時期とも重なります。
山椒の供給力不足は「高齢化で産地が衰退した」ことが原因といわれていますが、過疎化によって収穫人員が減ったことも一因なのではないでしょうか。
ほったらかしの山椒をみんなで摘み取り商品に
筆者たちは耕作放棄地に合計200本の朝倉山椒を新植しましたが、本格的な収穫が始まるのは3年後から。
その間にも、なんとか山椒を届けられないかと考え、町に点在している収穫しきれない山椒をかき集めることにしました。
地域おこし協力隊が一軒一軒声を掛けて収穫させてもらえる山椒をリスト化し、都市住民などで結成したスタッフたちが収穫に回るという仕組みです。出荷先はとある加工業者。交渉の末、朝倉山椒だけに限らず、山に自生している山椒も出荷させてもらえることになりました。
収穫のコツと便利な道具
しかし、放任して木が大きくなり、実が小さくなった山椒を収穫するのはとても大変でした。そもそも実が小さく、トゲのある自生の山椒は骨が折れました。
しかし、大変だからこそ、収穫する手順や道具などをみんなで検討し合い、さまざまなアイデアが生まれました。最後に、手順やポイントを少しだけ紹介します。
収穫の手順
青い実山椒は、葉っぱの青色と同化してどうしても取り残しがちです。1本の枝を奥から順に、また、枝が重なっている場合は、上の枝から順番に収穫していくと取り残しが少なくなります。
ブドウの摘粒用ハサミが便利
収穫する際は、基本は指で房を摘み取るのですが、長く続けているとだんだんと爪先が痛くなってきます。
いろいろな道具を取り寄せて使ってみましたが、早くて楽だったのがブドウの摘粒用ハサミでした。指を通すタイプなので、両手で使えるのが特徴です。
山椒栽培は極めて兼業農家向き
結果的にほったらかしの山椒を集めるプロジェクトは、大勢の人の協力で、およそ40キロの山椒を収穫することができました。これは、町全体の出荷量の約3分の1ほどに匹敵します。
考えてみると、山椒は極めて副業向きの品目です。栽培にはそれほど手間が掛からないうえ、毎年の繁忙期が決まっており、予定も立てやすい。一方で、収穫時期が田んぼの繁忙期ともろに重なるため、水稲栽培をしている専業農家がやるのはつらいように思います。
単価も高く、収穫作業が順調にいけば時給も支払えるので短期雇用の受け皿にもなり、都市住民との新しい農業交流の仕方ができるのではないでしょうか。
まだこのプロジェクトは模索中ですが、収穫が終わったあとに「来年も誘ってください」と言ってくれる方が大勢いました。これからの山椒栽培は、都市住民の人たちが鍵なのかもしれません。