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ブランド牛で世界へ挑む!尾崎宗春さんの「牛飼いの哲学」【ファームジャーニー:宮崎市】

ブランド牛で世界へ挑む!尾崎宗春さんの「牛飼いの哲学」【ファームジャーニー:宮崎市】

2017年07月29日

日本国内のみならず、世界各国で引く手あまたの和牛、尾崎牛。牛のブランド名に自分の名前をつけ、飼育法も販売法も独特のポリシーを持つ、畜産家の尾崎宗春さんに世界で勝負する心得をお聞きしました。

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ブランド牛で世界へ挑む!尾崎宗春さんの「牛飼いの哲学」【ファームジャーニー:宮崎市】

畜産家、尾崎宗春(おざきむねはる)さんが育てた「尾崎牛」は、国内外で引く手あまたのブランド牛です。元々は地元産の食肉牛と同様に宮崎牛として販売されていました。なぜ、尾崎牛は宮崎牛から抜け出したのでしょうか? 自らを「牛飼い」と名乗る尾崎さんは、日本だけにとどまらず、尾崎牛の販売の場を世界各国に広げ始めました。牛肉で世界に挑む尾崎さんに、その哲学をおうかがいました。

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アメリカの飼育法から尾崎流のスタイルを確立

尾崎さんが父親の牧場を引き継ぎ、宮崎市で肉牛飼育を始めたのは昭和59年、尾崎さんが24歳のころです。それ以前に、尾崎さんは2年間、アメリカの牧場で働いていました。

「農林水産省による派米農業研修制度に採用され、渡米しました。アメリカの牧場では、ウシ1万6,000頭を4人で管理して、1日22時間働きました。給与は20万円、内3万円を食費、内17万円を学費として貯金して、渡米の最後の半年はアメリカの大学で栄養学や遺伝学などを学びました。親から1円ももらうことなく、仕事と勉強に明け暮れた2年間でした」

アメリカの牧場や大学で学んだのは、いかに早くウシを太らせるか、ということでした。抗生物質、防腐剤、成長ホルモンを使った牛肉を日本やアジアに輸出するのですが、それらを行っている本人たちはこの方法で太らせたウシを食べなかったそうです。

「これはおかしい。牛飼いになるなら、自分が食べたい牛肉、家族、友人に安心して食べてもらえる牛肉を作ろう」。尾崎さんは、アメリカから帰国する飛行機の中でこう決心したと言います。

「宮崎牛」から「尾崎牛」へ

「宮崎牛」から「尾崎牛」へ

帰国から20年間、尾崎さんは独自のエサと飼育法の研究を続けながら、自分のウシを宮崎牛として販売していました。尾崎さんが、「宮崎牛」を改め「尾崎牛」としたきっかけはなんだったのでしょうか。

「平成7年頃、宮崎銘柄共進会というウシのコンテストに出展しました。自分のウシに絶対の自信があったのですが、結果は2位。どうしても納得できず、コンテスト後に行われた競りを最後に牛飼いを引退しよう、と思っていました。しかし、いざ競りが始まってみると、チャンピオンになったウシより自分のウシに高値がついたのです。通常ではありえないことです」

競り人や買い手の業者から「尾崎さんのウシが一番だと思って競ったから」と言われた尾崎さん。この一件で、牛飼いを続けることを決意したそうです。その後平成9年、尾崎さんのウシが農林水産大臣賞の肉牛部門でグランドチャンピオンになりました。

自分の飼育法に自信がついた尾崎さんは、さらに研究を続けました。京都の名門すき焼き店から「日本でもっともおいしい肉」とお墨付きをもらったことに背中を押され、平成12年から自分のウシを「宮崎牛」ではなく「尾崎牛」として世に出すようになりました。

尾崎牛の販売ポリシー

尾崎牛の販売ポリシー

日本で最高の牛肉となった尾崎牛。そのブランドを名実ともに維持するために、尾崎さんは確固たる販売スタイルを持っています。たとえば、販売価格について。尾崎牛では、霜降りのA5ランクも、そうでないA3ランクも同じ値段で販売しています。なぜなら、ランクが違っても、育てる愛情もエサ代も変わらないからです。また子牛の仕入れ値が上がったときは、その他のコストを抑えて販売価格をそのままにすることはしないそうです。

「もし販売価格を上げないでコストを削減しようとするなら、エサ代を削ったり飼育期間を短くしたりしなければなりません。でもそれでは、肉の品質を維持することはできません。だから、買い手に値上げの理由を説明して、いつも同じクオリティのものを提供することを約束しています」

出荷数については、尾崎牛は出荷できる頭数が限られています。

「生産地名が付いているブランド牛は、大量注文が入ったら複数の畜産農家から肉を仕入れることができます。しかし尾崎牛は毎月40頭しか出荷できませんし、買い手がすでに決まっています。そのため、大量に注文をいただいても売ることができません。しかしながら、少しでもお客様の希望に対応できるよう、来年はさらに20頭を増やす予定です」

地元宮崎と尾崎牛に携わる人たちを守る

尾崎さんは、尾崎牛に関わる地元の農家や職人たちを大切にしています。宮崎県は元々、子牛の生産が盛んな土地でしたが、畜産農家の後継者不足によって子牛を育てる農家が少なくなり、今は子牛の生産を企業が請け負うようになっているそうです。

「農家の方が生まれ育った土地で安定した生活ができるように」という願いから、尾崎さんは高値であっても、地元の畜産農家から子牛を買うようにしているそうです。

また、尾崎牛が世に出るまでには様々な方が関わっています。ウシを運搬する人、屠畜する人、内臓を洗う人など、12人の職人がいます。「彼らは全員、誇りを持って仕事をしています。私には、その12人の仕事を守る使命があります。日本のもの作りは団体戦。尾崎牛を『コストがかかる分、高く売れる商品にする』ということが私に課せられた役割だと思いながら、世界に打って出ています」

日本だけでなく各国で販売!尾崎牛で世界へ挑む

尾崎宗春さん:日本だけでなく各国で販売!尾崎牛で世界へ挑む
尾崎宗春さん

尾崎さんは、日本にとどまらず、尾崎牛の販売エリアを世界各国に広げています。

「世界で勝負をするには、抜きん出なければならないですし、尾崎牛に惚れてくれる方もいれば嫌いな方もいる。賛否両論ありますが、尾崎牛を求めてくれる方の要望に応えたいし、幸せにしたいと思っています。嫌われることを恐れていては誰も幸せにできないうえ、勝負にも勝てません。」

また、「自分の名前をつけたウシ、尾崎牛が日本や世界で広く知られてから、私にとって唯一にして最大の武器となりました」と尾崎さんは言います。

日本のモダンカウボーイは、尾崎牛を武器に世界に挑戦しています。自分自身に勝つため、そして家族、社員、友人、そして消費者の方々に食べてもらい、幸せになってもらうために。そんな思いで大切に育てられている尾崎牛は、これからも日本にとどまらず、世界で愛されていくことでしょう。

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尾崎牛
http://www.ozaki-beef.com/
※写真提供:尾崎宗春さん

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