コオロギのフンからできた肥料は、肥料価格高騰の対策になる?
徳島県の西部、三好郡東みよし町にある田口農園は、世界農業遺産に認定された「にし阿波の傾斜地農耕システム」で年間64品目を育てている。代表の田口真示(たぐち・しんじ)さんは農薬適正使用アドバイザーの認定も受け、肥料にも気を使って営農している。そんな田口さんが現在取り組んでいるのが「コオロギフラス」という有機肥料の実証実験だ。
コオロギフラスとは、コオロギを飼育する過程で出る排せつ物や脱皮後の殻のこと。徳島県内で食用やペットフード用のコオロギを養殖し加工販売している株式会社グリラスが、このコオロギフラスも肥料として活用しようと、研究を行っているのだ。
田口さんは徳島農業支援センターを通じて実証実験の打診を受けた。「ちょうど肥料が高騰していた時期だったので、代替品になればと話を引き受けた」という。
実際に使ってみたところ、さらさらしてまきやすかったという。さらに、野菜の成育が良くなったそう。一方で、「新しいものなので、短期的な使用感だけでは良しあしを判断できない。今後も実証実験への協力を通じて効果を見ていきたい」と慎重な姿勢も見せた。農家の立場としては、さまざまな観点から長期的にその効果を判断していきたいというのは自然な感情だろう。
資源の循環を視野に入れて開発
そこで、実際にコオロギフラスが生まれる現場を取材することにした。徳島県美馬市内にある美馬ファームを訪れると、生産本部長の市橋寛久(いちはし・ひろひさ)さんと研究開発担当のアネトゥイさんが取材に応じてくれた。
そもそもグリラスは、徳島大学の講師を務める渡邉崇人(わたなべ・たかひと)さんが2019年に設立した「徳島大学発ベンチャー」だ。渡邉さんはもともと動物発生学の研究者で、コオロギはあくまでモデル生物。コオロギをタンパク源にする研究は専門というわけではなかった。しかし「もっと世の中に対してダイレクトに貢献したい」という思いからグリラスを立ち上げた。
コオロギは、その飼育のための環境負荷が牛や豚に比べて小さいと言われている。また、コオロギは雑食性のため、エサとなるものの制限は少ない。グリラスで飼育されているコオロギのエサは、自社で厳選した食品残さを委託加工してペレット化したもの。こうした取り組みが、食品ロスの解消や環境負荷の軽減に一役買っている。
食べれば出るのが排せつ物だ。現在実証実験が進むコオロギフラスは、食用コオロギの飼育の際に出る副産物だが、「コオロギの飼育を開始した当初から、これを活用することを想定していた」と市橋さんは言う。「コオロギの飼育期間は約30日で、成長するまでの間にその体重と同じ重さのフラスが出ます。それを産業廃棄物として処分するとなるとかなりの費用がかかるので、ほかの家畜と同様に排せつ物を肥料にすることにしました」
ほかの家畜の排せつ物とどう違うか
農業の現場では、牛ふんや鶏ふん、豚ぷんも堆肥や肥料として活用されている。ただ、いずれもその生産や加工の際のにおいは、かなりキツい。しかし、コオロギフラスはほとんどにおわない。筆者が実際ににおいを嗅いでみたところ、鼻を近づけると独特のにおいがわかる程度だった。
また通常、家畜のふんを堆肥にする場合は発酵などの手間がかかるが、コオロギフラスには肥料にするための特別な加工は施していない。コオロギのふんはもともとほとんど水を含まず、乾燥の手間もない。
市橋さんは、「実証実験の結果や農家のニーズなどを見て、発酵させたものを開発する可能性がないわけではない」としつつも、「現状ではこのままで使うことを想定している」とのこと。生産されてから使用するまでの手間が少ないのも、メリットの一つだろう。
さらに牛や豚、ニワトリの飼育の際には、エサに抗生物質などの添加物を混ぜることが多いが、グリラスではコオロギのエサにそのようなものは配合していない。そのエサを食べて出た排せつ物にも添加物が入ることはないため、「有機栽培の農家は安心して使えるのでは」と市橋さんは言う。
農家がコオロギフラスを使用するメリットは
栄養分が多く含まれているのも特徴だ。窒素やリン酸の値が高いことは、研究で明らかになっている。鶏ふんには及ばないものの、牛ふんに比べると窒素は2.5倍、リン酸は4倍近く含まれている。
ただし、市橋さんは「コオロギフラスが牛ふんや鶏ふんと置き換わるものではない」とも言う。それぞれに使う目的が異なるものであるため、成分だけを見て農家にとってどちらが有効かを判断はできない。使い方についてはそれぞれの農家が考えていくべきだろう。
コオロギフラスには脱皮後の殻が含まれている。これにはカニやエビの殻と同様「キチン」という成分が入っている。キチンが含まれるカニ殻肥料は土壌中の有用微生物のエサとなり、土壌の改良にもつながるとされている。この効果によって野菜が病害に強くなるとも言われる。市橋さんは「コオロギフラスでの効能の確認はまだ十分にはできていないが、期待はできる」と話す。
気になる価格についてだが、「まずは試験的に使ってもらい、用法や用量に関する知見を蓄積することが大切。今は、取りに来てもらえれば、無償でお渡ししている。今後、商品化するとしても、あくまでも副産物なので、牛ふんや鶏ふんと同じような価格帯になるのではないか」とのことで、高価なものではなさそうだ。世界的に化学肥料の価格高騰が続く中、SDGsやみどりの食料システム戦略の推進などもあり、有機肥料への置き換えも進む。その中で、将来的にコオロギフラスは一つの選択肢になるかもしれない。