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「現代の百姓」が地域に若者を呼ぶ! 新規就農者がマルチに事業展開するわけ

「現代の百姓」が地域に若者を呼ぶ! 新規就農者がマルチに事業展開するわけ

全国の農場を渡り歩くフリーランス農家のコバマツです。今回は、中山間地域での小規模農業が特徴の京都府宮津市に、Uターンをして新規就農をした若者がいると聞いてやってきました。その若者は農業だけではなく、いろいろな事業をマルチに行い、宮津の地域づくりに貢献する事業もしているそう。人が足を運びにくく、生産にも不利な中山間地域でどのような農業をしているのでしょうか。

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小規模農家が地域事業を展開する会社も設立

今回コバマツがやってきたのは京都府宮津市。京都府北部の日本海に面した人口1万6000人ほどの市で、農業、漁業だけではなく、観光業も盛んです。農家1軒あたりの経営耕地面積が1ヘクタール以下の小規模農家が7割を占め、兼業農家が多いのが特徴です。

天橋立

日本三景の一つとして知られる天橋立(あまのはしだて)がある

そんな宮津市で、新規就農しただけでなく、マルチに他の事業を展開している農家があるとのこと。
農業の働き手が半農半Xなど農業以外の仕事を掛け合わせて働くスタイルは耳にしますが、農家がさまざまな事業を展開する事例ってあんまり聞いたことがないかも!?
新規就農してなぜ農業以外の事業も手掛けるようになったのか、農家が農業以外の事業を行うことでどんな効果があるのか、この人に話を聞いてきました。

■矢野大地(やの・だいち)さんプロフィール

矢野さんプロフィール 1992年生まれ。宮津市出身。大学時代、東日本大震災の支援活動で宮城県気仙沼市に1年間滞在したことを機に、自身の生き方を大きく変える決断をする。大学卒業後、高知県の一軒家に移住し、若者が地域活動を行うNPO法人を設立。2019年、地元宮津の衰退状況を見て、Uターンを決意。2021年に宮津に戻り、未来につながる地域産業を作るため、レモンの栽培を始める。2021年4月、1次産業を核とした仕事に携わる人材を育てるため、株式会社百章を設立。レモネード専門店をスタートしている。

コバマツ

矢野さんはUターンをして地元の宮津市で新規就農したそうですね!
2021年にUターンして、祖父が持っていた土地でレモン農家として就農しました。今は個人事業主としてレモン栽培とレモンの苗木の販売をしています。

矢野さん

収穫後のレモン

70アールの畑で600本のレモンの木を栽培。苗木も育て、年間300本ほど販売している

コバマツ

実は農家以外の顔もお持ちだとか?
はい。株式会社百章という会社を立ち上げて、その代表も務めています。レモンを中心とした6次化や農泊事業、農業インターンシップなど、農業や地域のブランディングや発信につながる事業をしています。

矢野さん

コバマツ

へえ~! いわゆる半農半Xなど、働き手が農業とは別にもう一つの仕事を持つパターンは耳にする機会が多いですが、そんなにいろんな事業をやっているなんて、びっくりです。どうしてそのような事業形態になったのでしょうか?
「農業は魅力ある産業で、可能性がある仕事だ」っていうことを伝えて、宮津に若い人が農業の担い手として訪れる流れを作りたくて、今の形を取りました。まずは、僕が一人の農家として収量を上げ、それをきちんと会社でブランディング、販売をしていく。そのことで今後、若い人が地域で安心して就農できる土台を作ることができればと思っています。

具体的には、個人生産者の生産を会社が応援して、その農産物を販売する共同組合のような形を取りたいと思っています。今取り扱っている農産物は、僕が生産したものや、ショウガを栽培している共同代表の関野のものがメインです。将来的には宮津で就農した人のものを販売していきたいと思っています。

矢野さん

レモネード キッチンカー

レモネードを販売するキッチンカーの運営をしている

コバマツ

レモネードが人気のようですね。「まだ、名もなきレモネード」という店名もステキです。
さらに農泊やインターンシップをやっているのはなぜですか?
若い人に宮津の農業と接点を持ってもらうためですね。農業に関するさまざまなプログラムを提供して、多くの人に宮津での農業を体験してもらっています。

矢野さん

教師になる予定が、新卒で山ごもり生活から就農へ

コバマツ

どうしてそんな形の農業を思い描くようになったんですか? というか、なぜそもそも地元で新規就農しようと思ったんですか?
もとは、学校の教師を目指していて高知大学に進学したんです。教師を目指していた理由も、子供の時から宮津が好きで地元の良さを伝えられる大人になりたかったから。子供たちにそれを伝える存在といえば教師だろうと。
大学在学中に東日本大震災が起こり、3年生の時に1年休学して被災地支援に行ったんです。そこで建築業や農業など、とにかくあらゆる経験をしたんですよね。

矢野さん

被災地支援の写真の様子

被災地で地域活動をする矢野さん

コバマツ

いきなり農業!というわけではなく、最初は先生という立場から地域の良さを伝える存在を目指していたんですね!
復学してからも高知の本山町という地域で花などを植えるプロジェクトをしていました。そんな被災地や高知での地域活動から、お金だけではなくて人とのつながりで物事が動いていく面白さや、自分の力で食や住も得られることの豊かさというものを経験しました。

矢野さん

コバマツ

それはすごく意義のある経験ですね。そんな学生時代を終えて、希望通り教師になったんですか?
いいえ、教員免許は取りましたが、いろいろとやりたいことが出てきて、結局就職活動もせずに卒業しました。教師という立場じゃなくても子供たちに地域の魅力を伝えられる存在になれるのではと、地域活動を通して実感したからです。
その後、山の暮らしに挑戦してみたいと思って、高知の標高700メートルのところにある一軒家をリノベーションして自給自足的な生活を1~2年していました。そんな生活をブログやSNSで発信していたら、結構見てくれる人がいたんですよね。僕が田舎暮らしをしていた10年前って、まだ若者で実際にそんな暮らしをしている人って少なかったんじゃないかと思います。そんな僕の生活拠点を訪れる若い人が結構いて、自宅を開放して全国からさまざまな人がやってくる場づくりをしていたら、年間のべ1000人ぐらい滞在するようになったんです。
その様子を見ていた大学時代の恩師から「地方も高齢化、人口減少が課題となっている。矢野君がやっていることは、行政も必要としている取り組みだから、NPO法人を作って事業としてやったらどうか」と言われて、事業としてやり始めたんですよね。

矢野さん

コバマツ

新卒で山暮らしの自給自足からNPO法人設立ってすごいキャリアですね! 事業としてどんなことをしていたんですか?
高知県内外の若者が積極的に地域に関わる機会を作っていました。地域での拠点づくりとか、滞在プログラムやインターンプログラムの企画や運営などですね。

矢野さん

コバマツ

学生時代の経験と卒業後の経験が今の宮津での活動にしっかりつながっているんですね!

高知でのNPO運営を経て、農業を通じて魅力ある地域づくりへ

コバマツ

宮津に帰ってきたタイミングはいつ頃だったんですか?
2019年頃から宮津に帰る準備を始めて、高知と宮津の2拠点生活を始めました。高知である程度実績もできたし、そのノウハウを宮津で展開できればと思い、2021年にUターンを決めました。

矢野さん

コバマツ

他の地域で実績ができたタイミングで戻ってこようと思ったんですね。
高知では拠点づくりやインターン事業など、どちらかというと農業と外から来た人をつなぐ役割だったと思うんですけど、どうして就農しようと思ったんですか?
祖父が持っていた農地があったので、そこで農業をしながら、高知で培ってきた経験も生かした形で農業をすることはできないかと考えたんですよね。今までは人や地域をつなげる役割だけだったけど、今度は生産者という立場も担いながら、より深く農業と人をつなげていける存在になることができればと思い、就農を選びました。
それだけじゃなくて、自分が農業をすることで、自分の農地の価値や作物の価値を上げていきたい。そのことで地域全体の価値も上げていくことができればと思っています。

矢野さん

コバマツ

日本海側の地域でのレモン栽培は珍しいのではと思うのですが、なぜレモンを栽培することにしたのですか?
冬に実家に帰省した際、意外にも庭にレモンがなっていたんです。レモンは今後国産需要が高まるだろうと思い、レモンでの就農を選びました。

矢野さん

冬レモン

雪が降る宮津で実をつけるレモン

担い手が育ちやすい地域づくりのために

コバマツ

株式会社百章の創業のストーリーについて聞いてもいいですか?
地域の活動を通して出会った関野祐(せきの・ゆう)と共同で起業しました。僕が「宮津を盛り上げるための行動を起こしていきたい!」と考えていたところ、関野も宮津出身で、地域への思い入れが強く、「農業・生産現場を盛り上げていくことで、宮津をこれからの未来を作る若者が育つ場所にしたい」という思いが一致して。
会社では、農業を軸にしつつ、その周辺のさまざまなことを事業として取り組んでいます。

矢野さん

関野さん 画像

共同経営者として、共に事業運営をしている関野さん。もともと保険会社の営業をしていたので、そのネットワークを活用して地域内の事業者との連携などをメインに動いている

コバマツ

同じ思いを持った仲間との出会いもあって法人設立にいたったんですね! 
「百章」という社名にはどんな思いが込められているのでしょうか?
「百章」は「百姓」とかけてつけました。関野と語り合って決めたのですが、100年経っても色あせない老舗感のある名前がいいな、とアイデアを出して、「ショウ」の字はこれからの物語をつづっていく、という意味を込めて「章」にしました。
兼業や複業が当たり前になりつつある現代に、いろんな仕事をしながら、農業や漁業や林業といった1次産業に関わって生きていく。そんな生き方を宮津から提案していきたいと思っています。

矢野さん

宮津にやって来た人を受け入れる場を農泊で

コバマツ

百章では農泊事業の「みやづくしの宿」や、インターン事業の「宮津農旅インターンシップ」というサービスを運営していますね。これにはどんな狙いがあるんでしょうか?
たっちゃんち

みやづくしの宿では、矢野さんや関野さんを含め、地域の農家や漁師がオーナーとなっている4つの宿と1つのワークスペースがある

今後、外から「就農したい!」という人が訪れたときに、地域が人を受け入れられるように、その体制づくりのためにやっています。

矢野さん

コバマツ

就農の一つの壁でもありますよね、就農先の町が結局受け入れてくれないとか、周りの生産者の理解が得られなくて結局出ていってしまうとか……。
それもあるんですけど、ここは絶対的に農業の力がある地域ではないんです。なので、就農してきちんと続けていける農業ができないといけないと思うんです。農業規模が小さい就農でも、この町にある漁業や観光業や飲食業などと掛け合わせることで収入も安定させつつ、この町だからこそできる魅力ある農業を作っていこうっていう、そういう雰囲気づくりもしていけたらと思っているんです。

矢野さん

コバマツ

まずは、インターンや農泊を通して外から人が来ることに地域の人に慣れてもらったり、いろんな農業の形を知ってもらったりして、将来的にいざ就農しよう!という人が現れた時の土壌づくりをしているんですね!
農業インターン

地域に4泊5日滞在し、農を体験する「農旅インターンシップ」の運営もしている

職人の世界に人を巻き込んでいく農業の形を目指す

コバマツ

レモン農家としても就農して、高知での経験も生かして、今後どんな農業の形を目指しているのでしょうか?
僕はもちろん生産者としても技術を磨いていきたいと思っています。でも農業は職人的な業界になりすぎた結果、人が入って来にくくなって担い手がどんどん減っていってしまっていると思うんですよね。なので、生産活動だけじゃなくて多くの人を巻き込んでやっていく農業の形を実践していきたいと思っているんです。職人の世界に、素人を溶け込ませていくのが百章の役割だと思っています。

矢野さん

矢野さん農場視察

行政や地域の人たちに自身の圃場(ほじょう)や加工品について紹介する

コバマツ

確かに、農業はまだまだ職人の業界という感じで入って来にくいイメージがありますよね! コバマツもそのイメージを払拭(ふっしょく)したく、フリーランス農家の働き方を実践していますし!
矢野さんみたいに、農業をしながらも農泊事業やインターン事業などをしている人がいたら、来る人にとっては農業との接点を持ちやすいですし、「こんな農業の仕方もあるんだ」とそのスタイルが新鮮に映りますよね。
目指すのは、宮津というこの地域はおいしいものがとれるって自信を持って周りに伝えられる町にしたいんです。おいしいものを自信を持って売っていける農家が増えてほしい。そういうふうにやりがいをもって取り組める人が増えたら、心の健康にもつながると思うんです。そんなふうに皆幸せになってほしいなって。宮津にそういう人が増えていってほしいと思うんです。
地域についても「人口が減ってる、お金も減っていく」とマイナスになるんじゃなくて、「じゃあ良くしていこう!」ってなるような取り組みを、農業を軸としてやっていきたいと思っています!

矢野さん

コバマツ

生産者としては魅力ある農業の形を作って、会社としてはその価値を高め、地域の魅力発信や地域づくりをしていく。両方やっているからこそ、その相乗効果で良いものづくりや、地域の魅力の発信をしていけそうですね!
教師という方法ではなくなりましたけど、今はそんなふうに宮津の魅力づくりをして、その良さを伝えていける存在になれたらと思っています!

矢野さん

活動集合写真

農家が直販や6次化をする話はよく耳にしますが、農家が会社を経営し、地域全体の農泊や農業インターンシップなど、地域をプロデュースする事業をしている事例は少ないのではないでしょうか。外から人を呼び込む事業をすることで、地域の担い手発掘だけではなく自身の農場の応援者も発掘できたり、また新たな事業の展開が生まれていく可能性もあり、生産者個人と地域の両方にメリットがあります。そんなふうに、生産者として成功するだけではなく、地域の農業をどのように残していくかという視点を持ち続けることは、地域と密接に関係がある農業にとって必要なのではないかと思いました。

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