新規就農を志す人にありがちな勘違い
私は2010年に非農家から新規就農を果たしました。すでに10年以上が過ぎ、ここ数年は「私も農業を始めたい」という人から「話を聞かせてほしい」と言われたり、「どうすれば就農できるでしょうか?」といった相談を受けたりする機会がたびたびあります。
ただ、こうした新規就農希望者と会ってみると、社会貢献的な文脈から「新規就農したい」と言われることが多く、結構気になります。
確かに、高齢化が進み、担い手が不足しているのは紛れもない事実です。社会貢献がしたいという思いから「農業に取り組みたい」と思ってくれる人が増えることは、喜ばしいことではあります。しかし、世間にありがちな「農業=時代遅れ、大変、儲からない」といったイメージをそのままストレートに受け止めているとしたら、農家の実情を正確に捉えておらず、新規就農後に思わぬ苦労を強いられたり、トラブルに巻き込まれたりする可能性があります。
「異業種のノウハウを生かして、自分たちが新規就農して助けたい」「農家にはないアイデアや感性で、この地域を活性化したい」といった、既存の農家からすると「上から目線」とも受け止められかねない態度で飛び込むと、地域の農家から相手にされない可能性が高いので、くれぐれも注意するようにしてください。
僕自身も農業を取り巻く事情を知らなかった
世間のイメージとだいぶ乖離(かいり)があると思いますが、地域を代表する専業農家たちは、決して一般人が思っているほど儲かっていないわけではありません。むしろ個人的には、一般の会社員と比較しても十分な稼ぎがあり、それなりに裕福な暮らしをしている人が多いという印象です。
もちろん地域によって違いはあると思いますが、土地をたくさん持っている富裕層も少なくありません。一般家庭ではありえないような広い敷地に大きな一軒家を構え、悠々自適に暮らしている人も少なくないというのが、新規就農してみて感じた僕の率直な感想です。仮に儲かっていても、自分から「儲かっている」と吹聴するような馬鹿なまねはしない、といったところでしょうか。
農業には、さまざまな形態があります。専業農家もいれば、兼業農家もいます。さらに専業農家のなかにも、大規模に農業を営んでいる人もいれば、年金暮らしで趣味的に農業をしている人もいる。「農家の平均所得が低い=農業が儲からなくて大変」という構図で語られることが多いですが、この数字をそのままうのみにしてしまうのは、かなり的外れです。
農業所得は、あくまで経費などを差し引いた後の「利益」をベースにしたものであり、「売り上げ」とは異なります。なかには合法的に節税対策などを講じている人もいるでしょう。所得は、低い方が税率が下がり、税金を納める金額が少なくなります。農業所得はそのあたりの事情も加味したうえで判断材料にすべきです。
農家は、基本的に自営業者、いわば経営者。地元の農業を担う経営者として、リスペクトすることが大切です。先輩として敬う姿勢を忘れず、「自分も農業を頑張りたい。教えてください」というスタンスで接すれば、技術やノウハウを親身に教えてくれる人は多いと思います。
スタートラインの違いをきちんと理解すべき
異業種参入の際、参考にされがちな成功事例のなかにも、実は思わぬ落とし穴が潜んでいる可能性があるので、注意するようにしてください。
成功事例を参考にする時に確認したいポイントは、その人が「親元就農」なのか、それとも「非農家からの新規就農」なのかです。どちらもひとくくりに「新規就農」と取り扱われるケースがとても多いですが、前者はいわば「事業承継」であり、一から事業を立ち上げたわけではありません。
一見すると、後者の「非農家からの新規就農」と同じように農業に取り組んでいるように見えても、特にスタート部分の困難さには、両者に大きな差があります。非農家からの新規就農を目指す際には、安易に「親元就農」の事例を参考にするのは、避けた方が良いでしょう。
親元就農の場合、新規就農者にとって大きなハードルとなる「土地」と、過大な初期投資になりがちな「農業機械などの設備」を、親から承継できる可能性が高いです。加えて、栽培のノウハウなども親から指導してもらえます。いわば恵まれた環境にあるわけで、こうした新規就農者の事例を参考にするのであれば、このスタート部分の違いに着目し、自身の状況と照らし合わせながら冷静に割り引いて考えることが重要です。
異業種からの農業参入で注意すべきこと
当たり前の話ですが、異業種から農業参入する場合には、農業経営の特性を十分に理解するようにしてください。ハードルが高いのは「土地」です。すでに名の知れた有名企業でもない限り、土地の確保は容易ではないでしょう。土地を確保できないことが、その後の規模拡大の足かせになることも十分考えられますので、作物選びにも大きく関わってきます。
また、農業は、初期投資額が大きくなりがちです。それにもかかわらず、売り上げの変動が大きいため、楽観的な売り上げ見込みで事業計画を立案してしまうと、すぐさまキャッシュが枯渇するリスクにさらされます。農業参入後の数年間は、自己資金だけでなく借り入れを組み合わせることも視野に入れながら、十分な手持ち資金を確保することが重要です。
スタッフの労働時間をいかに平準化させるかもポイントになりそうです。農繁期・農閑期の作業量の差が大きい作物の場合、農閑期の作業がなくなり、パート・アルバイトの休みが長期に及ぶことになります。これでは安定した給与が欲しいスタッフが離職してしまうため、儲からない作物の栽培であえて農閑期を埋め、継続的に働けるように工夫している農家もいます。異業種の企業が農業に参入するのであれば、既存事業とのバランスを考えながら、うまく働けるモデルを作るのが成功の鍵といえるかもしれません。
経営を持続させるためにもう一つ重要なのは、安定した売り先の確保です。当たり前の話ですが、飲食業・小売業などからの農業参入が目立つのは、栽培した作物の「出口」を自前で確保できるからに他なりません。こうした企業であれば、既存事業との相乗効果を発揮し、農業経営を早期に軌道に乗せることができそうです。
僕の場合、前述の土地探しが大きなネックになりました。それでも先輩農家に敬意を払い、経営者の先輩として謙虚に教えを乞うなかで、徐々に農地を紹介してもらうことができました。異業種からの農業参入は、「新人からのスタート」です。これまで異業種で培ってきたプライドは一旦捨て去り、謙虚に学ぶことができるかがとても重要だと思います。