沖縄にある1万坪のコーヒー畑
中山コーヒー園は、沖縄県名護市の中山という自然豊かな地域にある。耕作面積は約1万坪(3.3ヘクタール)で、これほどの規模でコーヒーを栽培しているのは沖縄では珍しいそうだ。敷地内にはいくつもの丘があり、その傾斜に沿ってコーヒー畑が断続的に散らばっている。畑のそばにある木々が風を遮ってくれるため、台風のリスクが多少なりとも軽減されている。
中山コーヒー園でコーヒー栽培が始まったのは2013年。同じく沖縄県にある又吉コーヒー園の又吉さんによれば、同園は沖縄におけるパイオニア的な位置付けの農園だという。
中山コーヒー園ではコーヒーの生産だけでなく観光客の受け入れも行っている。日本全国やインバウンドの人々が観光で訪問するほか、コーヒー業界の人々が遠方から農園見学に訪れることもあるのだという。今回、筆者も同園を訪問して、農園見学と焙煎(ばいせん)体験をさせてもらった。
日本国内では恵まれた風土 しかし苦労は絶えない
沖縄でコーヒーが作られると聞くと、意外に思う人も多いのではないだろうか。しかしコーヒーは一般に熱帯・亜熱帯地域で育てられる作物であり、亜熱帯に属する沖縄は栽培に適した土地である。たとえば霜はコーヒーの天敵であると言われ、コーヒーの木に霜が降りてしまうと数年間にわたって収穫量に甚大な悪影響を及ぼしうるが、沖縄ではほぼ霜が降りることはない。そうした点も、沖縄がコーヒー栽培に向いていることの一つの根拠と言えるだろう。
中山コーヒー園でも「真冬であっても霜が降りることはない」と岸本さんは言う。さらに同園は気温だけでなく、土地の条件にも恵まれている。同園の土壌は、堆肥(たいひ)を利用するとpH6.5程度の弱酸性に落ち着く。これは「コーヒー栽培にとっては理想的な状態だ」と岸本さん。そのほか、斜面が多いため水はけも良い。水が多すぎても少なすぎても枯れてしまうセンシティブなコーヒーの木にとっては望ましい環境だ。
とはいえ、沖縄でコーヒーを生産するには乗り越えるべき課題も多い。「おいしいコーヒーを育てるには昼と夜の寒暖差が重要だが、沖縄はその寒暖差が小さい。さらに気温が30度を超え、葉が焼けてしまうこともしばしばある」と岸本さんは話す。コーヒーは、赤道を挟んで北緯25度から南緯25度までの「コーヒーベルト」と呼ばれる一帯の中でも、標高1000メートルを超えるような高地が生育に適するとされている。沖縄はコーヒーベルトの北限に位置しており、中山コーヒー園の場合は標高も100メートル程度。コーヒーを作るためにはかなりの苦労を強いられることは想像に難くない。冬には最低気温が10度を切ることもあり、霜は降りないものの葉が落ちてコーヒーの木が弱ってしまうことはあるそうだ。
こうした厳しい環境を乗り越えるために、同園では年に3回から4回肥料をまいている。無農薬ではあるものの化成肥料を使うこともあり、「自然任せでは厳しい」と岸本さんは言う。
特に沖縄でのコーヒー栽培で警戒すべきなのは台風被害だ。中山コーヒー園でも、コーヒー畑を分散させたり防風林を植えたりするほか、1本のコーヒーの木に対して支柱を2本ずつ入れて根元から折れてしまうのを防いでいる。「それでも去年のような大型台風が来た場合には、コーヒーの実が擦れて傷ついてしまいます。そうすると成熟しないまま腐ってしまったり、実が黒ずんでしまったりすることもある」と岸本さん。コーヒーの品質低下にもつながっており、「中身が詰まっていないために水に浮いてしまう生豆が4割くらいはあった」とのこと。台風対策は沖縄のコーヒー農家の一つの課題だ。
いろいろな品種を試すことで、沖縄の土壌との相性を探る
世の中に流通しているコーヒーには、大きく分けて3つの種がある。香りや味の面で人気のあるアラビカ種、多様な環境で育ち病虫害に強いロブスタ種、希少性の高いリベリカ種だ。中山コーヒー園では主にアラビカ種を植えているが、リベリカ種の生育にも取り組んでいるのだという。
最も生産量の多いアラビカ種は、さらにいろいろな品種に分けられる。たとえばティピカやムンドノーボ、カトゥーラやブルボンなどはアラビカ種に分類される品種だ。
ここに挙げた品種は、全て中山コーヒー園で栽培されているもの。岸本さんはこれまで合計で13品種は試したそうだ。「どんな品種が良いのかは常に模索しています。うまく育ちそうな品種があれば実験的に植えることにしている」とのこと。
その中でも現在は、ティピカとムンドノーボを中心に育てている。特にティピカについては、「沖縄では古くから栽培されている品種。帰化していると言ってもよく、このコーヒーを飲んで沖縄を感じていただければ」と岸本さんは話す。
コーヒーは、コーヒーの実から果皮や果肉を取り除いた後の種の部分から作られるが、その取り除く部分もコーヒーの味に関係するらしい。
中山コーヒー園では、黄色い実がつく「イエローブルボン」という品種で「実の糖度が25度になることもあった」という。岸本さんは「ただ苦いだけのコーヒーに比べて複雑な味に仕上がるのが良い」と、実の糖度がコーヒーの味にも影響を及ぼすことも教えてくれた。
ちなみに、取り除かれた果皮や果肉は捨てられてしまうことが一般的だが、この果肉の部分からはお茶として楽しめる「カスカラティー」を作ることができる。コーヒーの香りは残りつつ、果実の甘みを感じるおいしいお茶だった。
1本の木からは、だいたい3キロくらいのコーヒーの実が収穫できる。これも品種によって大きく異なり、ティピカであれば7〜8キロくらい取れることも。「ただし、ティピカは木が大きく成長するから収穫量が増えているだけで、実際には栽培面積あたりで考えると収穫量はそれほど変わらない」と岸本さん。これは他のコーヒー生産国と比較しても遜色のない収量だ。
近年は気候変動の影響も受けているとのこと。「見たことのない害虫が発生しています。雨の降り方も極端なことが増えている」と岸本さんは話す。実際に昨年は開花後に集中豪雨が来たため、コーヒーの実のなりが悪かったという。中山コーヒー園が単独で対処できる問題ではなく、岸本さんも心配している様子だった。
焙煎・抽出も体験できる
中山コーヒー園では、農園の散策だけでなくコーヒー豆の焙煎・抽出の体験もできる。収穫期限定で、自分で収穫した実をコーヒーにして飲むまでの一連の流れを体験することも可能。今回は、農園を一通り散策した後に、自分たちで焙煎したコーヒー豆でコーヒーをいれて味わわせてもらった。
農園のスタッフに教えてもらいながら、手網の中にコーヒーの生豆を入れてガスコンロの上で10分ほど煎る。自分の好みに合わせて浅煎りや深煎りなど焙煎の深さを調節することも可能だ。その場で粉の状態にひいてお湯を注げばオリジナルのコーヒーの完成。コーヒー園の自然の中で自分で焙煎したコーヒーを楽しむことができる。
「中山コーヒー園では、機械を使わずに手摘みで収穫しています。作業効率は落ちてしまうものの丁寧な仕事となるため、エグ味の少ないコーヒーを楽しめます」と岸本さんは説明する。輸送に数カ月かかる外国産のコーヒー豆に比べてフレッシュで、独特の優しい香りがあり、アロマ成分は沖縄独特のバランスであるとのこと。岸本さんのおすすめの焙煎度合いは、沖縄コーヒーの特徴が色濃く表れる中煎りだ。
沖縄コーヒーの歴史と未来
実は、沖縄でコーヒーが育てられ始めたのは100年ほど前のこと。細々と育てられていたため、全国的に有名になることはなかった。転機が訪れたのは戦後。うるま市でコーヒーの産業化に取り組んだ人物がいたが、台風被害を乗り越えられず、軌道に乗せることはできなかったそうだ。しかし岸本さんには「次こそは」という思いがある。「県外の観光客やインバウンド客にコーヒーを楽しんでいただき、沖縄を感じるきっかけにしてほしい」と、今後の沖縄コーヒーへの期待を語ってくれた。
日本のコーヒー自給率は限りなく低い。国産コーヒーをさらに広めてフレッシュな味わいを楽しんでもらうことが何よりも大切だと岸本さんは考えている。「だから、生産量を増やすことに注力したいと考えています」と話すように、中山コーヒー園は安定的なコーヒー生産に向けて歩んでいる。ネスレをはじめとした企業との連携、大学との産学連携なども積極的に進めつつ、収量増大に取り組む方針だ。
中山コーヒー園
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