道内のブランド豚が人気を集めていることもあり、北海道では養豚が盛んな印象がありますが、平成28年の豚飼養戸数は、過去最多だったころの5%以下にまで減少しています。しかし、豚飼養頭数はピーク時と同頭です(※1)。ブタを育てる豚舎は減ったものの、ブタの数はさほど変わっていない理由は、養豚場の大規模化の影響が考えられます。
大型養豚場では、効率的により多くのブタを育てるため、1頭あたりの生育面積に限りがあります。一方、「放牧養豚」というブタの肥育方法は、牧場にブタを放って育てるため、生育面積に限りがありません。
今回は、北海道で放牧養豚を行っている「遊牧舎 秦牧場」代表、秦寛(はたひろし)さんに、復活の兆しを見せ始めている放牧養豚の始め方や運営方法についてお話をうかがいました。
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定年後、研究者から養豚者に転身
秦さんは、北海道大学で家畜の生産、とくに放牧やエサ、環境などの研究を行っていました。北海道大学北方生物圏フィールド科学センター静内研究牧場の教授を定年退職後、2013年6月、北海道十勝忠類の地に動物と自然に暮らす牧場を作りたいという念願がかなって「遊牧舎 秦牧場」を立ち上げました。
秦さんが牧場で育てる動物にブタを選んだ理由は、「第2の人生で取り組むには、生産サイクルが短いブタが適していると考えた」のだとか。ブタは、6カ月で出荷できます。肥育期間20カ月とされる和牛の1/3強なのです。
秦さんが牧場を立ち上げた当初の思いもあり、「放牧養豚」が始まりました。
日本では少数の放牧養豚
放牧養豚は、1950 年代のイギリスで本格的に始まりました。設備投資や糞尿処理などでコストがかかる近代養豚に対して、すでにある耕地や牧草地の養豚利用が試みられ、飼養技術に改良が加えられたのち、1980年代後半から急速に発展普及したとされています。
放牧養豚には広大な放牧地が必要なため、日本では舎飼いの養豚が主流ですが、最近は放牧豚を育てる養豚者も徐々に増えつつあります。
「遊牧舎 秦牧場」のブタは、よく食べ、よく寝て、よく遊ぶ、そのストレスのない暮らしぶりから「遊ぶた(あそぶた)」と呼ばれ、秦さんの元でのびのびと育てられています。
放牧養豚にふさわしい場所と豚の種類選び
十勝平野に位置する北海道中川郡に牧場を開いた理由は、放牧養豚が可能な規模の土地が入手しやすかったこと。そしてブタのエサとなる「豊富な畑作と酪農副産物」が十分に調達できたからです。北海道の中でも日照時間が長く、秋が長い十勝平野は放牧に適した地域で、養豚以外でも様々な牧畜が行われているのもうなずけます。
設立当時は6頭だったブタは、現在44頭に増えました。当初は、繁殖農場から肥育用の子ブタを買い入れ、肥育農場としてブタを育てることが規模拡大の手段でしたが、現在は自家繁殖の取り組みも始めました。
繁殖から肥育までを行うことは、より行き届いた管理が必要となりますが、その分、養豚者の個性や愛情がブタにしっかりと表われます。秦さん自身が人工授精を施したブタは7月初旬と9月下旬に各1頭ずつ出産を控えており、養豚の一貫体制が本格始動となります。
放牧養豚にふさわしい飼料
一般的な養豚では、柔らかな肉質と早い成長を追求し、輸入穀物が主体の配合飼料が与えられますが、秦さんはブタ本来の特性を大事にした養豚を目指し、独自の考え方でエサを選んでいます。
「わが国で消費される穀物の半分以上は、家畜の飼料に使われています。本来人間が食べるべきものをエサにして、効率よくおいしい肉を作るために、多大な労力が払われています。しかし本来の家畜とは、人間が食べられないものや食べ残したものをエサとして飼育され、人間にとって有用な畜産物を生産する能力を発揮してきました。うちの遊ぶたもそのように育てています」
秦さんは、人間用には出荷できないと判断されたナガイモ、小麦、大豆、ユリ根、ジャガイモなどの十勝の畑作や、近くのチーズ工場で作られたホエーなどの酪農副産物をブタに与えています。また、これらのエサが味わい深い赤身、融点が低く口の中ですぐに溶ける「遊ぶた」の大きな味の特長を生み出しています。
放牧養豚にふさわしい豚の育て方
遊ぶたは、普通のブタよりじっくり時間をかけて大きく育てられます。普通のブタは生後6カ月、体重115kg前後で出荷されますが、遊ぶたは12カ月以上の時間をかけて体重200kg程度まで育てるので、成熟した味わいのある肉になります。
また、十勝は北海道の中でも降雪量が少ないため、乾草が敷き詰められた暖かい小屋と牧場を行き来させることで、一年を通じて放牧地で遊ぶたを育て上ることができます。
最強のパートナーと地域の協力で乗り越えた放牧養豚の厳しさ
「秦さんは、牧場開始から3カ月ほどで放牧養豚の厳しさに耐え切れず、養豚を諦めかけたことがあるのですよ」と教えてくれたのは、同牧場の統括部長を務める中地由起子(なかち ゆきこ)さんです。
放牧養豚を続けていくためには、ブタを育てることはもちろん、流通や販売にも主体的かつ総合的にかかわっていくことが必要です。しかし、個人経営の牧場には限界があります。そこで助け合うのが、同じ地域で農業を営む仲間たちです。
次回は、放牧養豚を始めてから見えてきた秦牧場の現実や取り組みについて、「「ストレスなくブタを出荷する」遊牧舎 秦牧場の放牧養豚【ファームジャーニー:北海道十勝】」にて中地さんにうかがいます。
※写真提供:遊牧舎 秦牧場
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秦牧場・遊牧舎
住所北海道中川郡幕別町忠類明和140番地
電話01558-8-3033
参考
※1 日本養豚協会「わが国養豚の歩み」http://www.jppa.biz/pdf/1.pdf
農林水産省「平成28年畜産統計」http://www.maff.go.jp/j/tokei/kouhyou/tikusan/
※2 一般社団法人 日本養豚協会「養豚農業実態調査全国集計結果 平成8年度」
※3 独立行政法人農畜産業振興機構 「畜産の情報(2016年12月)」
※4 NPO日本放牧養豚研究会 http://www.pigjapan.com/houboku/index.htm
※5 北海道農政部生産振興局畜産振興課「北海道の養豚をめぐる情勢(平成28年6月)」
http://www.pref.hokkaido.lg.jp/ns/tss/butameguru.pdf