■プロフィール
■小口広太さん
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千葉商科大学人間社会学部准教授。 1983年、長野県塩尻市生まれ。日本農業経営大学校で教鞭を取り2021年より現職。専門は地域社会学、食と農の社会学。有機農業や都市農業の動向に着目し、フィールドワークに取り組んでいる。主な著書に『日本の食と農の未来:「持続可能な食卓」を考える』(光文社)、『有機農業:これまで・これから』(創森社)、『農の力で都市は変われるか』(コモンズ)などがある。 |
■菱沼勇介(筆者)
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株式会社エマリコくにたち代表取締役。 1982年、神奈川県育ち。一橋大学商学部卒。2011年に地産地消の流通ベンチャーを創業。都内の中央線沿線を中心に、農産物直売所や飲食店を6店舗展開する。東京農業発信施設「東京農村」の監修も担う。 |
直売所は顔写真が貼ってあるだけ
筆者(以下、菱沼):先日、小口さんの講演を聞いてグサッときたんですよ。「今の直売所は顔が見えているけどそれだけだ」。そうおっしゃっていましたね。
小口さん:直売所で生産者さんの顔写真が貼ってあったり、POPに品種が書いてあったりすることは普通になりました。学校給食の現場でも地産地消は広がっていますし、生産者さんの名前が分かることも多くなりました。でも、それは名前が書いてあるだけです。人と人とのつながりにはなってはいない。地元の野菜を買ってはいるけど、その生産農家と話したことがある人は少ないはずです。
菱沼:まったくその通りですね。当社の直売所でも、生産者さんの名前はもちろん書いてあるんですが、それで満足していたように思います。小口さんは、真に生産者と消費者がつながっていく未来を

地産地消の変遷 (小口広太作成)
小口さん:地産地消が広がっていったのは70年代くらいからで、都市周辺部の農家や農村の女性の役割が大きかったです。都市周辺部では庭先販売が自然に発生し、農業が近代化する中で女性の役割も変化していき、自分たちの独自の活動の幅が広がっていく。そういう中で朝市をやってみるとか、農産加工をやってみるとか、そういう動きが各地で出てきました 。
菱沼:今では、そういう活動に国や自治体のサポートもありますけど、その以前から自然発生的に出てきたわけですね。
小口さん:都市周辺部の農家や農村の女性を中心に、農家自身のアイディアと工夫で作られてきたのが地産地消のスタートラインですね。この時期、常設店舗で運営する直売所も少しずつ開設されるようになりました。
菱沼:その動きが「地産地消1.0」ですね。そのあと、2000年代になって、なんだかすごいことになりますよね。大型の直売所がバンバン作られていきます。道の駅もある種のブームになって。
小口さん:そうですね。これまでの農業の行き詰まり感というのもあって、中山間地域でも直売所が注目されるようになり、それぞれの自治体のプッシュのもと、大型直売所が全国的に展開されることになります。

2000年代から全国に大型直売所が広がった
菱沼:私は2001年に大学へ入学したのですが、このころから地域活性化に関わっていたんです。ちょうど地産地消がまちづくりの主要なテーマになったときでした。関西のとある商店街に視察に行ったら、普段人通りが少ない商店街なのに農家さんが即売をやる時間帯だけすごい人が出てきて。ああ、新鮮な野菜ってすごいパワーがあるんだな、と感じたのをはっきり覚えています。
小口さん:この時代のもう一つの大きな動きは、2005年の食育基本法だと思います。そこから学校給食をどうするべきかという議論が活性化して、教育的な役割から地元の農産物を給食に取り入れようという動きが一気に広がっていきます。
菱沼:なるほど。大型直売所の広がりと、学校給食への地元農産物の広がり。この2点を主な特徴とする「地産地消2.0」が、2000年代から始まって現在に至るわけですね。
小口さん:そうです。そして、いささかの希望的観測も含んでいるのですが、現在は「地産地消3.0」に移行しつつある時代と考えています。人間らしさという点から農業が見直されていった地産地消1.0の考えが、3.0でも踏襲されている側面がありますね。
援農ボランティアと体験農園の違い
菱沼:昨今、市民が農に触れたいというニーズはかなり広がっています。たとえば、都市近郊の農業には、援農ボランティアと言われる人たちがかなりの数います。当社の取引農家さんでも約半数が援農ボランティアを活用しています。これは地方の農家さんからしたらびっくりするかもしれません。近所の市民がほぼ無償で農作業をしてくれるわけですから。多少の収穫物がもらえるにしろ、労働の対価として考えたら無いに等しいわけです。
小口さん:でも、そのくらい、農作業をしたい、農に触れたい人というのは多いんですね。で、面白いのは、市民が援農ボランティアに参加している理由です。前に調査したところ、「自分自身が晴れやかになる」とか「屋外で作業するのが楽しい」などの理由もありましたが、一番多かったのは「都市農業に貢献したい」とか「地域に貢献したい」という声。これは市民農園や体験農園への参加動機とはちょっと違いますよね。
菱沼:なるほど。市民農園や体験農園では、レクリエーションとか健康とか、動機は市民のなかで完結していますからね。
小口さん:援農ボランティアについては、それぞれの自治体が制度化していることも多いです。最近思っているのは、その制度にこだわりすぎない方がいいなということ。少し固く考えすぎなところもあるように思います。
菱沼:同感です。小口さんがつねづねおっしゃっている、都市市民が農に触れる間口を広げるべきだということにつながりますね。ただ、日ごろ感じているのは、援農ボランティアを受け入れるのは農家側にはけっこう求められることが多いなということですね。農家の性格とかコミュニケーションスキルとか。
小口さん:そうですね。やっぱり単純作業ばかりだとモチベーションの低下につながりますから、色んな工夫も大事です。援農する側の講習会だけでなくて、受け入れる農家の講習会もあっていいのではないかと。
菱沼:なるほど、農家側。その発想はなかったなあ。

援農ボランティアは都市近郊の農業では重要な戦力だ
農との接点に多様性が不足している
菱沼:援農ボランティアのほかに、先ほど出てきた体験農園や市民農園などの農に触れる機会が多々ある都市近郊。そういう接点はもっと多様であるべきだということで、小口さんはこちらの階段状の図を提示されています。上に行くほど、本格的に農業に携わる形態ですね。

都市農地の市民的利用の「階段」 (小口広太作成)
小口さん:必ずしも階段の上に行けばいいということではないのですが、いろいろな段階があった方がベターだということです。市民がさまざまな形で関わることで「地産地消3.0」が深化していきます。とくに、点線になっている部分、共同農園的なところはもっと増えてほしいです。
菱沼:市民自身が耕すということですね。
小口さん:体験農園は、農家側が準備されたものに参加する形ですから、どうしてもサービスの提供者と受益者ということになります。共同農園は市民がより主体となって耕していくという形です。
菱沼:それは理想的です。ただ、法的な制約はありますね。誰がその土地を借りるのか、保有するのかという点で。
小口さん:そこは課題として確かにあります。ただ、NPOを立ち上げて農地を借りたり、生活協同組合が借りたりなどの先進的な事例は増えてきています。もちろん法制度面からのさらなる支援は必要です。
菱沼:私も、都市計画については、もっと国の政策のど真ん中で議論されてほしいと常々思っています。これまでの惰性で進んでいるように見えます。
菱沼:そして、農へのよりライトな接点である、コミュニティガーデンもまだまだ不足しているわけですね。まあ、都市部のビルの屋上を菜園にするとか、そういう動きはありますが。
小口さん:はい、農へのさまざまな接点を用意することで、農業への「中間支援層」が市民のなかに育っていくわけです。市民の農業への理解が深まることは、農業経営そのもの、つまり純粋な生産や販売にも好影響があります。コメの高値が騒ぎになっている現在の状況を見ても、農業について知ってもらうことのメリットは大きいでしょう。

小口広太さんとアジア太平洋資料センター編著『農の力で都市は変われるか』(出版元:コモンズ)
農地が持つ大きなパワー、それは包容力
菱沼: 農地には多面的機能があると言われて久しいです。そのなかでも多様な人がつながるという機能を「地産地消3.0」では注目しています。
小口さん:農地は貨幣価値に変換できない素晴らしさに溢れています。先ほどの援農ボランティアのケースでも、地域貢献の場でもあり、自己充足の場でもあります。
菱沼:そういうことを意識的に、あるいは無意識的に感じて、市民は農地と関わりたいと思うのでしょうね。そこで注目したいキーワードが「包容力」です。農地には包容力があると小口さんは著書『農の力で都市は変われるか』の中で書かれています。私も、田畑でイベントを企画することがありますけれど、田畑にいるといつの間にか心が晴れやかになる、そんな不思議な感覚を持ちます。あれは、一体なんなんでしょうね?
小口さん:その感覚のうまい言語化は今後の課題かと思っているのですが。屋外ということに加えて、作業に没頭できるということは大きいですね。土を耕すとか、トマトを芽かきしながら仕立てるとか 。子どもたちは虫を捕まえるのに集中できるとか。「没頭」は現代においては希少かもしれません。
菱沼:なるほど。くわえて、「野菜を作る」という目的がまずあるのがいいのかもしれませんね。公民館のような公共施設やこども食堂のようなプロジェクトは、「コミュニティを作るぞ!」っていうのが目的として最初にあって、そういうのが全面に出ると逆に近づきにくい人もいると思います。
小口さん:そうですね。行きたくても行けない人、けっこういると感じます。このように、多様な人が集まることができる場所って、じつは、農地くらいしか無いんじゃないかとも思います。
菱沼:たしかに。色々な人が集まる農地といえば、私の地元ではNPO法人が運営する「くにたちはたけんぼ」が思いつきます(下記、関連記事参照)。
小口さん:まさにそうです。子どもが走り回ってもいいし、ザリガニ釣ってもいいし、何もしなくてもいいし。同じように援農ボランティアももっと自由でいいと思うんです。制度にがんじがらめになるんじゃなくて、そこから自由になっていくというか。
中間支援組織が不足している
菱沼:色々な人が集まれる農地があっちにもこっちにもある。理想的な未来像ですね。一方で、現実としては、当社の取引農家もそうですが、あくまで商売として農業生産をやっている人も多いです。そうすると、市民との関わりが大事なのは分かるのだけれど、そんな場合じゃねえよ、そういう声も聞こえてくる気がします。
小口さん:そうですね。もちろん、生産に強い農家さんはそれに特化してもらって、それもひとつの農地の役割ですからまったく問題ありません。地域内での役割分担ですね。
菱沼:都市近郊の農家は、農協による共同出荷がないので、営業も主体的にやっていかなければいけません。販売技術と栽培技術、両方の技術が必要です。これを私は「二刀流の農家」と呼んでいます。ここに、市民に農地で楽しく過ごしてもらうためのコミュニケーション能力というべきかそういうスキルも必要だとすれば、「三刀流」になってしまいます。大谷翔平を超えてしまう(笑)。これは結構たいへんかなと。家族で分担してできているケースはありますけど。
小口さん:はい、家族での分担も大事ですね。そして、地域内にもっと色々な中間支援組織があって、役割分担ができていくといいのだと思います。日本は欧米に比べてそういう組織は少ないのです。
菱沼:なるほど、地域の中間支援組織ですか。そういう組織がサポートしていくことで農家も市民との接点を無理なく持てる可能性がありますね。その意味では農協の役割もより大事になってきます。
小口さん:本当にそうだと思います。
菱沼:農業が地域の市民を巻き込むには世代交代も大事だと感じています。小口さんの著書の中で、東京の多摩市で、まだ川にホタルが出る、というくだりがあります。私はすごいなと思いますけど、古くから農業を営んでいると、それがすばらしい価値であることに気づかなかったりする。当たり前すぎるわけですね(笑)。
小口さん:そうですね。「地産地消3.0」においては、農家を含めた関係者が、まず農地や農業が持つ価値、とくに非貨幣的な価値を認識できるかが課題になってくると思います。
菱沼:まだまだお話したいところなのですが、時間が来てしまいました。今日はありがとうございました。
参考文献:『農の力で都市は変われるか』小口広太・アジア太平洋資料センター編著/コモンズ






















