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カリスマバイヤーが仕入れ値アップを認めたわけ 販路を開く農家の「腕」

吉田 忠則

ライター:

連載企画:農業経営のヒント

カリスマバイヤーが仕入れ値アップを認めたわけ 販路を開く農家の「腕」

農家が農産物を自ら売るのが思うほど簡単ではないことは、挑戦してみたことのある人なら実感していることだろう。ではどうやって販路を開拓し、それを維持したらいいのか。千葉県野田市の野菜農家、鈴木等(すずき・ひとし)さんへのインタビューを通して、そのことを考えてみたい。

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ヒップホップのボーカルから農業専念へ

鈴木さんは42歳。7ヘクタール弱の畑で、「ある野菜」を育てている。それがどんな野菜であるかは、鈴木さんが数年前に抜本的に変えた営農戦略に関わることので、ここではあえて伏せておこうと思う。

まず鈴木さんのこれまでの歩みを振り返ってみよう。

高校を卒業し、実家で就農した。当時は「盆と正月に1日ずつしか休めないような毎日」だった。そんな多忙を極める生活だったにも関わらず、鈴木さんは別の「若いうちにやりたかったこと」もとことん追求した。

ダンス好きの若者が集まるクラブやバーを経営したのだ。たまたま知り合った外資系の証券会社や銀行に勤める人たちと意気投合し、共同で経営した。ヒップホップのバンドでボーカルを務め、DJやMCも担当した。

そのころの睡眠時間は1日3時間程度だったという。農業以外の活動にここで触れたのは、鈴木さんのバイタリティーを伝えておく必要があると考えたからだ。飛び抜けた活力が、その取り組みの根幹にある。

クラブの経営や音楽活動は、5年ほどでピリオドを打った。鈴木さんを含め、5人のメンバーのうち4人が結婚を決めたことがきっかけになった。鈴木さんはこれを機に「農業一本で頑張ろう」と心に決めた。

値段交渉で「負けない」ためのプレゼン能力

では本題である販路の開拓の話に移ろう。転機が訪れたのは28歳のとき。地元の4Hクラブ(農業青年クラブ)から、ある大手スーパーと取引が可能になったので、出荷してみないかと声がかかったのだ。

そのころ育てていたのは、ナスとキュウリ、キャベツ、ホウレンソウを中心にその他の季節の野菜。もともと茨城県の市場に出していたが、4Hクラブからの提案を境にスーパーに直接売る方式に切り替えていった。

最初のスーパーで高い売り上げを達成したのを弾みに、売り先を次々に増やした。鈴木さんによると、「商談でバイヤーに負けたことはなかった」という。思った通りの値段で売ることができたという意味だ。

なぜそれが可能になったのか。鈴木さんにそうたずねると、「プレゼン能力」という答えが返ってきた。「いろいろなイベントで話をしたり、司会をしたりしていたので、相手に説明して納得させるのは得意だった」

画像1)鈴木等

鈴木等さん

具体例を見てみよう。例えばパプリカ。当時はオランダ産などが中心で、安い韓国産は少ししか入ってきておらず、国産もほとんどなかった。

そこで鈴木さんはこう考えた。まずパプリカを作れば、国産であることが強みになる。店の狙いは大量に売るというよりも、棚をカラフルにすることにあるはずなので、利益を出すことにそれほどこだわらないだろう。

狙いはピタリと当たり、思い通りの値段で売ることができた。鈴木さんは「バイヤーがどれくらいの値段を落としどころにしているかを考えることが大事」と話す。その上で必要になるのが、理詰めの説明能力だ。

ナスを目の前でかじったカリスマバイヤー

こうして販路を広げていった鈴木さんだが、ついに「負け」を経験する。相手は「カリスマ」と称された高級スーパーのバイヤーだった。

取引のきっかけは先輩農家の紹介。さまざまな大きさのナスを持って会いに行くと、バイヤーは目の前でそれをかじり始めた。驚く鈴木さんに、「これが欲しい」と言って彼が指し示したのはSサイズのナスだった。

「うちは高級スーパーなので年配の客が中心。ナスは揚げ物などにもなるが、彼らは漬物にすることが多いから、皮の張りが大切になる」。バイヤーの言うとおり、ナスは小さいサイズほど張りが良くなる傾向があった。

このときバイヤーが提示した納品価格は1本37.5円。鈴木さんは「最低でも50円。まさか40円を下回るとは考えていなかった」。それでも取引を決断したのは「我慢して3年やってみろ」と先輩から言われたからだ。

画像2)ナス

鈴木さんがメインの品目にしていたナス(写真はイメージ)

ただし、これで話は終わりではない。

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